ギシンの森 第3の試練
視界が明るくなると、丸く開けた空間に出た。林道と同じように等間隔に並んだ木に囲まれた人工的な大広間。そこには、すでに2人のプレイヤーがいた。
カーソルが青いからそう判断したが、さっきのレフトも青だったから、あてにはならない。
「まさか、お前が来るとはな」
「ですが、これで揃ったようですわね」
オルバーとゼクレテーアだ。
「揃ったってなんだよ?」
予想はつくが、一応聞いておく。
「これよ」
ゼクレテーアが指差す先には、木の立て札があった。こちらも予想はつくが、念の為、書かれている文章を確認する。
【集いし3人の中から偽物を見破れ。偽物を倒せば、道は開かれる。選択を誤れば、道は永遠に閉ざされる】
「……なるほど」
文言は少し異なるが、やるべきことはほぼ同じだろう。
値踏みするような視線を向けてくるのも納得だ。本物にしてみれば、俺が偽物かもしれないのだから。
「どうしたもんかな……」
チートは発動してないが、さっきの敵だったとしても、オルバーが本物だったとしても、発動しないので基準にはならない。
「サクッと貫かれてみるか?」
オルバーは両手に矢を持って、突きつけてくる。
「物騒な話はやめなさい」
ゼクレテーアはどこからか槍を取り出した。
「お前のほうがやる気じゃないか」
「あら、先に構えたのはあなたでしょう?」
「弓は構えてない」
「詭弁ね」
いつの間にか一触即発の空気だ。
「待て待て待て」
俺は斧を構えずに、2人の間に割って入る。
のらりくらりとしながら煽るオルバーと、知的な印象の割に狂犬のように噛み付くゼクレテーア。どちらも本物のように感じるが、どちらかは偽物なのだ。
「穏便にっていうなら、会話で解決するべきだろ?」
だから、見極めなければならない。
「……いいだろう」
「そうね」
2人が武器を収めたのを確認して、俺は後ろに下がった。三竦みの状態だ。武器こそ収めたが、空気は全く弛緩していない。
「さっきも名乗ったが、俺はライト。レフトに付き添う戦士だ。こうしてしっかり話すのは初めてだな」
さあ、どう反応する。
「俺はオルバー。こんななりだが、魔法使いだ。そちらさんと違って、ジャスティスとはこのクエスト限りの共闘関係だな」
飄々とした笑みを浮かべて答えるオルバー。
「わたくしはゼクレテーアと申します。我が主と共に、魔法協会という10人規模のギルドに所属する魔法使いですわ」
眼鏡を押し上げながら、淡々と答えるゼクレテーア。
2人の語った内容が真実かどうかを断定するには、情報が足りない。だが、
「とりあえず、お前は偽物だな」
「何を根拠に?」
オルバーに向けて、フェザーソードを構える。
「敢えて言わなかったが、星具を巡って一緒に戦った仲だろ。こいつにも、見覚えがないか?」
「……俺もお前が偽物かと思って言わなかったんだ。信じてくれ」
ーーかかった。
知らないはずの剣を構えたのだ。反応が完全に間違っている。そもそも、短い関係では断定は出来ないが、オルバーならもっと飄々と返してきそうだ。
「悪いな、この剣はその後に手に入れたものだ」
「ギギ……小賢しいヤツめ」
偽オルバーの顔から表情が抜け落ちる。
「やるぞ、ゼクレテーア」
「ーー命令しないでくださいますか」
ゼクレテーアが槍を突き刺した。俺に。
非力な魔法使いの刺突のはずだが、それにしてはダメージが大きい。いや、それよりも。
「話を聞いてなかったのか……?」
「いいえ、聞いておりましたわ。一言一句間違いなく」
「だからこそ、貴方を討つのです」
「……なるほど」
本物が倒されれば道は閉ざされる、か。
「まさか、両方偽物だとはな」
改めて考えれば、偽物が1体だけ紛れているとは書いてなかった。本物が倒されれば道は閉ざされるというのは、文字通りゲームオーバーになるだけ。
「ギギ……形勢逆転ダナ?」
「ギギ……油断せずにイキますわよ」
ノイズの混じった声で、口調だけは本物を真似る偽物2人。武器も本家と同じ弓矢と槍だ。
「本物より弱いと助かるんだけどな」
本物のオルバーには1VS1で、負けている。偽レフトにはチートで勝ったので、強さはわからない。
フェザーソードを常夜の斧に持ち変え、偽物コンビと向かい合った。
◇
「やりたいことはわかったけど、やる意図はわかんねぇな」
運営に対する疑問をボヤく黒い魔法使い。
第1の試練【RES】ーー魔法防御力が高いという蟻人間は魔法の杖で殴り倒し、第2の試練のやけに偉そうなライトの偽物は相性通りに魔法で圧倒。
多少のダメージは受けながらも、余裕を持って第3の試練の広場にたどり着いたレフトの前には、2人のプレイヤーがいた。
それも、戦闘状態で。
「ま、待て。落ち着いて話し合おうじゃないか」
襲われているのは、巨人ライダー。丸腰ーー素手なのは初対面から変わっていないが、相手に背を向けているから、戦う意思はないのだろう。
今まで見てきた威風堂々とした姿からは想像がつかない情けない姿だ。
「ハッ! んなの、必要ねぇんだよォ!」
襲っているのは、神父ジャスティス。口角を上げ愉しそうな顔で、無抵抗のライダーに向かって、剣を振るっている。
森の入口で見た姿からは想像出来ない荒々しい姿だ。
「……なるほど。まさに疑心暗鬼だ」
レフトは月の杖の装飾部分を満月から偃月に切り替えた。この偃月モードでは物理攻撃の判定に魔法攻撃力が使われ、その攻撃力は打ち合いに対する強さにも影響を与える。
「あん?」
それでも少し押されながら、レフトはジャスティスの剣を受け止めた。
「てめぇ、何のつもりだ?」
「戦うつもりはない。どういう状況なのか、確認しようと思っただけだよ」
「どうもこうもねぇよ。さっきと同じだ。偽物を倒して道を開く」
剣に込められる力が強くなり、レフトは両手で杖を支える。
「で、ライダーが偽物だと?」
「あァ、間違いねェ」
レフトとしても違和感はあるが、それは目の前で怪しく笑うジャスティスも同様だ。それどころか、2人とも偽物で、この戦闘自体が自作自演の可能性もある。
「ずいぶんと自信があるんだな。何か根拠があるのか?」
「ンなもんはねぇ。見りゃわかんだよ」
片手でレフトを押し込みながら、ジャスティスは自分の目を指差す。その瞳孔はわずかに白い光を放っていた。
「こんなチンケなモノマネじゃ、俺の【正義】はごまかせねェ」
チートだろうか。
「てめぇは……本物みてェだな?」
「そりゃどうも。なら、力を緩めてくれないか?」
「チッ。まぁ、いい。てめぇの相手は後にしてやるよ」
ジャスティスの剣が離れた。
レフトは体勢を直して、後ろを振り返る。そこにいるのは、へっぴり腰でこちらの様子を伺う巨漢。
「で、そちらの言い分は?」
「言い分も何も。彼に急に襲われて何がなんだか」
ライダーの顔には、サングラスで目が隠れていてもわかるくらい、困惑の色が浮かんでいた。
「念の為に聞くが、お前は本物か?」
「もちろん。君と同じだよ」
レフトの問いに、ライダーは胸を張って答える。
彼の中では、急に襲ってきたジャスティスが偽物という認識なのだろう。レフトの方を信用している理由は、助けに入ったからか。
だとすれば、短絡過ぎる結論だ。
「……ライダー、俺に向かって魔法を打ってみてくれ」
「どういうことかね?」
「さっきと同じ偽物なら、ステータスまでは真似出来ないみたいだからな。魔法を喰らえば、本物かは区別がつく」
「てめぇ、正気か? 偽物だっつってんだろ」
これまで黙って聞いていたジャスティスが反応した。
「俺にとっては五分五分なんだよ」
「チッ……」
2人で襲ってこない以上、どちらかは本物だろうし、レフトの中で予想はついている。それを証明するための魔法だ。
「……わかった。それで証明出来るなら」
ライダーは腰を落として、腕を引き絞る。魔法を放つ姿には見えないが、とても様にはなっていた。
「こいよ、ライダー」
レフトは手を広げて、杖の先の装飾品を満月に切り替える。その効果は魔法の反射だ。元より、黙ってダメージを受けるつもりはない。
「飛べ、火球。ファイアボール」
突き出した拳の先から、テニスボール大の火球が放たれた。
「倍、返しだ!」
レフトは火球を打ち返す。真っ直ぐに飛んでいくその打球は、これが本当のテニスだったならアウトボールになるだろう。
だが、これは試合ではない。
「……ぬっ」
打ち返された火球は、ライダーに直撃した。
たまたまではない。
狙って、弾き返している。
「これは、どういうことかな。レフト」
「お前が偽物だって話だよ」
ライダーが詰め寄るが、レフトは怯まない。
「ライダーのチートは、【詠唱破棄】って話だったろ。だから、詠唱するわけがないんだよ」
「ギギ……よくぞ、見破ーー」
「結局、変わんねぇじゃねぇか」
正体を現したライダーをジャスティスが斬り捨てた。
大柄な魔法使いは小柄な蟻人間へと変わり、経験値の表示を残して消滅する。
偽物の退場を空間が認識し、扉が現れた。
「本物かァ。よかったぜ」
ジャスティスの顔は、仲間に会えてよかったという表情ではなかった。
どうも、銅っす。
今回はジャスティスが口走ったチート正義についてっす。
心情・感情系のチートでもあるっす。
プレイヤー自身の正義を数値化して、その数値を消費して使用者が望む色んな効果を発揮する。っていうと強そうっすけど、正義なんて曖昧で、数値は見えないっすから、使いこなすのは至難の技っすよ。
心情・感情は他にも喜怒哀楽なんかがあるっすけど、感情がわかりやすいから効果はステータス上昇だけっすね。




