チートVSチート
俺のチートは、敵が初見の時にのみ発動する。
その定義は、敵味方がはっきりしないこのクエストにおいては、厄介だ。レフトやオルバーはすでに初見ではないので、彼らがいれば、チートは発動しない。
味方ならば関係ないが、偽物と本物が入り乱れるこの場所で敵だ味方だというのは、どうやって決まるのか。
そんなことを考える余裕すらなく、俺はチートを発動させながら、レフトとジャスティスの間に入り、ジャスティスの剣を受け止めた。
「っと!」
見た目以上に重い。
それでも、受け止めきる。戦士なのに受けきれなかった示しがつかないという意地が、俺を踏みとどまらせた。
「で? これどういう状況?」
首だけを向け、レフトに尋ねる。
偽物同士が戦ってるとか、ジャスティスが偽物のレフトを倒そうとしてるとか、色々な状況が考えられるが、レフトに尋ねた。
「それでこそだよ」
レフトは不敵に笑い返してくる。
答えになってないし、訳もわからない。
この訳がわからなさは本物だ。
「てめぇは……チッ、本物か」
ジャスティスが鋭い眼光で睨みつけてくる。こいつも本物だろう。なんとなく、そう思った。
「そうだ。俺は本物だ」
その返事を聞いて、ジャスティスが肩を落とす。口角も下がり、不機嫌さを隠そうともしていない表情だ。
何がそんなに不服なのか。
まあ、十中八九ジャスティスの目的はレフトをPKすることだから、俺がいると都合が悪いだけなのだろうが。
「離れてろ。てめぇに用はねぇ」
「残念だが、それは出来ない。レフトをやるってんならな?」
「チッ、めんどくせぇ」
ジャスティスは否定しなかった。
名前に反して悪だな。あくまで【PK=悪】の俺の主観に則って考えるとだが。
「てめぇの相手は、こいつだ」
ジャスティスは後ろに飛びながら、メニューを操作し、小さな壺を取り出した。
「アイテムは使えないんじゃないのか?」
「ルール違反なだけで、使用は可能だな」
ポロリとこぼれた疑問にレフトが答える。
「なるほど」
となると次は、あの壺がどういうアイテムなのかだ。
「くたばれや」
ジャスティスが壷を投げる。
それが攻撃かと思って身構えたが、壺は地面に落ちて、割れた。割れて、砕けて、ポリゴンの欠片になって、――膨れ上がる。
「なっ……」
煙のように広がり、見上げるほどの高さまで上がって、留まった。かと思うと、今度は収束し、人の形を形成し始める。
いや、人じゃない。
体は筋骨隆々とした人間のものだが、頭に乗っているのは牛の顔。防具は腰蓑くらいで、武器は巨大な戦斧。
わかりやすくいえば、ミノタウロスだ。
「グオォォォォォ!」
ミノタウロスが吼える。
異様に長いHPバーと【ソロモンズデビル】という固有名が表示された。
ミノタウロスではなく、悪魔らしい。
「やれ」
「グオォォォォォ!」
召喚者の指示を受け、悪魔は斧を振り上げた。スキル技を発動する時特有の輝きは見られない。それでも、俺の斧の倍以上の大きさ誇る斧の一撃は軽くないだろう。
だが、それだけだ。
「止まれ」
「いや、俺がやる」
レフトの制止を振り切り、俺は悪魔と向かい合う。
チートは、発動したままだ。
「斧使い同士決着をつけようぜ」
「グオォォォォォ!」
咆哮と共に斧が振り下ろされる。
俺は両手を広げ、無防備にその攻撃を受けてみせた。ダメージはわずか。誤差の範囲だ。
斧を構え直す悪魔に合わせるように、俺はゆっくりとした動作で斧を肩に乗せた。
「本物の一撃を見せてやるよ」
スキル技のモーションが認識されたのを横目で確認して、斧を投げる。
「グオォォォォォ!」
4度目となる咆哮は、断末魔だ。
召喚された目的を果たすことすら出来ず、現れた時とは逆にその姿をポリゴンの欠片に変え、ソロモンズデビルは消滅した。
「は?」
顎が外れたのかと思うくらいに、口を開いて固まるジャスティス。どれだけあの悪魔に期待していたのかはわからないが、一撃でやられるのは想定外だったのだろう。
そういう驚きの表情だ。
だからといって、その理由――俺のチート――について説明してやるつもりはない。その身をもって味わえ、くらいならやってもいいけど。
「てめぇも、イカれたチート使えんのかよ」
言わなくても気がつくのは自明の理か。
というか、腹立たしいと顔に書いてあるが、公式のチートなのだからそこに怒りを感じられても困る。
「……あいつも大概だぞ」
しかも、自分も使ってるのかよ。
「ちなみにどんな」
「MP減らなかったり、浮いたり、斬撃を飛ばしたりとか」
「……なるほど」
それは確かに俺のチートに文句は言えないくらいの性能だ。その分のデメリットも大きそうだが。
「質がダメなら、数で殺ってやる」
ジャスティスは剣を地面に突き立てた。
「未練を残した亡者達よ。救いを求めて立ち上がれ」
あれは魔法の詠唱か。
「怨念兵団」
突き立てられた剣を中心に、大地が黒く染まる。
そこから武装したアンデッドが湧き出してきた。ローグと違って腐敗はしていないが、生気は全く感じられない。
「やれ」
死体の群れが、ジャスティスの指示に従って動き始める。
「止まれ」
そして敵であるはずのレフトの指示に従って動きを止めた。
「これが俺のチートだ。すごいだろ?」
「あぁ、すごいな」
NPCの動きを操作するチートなのだろう。デメリットは操作対象の数か、時間か、自由度か。
今は無数に現れた死体の群れを完全に止めているから、気にする必要はないが。
「俺もチートで決めてやるよ」
死体の群れを見るのも初めてだ。チートは変わらずに発動し続けている。
「おい、わかってるのか? プレイヤーを倒したらーー」
「わかってるよ」
選択を誤れば、道は永遠に閉ざされる。
本物のプレイヤーを倒せば、俺はこの先へは進めなくなるだろう。それでも、
「お前に手を出そうってなら、許さねぇ」
「ライト……」
「安心してみてろ」
斧の肩に担ぐ。
「あぁ。でも、しくじった時は手伝ってやるよ」
「そんな心配はいらない」
その答えに満足したのか、レフトは不敵な笑みを浮かべた。そして、合わせた両手を勢いよく左右に開く。
「道を開けろ」
命令に忠実に、1体として遅れることはなく、一体となって、死体の群れが2つに割れた。真っ直ぐに空いた隙間の向こうには、剣を握りしめるジャスティスの姿がある。
「任せたぞ」
「あぁ」
ここまでお膳立てされて、失敗するつもりはない。
「行くぜ」
「ナメてんじゃねぇよ!」
ジャスティスが突っ込んでくる。
これは、死体のど真ん中で決めたほうが映えるかな。
斧を振り上げ、走る。互いに向かっているため、彼我の距離はすぐになくなった。ジャスティスは白く輝く剣を低い位置から斬り上げてくる。
俺は斧を縦回転させ、赤く輝きを帯びた斧を振り下ろした。
「ッシャァアアアア!」
「っらぁぁああああ!」
互いの武器が、互いの体を削る。
早い話が相打ちだ。
それでも、チートで防御力のカンストした俺は負けないし、チートで攻撃力のカンストした俺は勝てると思った。
「ッく、そがァ、アァァア!」
ジャスティスが素手で斧を掴み、押し返してくる。まだ兜割りが発動中のその斧を。
「嘘だろッ!?」
俺だって斧を押し込んでいる。
その2つの力を、ジャスティスは腕力だけで押し返してきた。
しかも、攻撃を受けたにも関わらず、倒れていない。カンストした攻撃力の一撃を受けても、HPがゼロになっていないということだ。
やつのチートは防御力も上げるのか。
「死ィねやァ!」
俺に突き刺さったままの剣が、燃えんばかりの輝きを放った。HPがじわりじわりと削られていく。
その剣を引き抜くために、俺は空いている手で刀身を掴んだ。
「悪いが、死なねぇよ」
斧を手放し、両手でジャスティスの剣を握り、引き抜いた。
途中で手放したから、兜割りは不完全発動。ジャスティスに持ち上げられた斧は赤い輝きを失っており、俺に技の発動させた後の硬直は発生していない。
「仲間がいるんでな」
丸腰の俺は全力で右後ろに飛んだ。
「飛べ、火球。ファイアボール」
燃え盛る球体が、ジャスティスに向かって放たれる。
「破魔剣」
ジャスティスは斧を捨て、赤く光った剣で魔法を斬り裂いた。
「本当に魔法も祓えるのかよ」
だがそれも予測の範囲内だったのか、レフトは距離を詰める。その手には、赤く燃える装飾品を乗せた黒い杖。
俺はジャスティスが捨てた夜色の斧を回収し、その隣に並ぶ。
ここまで数秒。
スキル技を発動させたジャスティスは、硬直していて動けない。動けたとしても、剣を振り切った体勢からの防御は間に合わなかっただろう。
「今度こそ、仕留めてやるよ」
水平に構えて、発動させるのは大木斬。っと、それ自体は重要じゃない。
アシストが働いて当てやすくなる。
「いや、俺がやる」
「……は?」
その瞬間、レフトに蹴られた。
チートが消える。
「絶対クリアしろよ、ライト」
「クソがァァァァァァ――」
レフトの一撃が決まり、ジャスティスの体が砕け散った。
そんな3人の攻防を、陰ながら見守る存在がひとり。
「せっかく、初見殺しの対策を含めて壷を多めに渡しておいたのに1つしか使わないとは。それに結局、魔術師に負けてしまって」
水色のコートに身を包んだ男は、ギシンの森にほど近い森の中から、水晶玉を使い――ジャスティスの周辺に絞って――状況を観察していた。
「まあ、性格に難がありすぎますし、彼を使って集めるのは不可能だったでしょうから、どうでもいいですが」
対象の死亡により、水晶玉は映像を映さないただの綺麗な玉に戻る。それをアイテム欄に戻し、男は深々とため息をこぼした。
「しかし、戦車、悪魔、正義と、太陽にも勝ったんでしたか……」
記憶と情報を頼りに、魔法使いが倒した相手を指折り数える。
「これは、逆にしたほうが早いかもしれませんね……」
男はもう1度ため息をこぼし、立ち上がった。
「まあ、いまは無様に死んでください。見れないのが少し残念ですよ」
見下すような笑みとともにこぼれた言葉は誰にも届かない。場所が離れていることもそうだが、今頃はそれどころではなくなっているはずだ。
魔法使いがボロボロに負ける状況を想像し、男は溜飲を下げた。




