ギシンの森 第1の試練
視界が明るくなると、俺は細い林道に立っていた。
均等に並んだ木々の隙間から降り注ぐ木漏れ日が、タイルの敷きつめられた道をまばらに照らしている。
そんな道の先に緑色の蟻が待ち構えていた。体を支えるのは人の足のように太くなった2本の脚、残りの4本の異様に肥大化した脚は、手のように前に構えている。
人間のようで、やはり虫のようなその姿は、蟻人間とでも呼ぶべきか。身長は俺より小さいが、150cmほどはある。
「ギシャァ!」
顎を鳴らして、蟻が地を蹴った。
ーーチートが発動する。
「悪いな」
4本の腕が叩きつけられるよりも早く、斧を振るう。
蟻人間は自慢の攻撃力を見せることなく、ポリゴンの欠片となって四散した。
完全に新規の敵だったし、これなら俺が【ALL】に行くべきだっただろうか。いや、チートの説明をしていない状況でレベルの低い俺が行こうとするのは不自然だっただろう。
そんなことを考えながら、一歩ーー
「「ギシャァ!」」
「まだいるのかよ!」
踏み出した瞬間、木々の向こうから新たな蟻人間が姿を現した。それも、2体。すでに、初見殺しは発動していない。
道の先には扉が見えているので、無視していくか。
いや、こいつらを倒すことが扉を開ける鍵になっている可能性もある。
「ギシャァ!」
「……そうじゃないよな」
蟻人間が振るった腕を、拳で受け止める。盾ではないのでダメージは入るが、少しだけ。物理攻撃力に特化しているとはいえ、本来は魔法使いが挑む相手なのだ。
戦士と渡り合えるほどの強さがあるわけじゃない。
「まとめて相手してやるよ」
斧を振り上げ、縦回転。捕まえた蟻人間に兜割りをお見舞いする。
「ギシャァ!」
流石に一撃では倒せないか。
「ギシャァ!」
もう一体の蟻人間が殴りかかってくるが、斧を振り下ろした直後ではかわせない。2発の打撃をくらい、HPが減少した。
「近いな……」
舗装された道は決して広くはなく、蟻人間が2体並ぶと半分近くが塞がれてしまう。不用意な大技で隙が出来れば、今のようにもう1体に狙われる。
「なら、」
「「キシャァ!」」
斧を肩に乗せた瞬間、その声は後ろから聞こえた。
振り返りながら斧を振ると、そこには更に2体の蟻人間。計4体の蟻人間に囲まれた形だ。
「やってられない、な!」
最初に兜割りを叩き込んだ蟻人間ーー便宜上、蟻人間Aとでもするーーに一撃を叩き込み、その隙をついて包囲を脱出し、扉へと走る。
だが、扉は開かない。
やはり、現れた4体を全て倒す必要があるか。
改めて斧を肩に担ぎながら、振り返る。
「「「「ギシャァ!」」」」
林道を塞ぐように並んだ蟻人間A・B・C・Dが迫っていた。
「トマホーク!」
4体全員に当たる軌道を想像しながら、斧を投擲。イメージを共有した斧が蟻人間達に襲いかかり、そのうちの1体を粉砕した。
少し遅れて110という経験値が表示される。
「ヴァルキュリアより多いのか」
もちろん、経験値=強さではないのだろうが。
「ギシャァ!」
一足先に辿り着いた蟻人間Cの4本の腕が放たれる。
だが、胴ががら空きだ。
体当たりをするように距離を詰め、斧を振り下ろす。続けて斧を薙ぎ払うが、蟻人間Cは倒れない。
兜割り(防御力低下)+通常攻撃+トマホークでは倒せたが、トマホーク+通常攻撃+通常攻撃では倒せないか。
後ろから迫っている残り2体に与えたダメージは、通常攻撃+トマホークなので、倒すには2発以上必要、と。
そんなふうに考えながら蟻人間Cを倒した時点で、BとDは腕を振りかぶっていた。
多少のダメージは仕方ない。
確実に、1体づつ。
「ギシャァ……!」
最後に残った蟻人間を倒すと、林道に静寂が訪れる。念の為に数歩動いてみたが、新たな敵が現れる気配はない。
これで扉は開くだろう。
他のメンツは大丈夫かとHPバーに目を向けると、多少減ってはいるが全員無事だった。いや、オルバーのHPバーだけ減っていない。
アイテムの使用は禁じられているので、アイテムで回復したわけではないはずだ。ルークのようなHPを回復させるチートもあるが、オルバーの場合は当てはまらない。
それ以外なら、弓スキルに回復技があるのか。
見た目通り無傷で突破した可能性もあるが、1番難しいであろう【ALL】でそんなことが可能なのか。
「会ったら聞いてみるか」
考えても結論は出ないので、扉に触れる。カチリと金属音を伴って、視界が暗転した。
◇
オルバーが【ALL】と書かれた扉をくぐると、広場のような空間に出た。円形に木が刈り取られたような人工の広場の反対側には、入ってきたのと同じ形をした扉がひとつ。
そして、扉を守るように5体の蟻人間が立ち塞がっていた。
6本の足全てが肥大化した4つ腕の個体。
全身がずんぐりむっくりとした肥満個体。
茎のような緑色の杖を持った細身の個体。
背中から生えた羽をマント風に纏う個体。
バッタのように太腿だけ異様に太い個体。
「全部の能力が高いんじゃなくて、全部の能力が高いやつが出てくるパターンか」
良かった点としては、それぞれの得意分野が見た目から判断しやすいことだろうか。それでも、連携を取られれば苦戦は免れない。
「ま、まともに戦うつもりはないけどな」
オルバーは腰に吊るした矢筒から黄金の矢を取り出して、番える。その時点では攻撃動作と見なされないのか、或いは距離が空いているからか、蟻人間達が動き出す様子はない。
続けて、矢筒を人差し指でタッチしてから矢を掴む。同じ場所から取り出したにも関わらず、矢は黄色い光を帯びていた。
矢のスキル技は少し特殊で、発動方法が複数ある。
最初から使える基本的な方法は、矢を番えた後に音声認証で属性を乗せるやり方。少し慣れてきたプレイヤーに多いのは、スキル技に応じた矢が出てくる専用の矢筒を用意する方法。
そして、オルバーが使用しているのが、特定の動作によって矢の種類が変わる矢筒を使用する方法だ。
ちなみに、この矢筒は星具である。
それぞれにメリットとデメリットはあるが、彼はこれから使おうとしている技に繋ぎやすいこの方法を愛用していた。
黄色い輝きを帯びた矢を、最初の矢に重ねるように番えると、最後に小指で矢筒をタッチしてから取り出したのは、水色に輝く矢。
色の違う3本の矢を番えれば、準備は完了だ。
「異常状態乱射」
弓から放たれた1本の矢が、空中で無数に分裂して5体のモンスターに襲いかかる。ダメージは決して多くないが、この技の本質はそこではない。
黄色い矢は麻痺矢。
水色の矢は氷結矢。
異常状態によって5体の動きを止めたオルバーは、その間をすり抜けて、悠々と進む。そして、扉に触れた。
が、何も起こらない。
「倒さないとダメか」
ため息をつくが、その顔には笑みが浮かんでいる。
カチリと、鍵の動く音がした。
5体の蟻人間はいまだ健在だ。
それでも扉は【オルバーが5体のモンスターを倒した】と認識した。
いや、正確には彼の持つ伏線破壊者によって、そう認識させられた、というべきか。
「さあ、こっからが本番だ」
難易度が1番高い扉を選びながら、最短で、無傷で、オルバーは第1の試練を突破した。
どうも、銅っす。
今回はオルバーについての補足っす。
威力は低いけど、状態異常をばらまける弓矢、便利そうっすよね。ただ、本来はここまで無双する性能じゃないんすよ。
追加効果の状態異常付与は低確率で発生なんすから。
これを覆すのが、伏線破壊者。
発生確率の処理を無視することで、問答無用の無法性能を発揮してるっす。
本人は無自覚ぽいっすけどね。




