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公式チート・オンライン  作者: 紫 魔夜
第2章 チート解放編

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チートVSチート

 俺のチートは、敵が初見の時にのみ発動する。

 その定義は、敵味方がはっきりしないこのクエストにおいては、厄介だ。レフトやオルバーはすでに初見ではないので、彼らがいれば、チートは発動しない。

 味方ならば関係ないが、偽物と本物が入り乱れるこの場所で敵だ味方だというのは、どうやって決まるのか。

 そんなことを考える余裕すらなく、俺はチートを発動させながら(・・・・・・・)、レフトとジャスティスの間に入り、ジャスティスの剣を受け止めた。


「っと!」

 見た目以上に重い。

 それでも、受け止めきる。戦士なのに受けきれなかった示しがつかないという意地が、俺を踏みとどまらせた。

「で? これどういう状況?」

 首だけを向け、レフトに尋ねる。

 偽物同士が戦ってるとか、ジャスティスが偽物のレフトを倒そうとしてるとか、色々な状況が考えられるが、レフトに尋ねた。


「それでこそだよ」

 レフトは不敵に笑い返してくる。

 答えになってないし、訳もわからない。

 この訳がわからなさは本物だ。

「てめぇは……チッ、本物か」

 ジャスティスが鋭い眼光で睨みつけてくる。こいつも本物だろう。なんとなく、そう思った。

「そうだ。俺は本物だ」

 その返事を聞いて、ジャスティスが肩を落とす。口角も下がり、不機嫌さを隠そうともしていない表情だ。

 何がそんなに不服なのか。

 まあ、十中八九ジャスティスの目的はレフトをPKすることだから、俺がいると都合が悪いだけなのだろうが。


「離れてろ。てめぇに用はねぇ」

「残念だが、それは出来ない。レフトをやるってんならな?」

「チッ、めんどくせぇ」

 ジャスティスは否定しなかった。

 名前に反して悪だな。あくまで【PK=悪】の俺の主観に則って考えるとだが。

「てめぇの相手は、こいつだ」

 ジャスティスは後ろに飛びながら、メニューを操作し、小さな壺を取り出した。

「アイテムは使えないんじゃないのか?」

「ルール違反なだけで、使用は可能だな」

 ポロリとこぼれた疑問にレフトが答える。

「なるほど」

 となると次は、あの壺がどういうアイテムなのかだ。


「くたばれや」

 ジャスティスが壷を投げる。

 それが攻撃かと思って身構えたが、壺は地面に落ちて、割れた。割れて、砕けて、ポリゴンの欠片になって、――膨れ上がる。

「なっ……」

 煙のように広がり、見上げるほどの高さまで上がって、留まった。かと思うと、今度は収束し、人の形を形成し始める。

 いや、人じゃない。

 体は筋骨隆々とした人間のものだが、頭に乗っているのは牛の顔。防具は腰蓑くらいで、武器は巨大な戦斧。

 わかりやすくいえば、ミノタウロスだ。


「グオォォォォォ!」


 ミノタウロスが吼える。

 異様に長いHPバーと【ソロモンズデビル】という固有名が表示された。

 ミノタウロスではなく、悪魔らしい。

「やれ」

「グオォォォォォ!」

 召喚者の指示を受け、悪魔は斧を振り上げた。スキル技を発動する時特有の輝きは見られない。それでも、俺の斧の倍以上の大きさ誇る斧の一撃は軽くないだろう。

 だが、それだけだ。

「止まれ」

「いや、俺がやる」

 レフトの制止を振り切り、俺は悪魔と向かい合う。

 チートは、発動したままだ。

「斧使い同士決着をつけようぜ」

「グオォォォォォ!」

 咆哮と共に斧が振り下ろされる。

 俺は両手を広げ、無防備にその攻撃を受けてみせた。ダメージはわずか。誤差の範囲だ。

 斧を構え直す悪魔に合わせるように、俺はゆっくりとした動作で斧を肩に乗せた。

「本物の一撃を見せてやるよ」

 スキル技のモーションが認識されたのを横目で確認して、斧を投げる。

「グオォォォォォ!」

 4度目となる咆哮は、断末魔だ。

 召喚された目的を果たすことすら出来ず、現れた時とは逆にその姿をポリゴンの欠片に変え、ソロモンズデビルは消滅した。


「は?」

 顎が外れたのかと思うくらいに、口を開いて固まるジャスティス。どれだけあの悪魔に期待していたのかはわからないが、一撃でやられるのは想定外だったのだろう。

 そういう驚きの表情だ。

 だからといって、その理由――俺のチート――について説明してやるつもりはない。その身をもって味わえ、くらいならやってもいいけど。

「てめぇも、イカれたチート使えんのかよ」

 言わなくても気がつくのは自明の理か。

 というか、腹立たしいと顔に書いてあるが、公式のチートなのだからそこに怒りを感じられても困る。

「……あいつも大概だぞ」

 しかも、自分も使ってるのかよ。

「ちなみにどんな」

「MP減らなかったり、浮いたり、斬撃を飛ばしたりとか」

「……なるほど」

 それは確かに俺のチートに文句は言えないくらいの性能だ。その分のデメリットも大きそうだが。

「質がダメなら、数で殺ってやる」

 ジャスティスは剣を地面に突き立てた。


未練(みれん)(のこ)した亡者達(もうじゃたち)よ。(すく)いを(もと)めて()()がれ」

 あれは魔法の詠唱か。

怨念兵団(ズローバ・コールプス)

 突き立てられた剣を中心に、大地が黒く染まる。

 そこから武装したアンデッドが湧き出してきた。ローグと違って腐敗はしていないが、生気は全く感じられない。

「やれ」

 死体の群れが、ジャスティスの指示に従って動き始める。

「止まれ」

 そして敵であるはずのレフトの指示に従って動きを止めた。


「これが俺のチートだ。すごいだろ?」

「あぁ、すごいな」

 NPCの動きを操作するチートなのだろう。デメリットは操作対象の数か、時間か、自由度か。

 今は無数に現れた死体の群れを完全に止めているから、気にする必要はないが。

「俺もチートで決めてやるよ」

 死体の群れを見るのも初めてだ。チートは変わらずに発動し続けている。

「おい、わかってるのか? プレイヤーを倒したらーー」

「わかってるよ」

 選択を誤れば、道は永遠に閉ざされる。

 本物のプレイヤーを倒せば、俺はこの先へは進めなくなるだろう。それでも、


「お前に手を出そうってなら、許さねぇ」


「ライト……」

「安心してみてろ」

 斧の肩に担ぐ。

「あぁ。でも、しくじった時は手伝ってやるよ」

「そんな心配はいらない」

 その答えに満足したのか、レフトは不敵な笑みを浮かべた。そして、合わせた両手を勢いよく左右に開く。

「道を開けろ」

 命令に忠実に、1体として遅れることはなく、一体となって、死体の群れが2つに割れた。真っ直ぐに空いた隙間の向こうには、剣を握りしめるジャスティスの姿がある。

「任せたぞ」

「あぁ」

 ここまでお膳立てされて、失敗するつもりはない。

「行くぜ」

「ナメてんじゃねぇよ!」

 ジャスティスが突っ込んでくる。

 これは、死体のど真ん中で決めたほうが映えるかな。

 斧を振り上げ、走る。互いに向かっているため、彼我の距離はすぐになくなった。ジャスティスは白く輝く剣を低い位置から斬り上げてくる。

 俺は斧を縦回転させ、赤く輝きを帯びた斧を振り下ろした。


「ッシャァアアアア!」

「っらぁぁああああ!」


 互いの武器が、互いの体を削る。

 早い話が相打ちだ。

 それでも、チートで防御力のカンストした俺は負けないし、チートで攻撃力のカンストした俺は勝てると思った。

「ッく、そがァ、アァァア!」

 ジャスティスが素手で斧を掴み、押し返してくる。まだ兜割りが発動中のその斧を。

「嘘だろッ!?」

 俺だって斧を押し込んでいる。

 その2つの力を、ジャスティスは腕力だけで押し返してきた。

 しかも、攻撃を受けたにも関わらず、倒れていない。カンストした攻撃力の一撃を受けても、HPがゼロになっていないということだ。

 やつのチートは防御力も上げるのか。

「死ィねやァ!」

 俺に突き刺さったままの剣が、燃えんばかりの輝きを放った。HPがじわりじわりと削られていく。

 その剣を引き抜くために、俺は空いている手で刀身を掴んだ。

「悪いが、死なねぇよ」

 斧を手放し、両手でジャスティスの剣を握り、引き抜いた。

 途中で手放したから、兜割りは不完全発動。ジャスティスに持ち上げられた斧は赤い輝きを失っており、俺に技の発動させた後の硬直は発生していない。

「仲間がいるんでな」

 丸腰の俺は全力で右後ろに飛んだ。


()べ、火球(かきゅう)。ファイアボール」

 燃え盛る球体が、ジャスティスに向かって放たれる。

破魔剣(ラズル)

 ジャスティスは斧を捨て、赤く光った剣で魔法を斬り裂いた。

「本当に魔法も祓えるのかよ」

 だがそれも予測の範囲内だったのか、レフトは距離を詰める。その手には、赤く燃える装飾品を乗せた黒い杖。

 俺はジャスティスが捨てた夜色の斧を回収し、その隣に並ぶ。

 ここまで数秒。

 スキル技を発動させたジャスティスは、硬直していて動けない。動けたとしても、剣を振り切った体勢からの防御は間に合わなかっただろう。


「今度こそ、仕留めてやるよ」

 水平に構えて、発動させるのは大木斬(たいぼくざん)。っと、それ自体は重要じゃない。

 アシストが働いて当てやすくなる。

「いや、俺がやる」

「……は?」

 その瞬間、レフトに蹴られた。

 チートが消える。

「絶対クリアしろよ、ライト」

「クソがァァァァァァ――」

 レフトの一撃が決まり、ジャスティスの体が砕け散った。


 そんな3人の攻防を、陰ながら見守る(・・・・・・・)存在がひとり。

「せっかく、初見(the FIRST)殺し( CONTACT)の対策を含めて壷を多めに渡しておいたのに1つしか使わないとは。それに結局、(THE )術師(MAGICIAN)に負けてしまって」

 水色のコートに身を包んだ男は、ギシンの森にほど近い森の中から、水晶玉を使い――ジャスティスの周辺に絞って――状況を観察していた。

「まあ、性格に難がありすぎますし、彼を使って集めるのは不可能だったでしょうから、どうでもいいですが」

 対象の死亡により、水晶玉は映像を映さないただの綺麗な玉に戻る。それをアイテム欄に戻し、男は深々とため息をこぼした。

「しかし、(THE )(CHARIOT)悪魔(THE DEVIL)正義(JUSTICE)と、太陽(THE SUN)にも勝ったんでしたか……」

 記憶と情報を頼りに、魔法使いが倒した相手を指折り数える。

「これは、逆にしたほうが早いかもしれませんね……」

 男はもう1度ため息をこぼし、立ち上がった。

「まあ、いまは無様に死んでください。見れないのが少し残念ですよ」

 見下すような笑みとともにこぼれた言葉は誰にも届かない。場所が離れていることもそうだが、今頃はそれどころではなくなっているはずだ。

 魔法使いがボロボロに負ける状況を想像し、男は溜飲を下げた。

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