ギシンの森 第2の試練
視界が一瞬だけ暗転し、フィールドが切り替わる。
目の前に広がるのはさっきと同じような一本道。ただし、モンスターの姿なく、道はかなり先まで続いている。
黙って立っていても変わらない。この手のシチュエーションでは、とにかく動いて状況を動かす必要がある。と、脳内レフトの声がした。
幸いと呼ぶべきか、別れ道はなかったので、迷うことはない。敵も味方もいない道をひたすらに進む。
「よお、ライト。無事だったんだな」
背後から聞き覚えのある声がした。
「お前こそ、よく勝てたな。レフト」
「まあ、少し苦戦はしたけどな」
レフトの後ろには、俺が来た道とは別の道が続いている。通り過ぎた時点で分かれ道はなかったはずなので、今繋がったのだろう。
「で、次はどんな試練なんだ?」
いつもは俺が聞く側なので、レフトから質問されるのは珍しいが、残念ながらその答えは持ち合わせていない。
「しばらく歩かされたが、特に何もなかったな」
「しばらく歩かされた?」
「お前は違うのか?」
「俺は、こっちに来たらすぐにお前の姿が見えたから声をかけたんだよ」
「なるほど」
俺が歩かされていたのは合流するまでの時間調整ということか。最初の1体をチートで瞬殺した分、時間が短かったのだろう。
「つまり、合流してからが本番だと」
「あぁ、そうだな」
視線を戻し、前を見る。
先が見えないほど続いていたはずの道の、先が見えていた。
そこは開けた空間だった。
中央に木の立て札があり、最初の扉の間に近い印象を受けるが、選ぶべき扉はない。敵の姿も見当たらないので、何をするべきかは、立て札を確認するしかなさそうだがーー
普段なら我先に向かいそうなレフトは、こちらの動きを伺うように腕を組んでいた。きつく結ばれた口元からは、普段の余裕が感じらない。
「大丈夫か?」
「問題ない。それよりも、立て札を確認してくれ」
「あぁ、そうだな」
【偽物を倒せ。選択を誤れば、道は永遠に閉ざされる】
「何か、わかったか?」
俺はもちろん本物だ。ここには2人しかいないのだから、消去法で考えれば偽物はレフトである。
自分では確認せず、尋ねてくる行動も不自然だ。
だが、間違えばそこで終了。
「レフト、お前は本物か?」
「本物もなにも、俺は俺だ。ライトの友人で、黒の魔法使いのレフト、だろ?」
「……そうだな」
改めて向かい合うと、チートが発動した。
俺の初見殺しは初対面の相手にしか発動しない。それは何よりも雄弁に、真実を物語っている。
「何も心配ない。俺を信じろよ」
そのセリフで確信した。
「本物は、そんなこと言わねぇよ」
どちらかと言えば、態度で強引にわからせてくるタイプだ。
「ギギ……それはザンネン」
口調が変わった。
相変わらず表情の変化は乏しいが、偽物だとわかりやすくするための演出か。
距離を取りながら、杖を構える偽レフト。
「飛べ、火球ーー」
偽物相手に常夜の斧を使うまでもない。
その詠唱が終わるよりも早く、距離を詰めて全力でぶん殴る。チートによって上昇した攻撃力は、一撃でHPを削りきった。
地面に倒れた偽レフトの姿が、緑色の蟻型モンスターへと変わる。
さっきの蟻人間と比べると小柄で、脚が肥大化したりといった大きな変化はない。純粋に巨大化しただけの蟻だ。
「ギシャァ……」
最後のうめき声を残し、ポリゴンの欠片となって四散する。
「ギシンの森。疑心か」
今回はチートで判別がついたが、今後も同じような敵が続くなら、会話などで判別するしかない。
レフトや多少は交流のあるオルバーはともかく、ライダーやゼクレテーア、ジャスティスのことはほとんど知らないのだ。
本物と合流する展開もあるだろうし、物理的というよりは、精神的につらい戦いになりそうだ。
チートが発動しなければ一撃で倒せないかもしれないので、物理的にも大変かもしれないが。
とりあえず、チートをひとつの判断材料にする為、斧はストレージに収納し非戦闘状態にしておく。
それをチートがどう判断するかはわからないが。
「ん?」
他のメンツは大丈夫なのかと視線をHPバーに向けると、緑1色のバーの中央に白い?が書かれていた。さっきまで減っていたはずのHPバーも満タンになっているので、今の本当のHPはわからない状態だ。
「……ダメージで偽物を判断させない為か?」
少し考えて思いついたのは、それだけだった。
とはいえ、ここで考えていてもわかることはない。
偽レフトの消滅と引き換えに現れた扉に触れ、暗転を挟んで先へと進む。そこにはーー
◇
素早く飛び回る蟻人間5体を倒し、ライダーは新たな試練を迎えていた。
「ご無事でなによりです。我が主」
「テーアか」
細い林道で鉢合わせたのは敵ではなく、味方。ならば次は2人でモンスターを倒すのかと思えば、辿り着いた広間にあったのはひとつの看板だけ。
【偽物を倒せ。選択を誤れば、道は永遠に閉ざされる】
シンプルに考えれば、自分が本物であるので、彼女は偽物だ。
簡単すぎるように思われるが、これが【チュートリアル】で、本番はこの後にあるとすれば、おかしなことではない。
「少し問答をしようか」
「えぇ、それで我が主が納得するのならば」
ゼクレテーアが恭しく頭を垂れる。いかにも本物らしい仕草だ。
「我らが所属するギルドの名前は?」
「ーー魔法協会ですわ」
これは、森に入ってから触れた話。
「ギルドの所属人数と縛りは?」
「ーー13人ですわ。縛りは、魔法使いにすることと、ギルド権能を使って経験値の半分を納めること」
これは、ゲーム上でわかる情報。
「ゼクレテーア。君の本名は?」
「ーーわたくしは、曾我ーー」
「よい」
これは、本人でなければ答えられない質問だ。途中で遮りはしたが、スムーズに答えようとした時点で結果は出ている。
「お前は本物だな」
「はい。わたくしは本物です」
ニカッと笑うライダーに、ゼクレテーアが恭しい礼で答える。
「ですが、我が主がこの先の試練へ進む為に、わたくしの犠牲が必要とあれば、偽物として喜んでこの身を捧げましょう」
ライダーが試練を突破するためなら、自己犠牲さえ厭わない。
「テーア。自分が本物だというのなら、我が偽物だとは思わなかったのか?」
「主の真贋を見抜けなかったのならば、それこそ死して償うべきことです」
「うむ。それでこそ、テーアだな」
リアルでもゲームでもブレない発言に、ライダーは肩を揺らして笑う。
「だが、これほど忠義に厚いものを切り捨てるわけには行かぬな」
「ですが、どちらかが倒されねば、この先へは進めないと思われます」
敵がいない以上、そう考えるのは自然な流れだ。
だが、ゲームの攻略としては不自然過ぎる。プレイヤーの脱落が必須ならば、素直にそう書いてあるはずだろう。
選択を誤れば、永遠に道は閉ざされるという文言からも、本物のプレイヤーを倒してしまえばクリア出来ない事が伺える。
偽物を倒せ。と書きながら2人とも本物という矛盾。
モンスターでもいるなら、それを倒せばいいのかもしれないが、ここにいるのはライダーとゼクレテーアだけ。
「ふむ」
ライダーの脳裏にひとつの解決策が浮かんだ。
「テーア、もしこの選択が間違っていたら、すまない」
「我が主の決めたことならば、どこまでもついていきますわ」
「ふむ。心強い」
ゼクレテーアの同意を得て、ライダーは腕を引き絞る。そして、立て札を押し倒した。
【ここに偽物はいない】
そんなメッセージウィンドウが現れ、広間の奥に扉が出現する。
「さすがです。我が主」
「あぁ、ではゆこうか」
ライダーが扉に触れると、カチリと鍵の回る音がした。もし、ゼクレテーアを倒していたら扉は開かなかったのだろうか。
「ふっ」
ライダーが小さく笑うのと同時に、視界が暗転した。
どうも、銅っす。
今回は詠唱破棄についての補足っす。
レフトの質問にライダーが答えようとした時は、ゼクレテーアに邪魔されたっすけど、発声なしでの魔法使用は出来ないっす。
条件は【元の詠唱に含まれる文字】かつ【1文字以上】。
キーワードを発声すれば必ず発動するようになってるんで、1文字や2文字にすると普段の会話の中で暴発するリスクもあるっす。
プレイヤー全体で見ると、魔法名だけにするのが多数派みたいっすね。




