ゲームの世界
『どうか、心行くまで存分にご堪能ください』
その言葉を残して消えた銀と入れ替わるように、新たな文字が浮び上がる。
【幻世 プレイヤールーム・ライト】
家具ひとつない殺風景なこの部屋が、このゲームにおける俺の拠点らしい。ちょこっと豆知識によると、中にいる間はHPとMPが自動で回復していくそうだが、今は関係ない。
【ルーム内をカスタマイズ出来ます。チュートリアルを確認しますか?】
【YES】【NO】
興味はそそられるが、誰かを呼ぶ予定はないし、始めたらそれだけで1日が終わってしまいそうなので【NO】を選択。
いつの間にか現れていた扉を開けると、目に飛び込んできたのは、アスファルト舗装された道路と規則的に並ぶ同じような形をした家々。
いかにも住宅街らしい見慣れた光景だ。
プレイヤールームは、ハードに登録された住所を元に設定されるので、当たり前と言えば当たり前だが。
「流石のクオリティだな」
別に馬鹿にしている訳では無い。むしろ感心しているのだ。人気がないこと以外は現実を忠実に再現したゲームのリアリティ、その完成度に。
「って、誰目線だよ」
自分にノリツッコミしてみるが、虚しいだけだった。
「いや、でもマジですごいな」
ここーー【幻世】は、様々な企業の協力を得て創られた【もうひとつの現実】だ。
提携を結んでいる店ではリアルでの買い物をすることが出来たり、季節限定の絶景が年中見られるように設定されていたり、リモートワークに対応している企業があったりと、ここだけでもひとつのコンテンツとして成立するほどのクオリティだという。
だが、俺の目的は幻世ではない。
人差し指と中指を揃えて、軽く振り下ろす。何も無かった空間にメニュー画面が現れた。まずは、1番上の【プロフィール】を選択する。
「お、出た出た」
1番上には【名前 ライト】、その下には【性別・男性】、その下には【職業・戦士】と【Lv.1】が表示されていた。
何の変哲もないプロフィールだ。紹介文を入力出来る欄もあるが、洒落た説明は思いつかないのでスルー。
2ページ目はスキルとスキル技の一覧。
ちょこっと豆知識によると、初期スキルは【種族・職業のスキル】、【武器スキル】、【戦闘スキル】、【非戦闘スキル】の4つが割り振られるらしい。
俺の場合は【戦士スキル】【斧スキル】【カウンタースキル】【文章スキル】……
文章スキルってなんだ。
確認してみると、キーワードを決めることで特定の単語に文章を登録し、発声のみで文章として書き記せるようになるスキル、だそうだ。
俺の名前はWRITEじゃないんだが。
「まあ、いいや」
ランダムに与えられるものにつっこんでも仕方ない。
そして、3ページ目の【チート】はまだ空欄だ。
「あとは、所持品か」
画面を戻して、【アイテム】と書かれた欄を選択する。
ゲーム内に置ける通貨【VRY】は0。要するに天下不滅の無一文である。
所持品は、【銅の剣】と【皮のよろい】に、【HP回復ポーション】と【MP回復ポーション】が10個ずつ入っていた。この回復アイテムは、当面の救済処置ということだろうな。
剣とよろいはアイテムというか、装備品だと思うが、幻世では戦闘行為が禁止されているからか、身につけることは出来なかった。
スキルは確認出来るが、戦闘に関わるステータスが確認出来ないのも同じ理由だろう。
「まあ、いいや」
俺の目的は、幻世でスローライフを送ることではない。
メニューの最初の画面まで戻り、【転送】と書かれた欄を押すと、【ログアウト】と【混沌の世界】の2つの選択肢が現れる。
「行きますか」
迷うことなく【混沌の世界】を選択した。
もうひとつの舞台ーー【混沌の世界】は、魔物の王によって10あった都市のうち、9つが封印されてしまった世界だ。
主人公達に与えられた試練は、その封印を司る魔物達を倒して全ての都市を解放することである。
まあ、ベータテスト版のラスボスとして、魔物の1体は倒されたらしいので、残りは8体ということになるが。
そんなことを考えている間に、世界は色を変えた。
混沌とついているが、空が赤かったりはしない。空は青いし、太陽は煌々と輝いている。雲1つなく、静かにしていれば鳥のさえずりさえ聞こえてきそうなくらいに澄み渡った空だ。
視線を落とすと、まず目に入ってくるのは大きな噴水。吹き出す水の動きは、データとは思えないほどに滑らかだ。
この場所自体は円形の広場となっているようで、壁際には野菜や果物、道具を売っていそうな店が並んでいる。
俺自身の姿にも変化があった。
上半身は皮製の簡素な鎧に覆われ、腰には鞘に入った剣がひと振り。そういえば、初期武器は剣なのに、スキルは斧なのか。
戦士の武器スキルはランダムに割り振られるとはいえ、初期装備くらいは揃えて欲しいところである。
改めてプロフィール欄を開くと、今度は名前・性別・職業の下に装備品の一覧と、【HP】【MP】【物理攻撃力】【物理防御力】【魔法攻撃力】【魔法防御力】【素早さ】の6項目ステータスが表示されていた。
予定通り、物理に硬い性能だ。魔法攻撃力は0であり、改めて戦士は魔法が使えないのだと認識させられた。
ピロン。
メニューを閉じた直後、メッセージアプリの着信音が鳴る。わざとじゃないかと思うほど、ぴったりだった。
「タイミング悪いなぁ」
メニューを開き直し、【その他】から【連動アプリ】を開く。メッセージの送り主は……こいつか。
なんとなく嫌な予感はするが、無視するのもあれなので、メッセージを確認。
【用がある。準備が出来次第、タヴの鐘の前に集合だ】
「へいへい」
予感的中。面倒なことになりそうだ。
『わかった』
了解の意を伝え、メッセージアプリを閉じる。不本意ながら、目的が出来たおかげでやることは決まった。
誰か、【タヴの鐘】とやらの場所を教えてください。
皆さん、こんにちは。
この4話の冒頭で出番が終了してしまった音声ガイドの銀です。
なのでこれからは、音声ガイド改め、後書き係として。主に設定マニアな作者のため、たまに後書きで設定を語っていきたいと思います。
本編に関わる内容は本編中でも触れますし、読みたくありません、という方は読み飛ばして大丈夫です。
それでは、アットホーム・オンラインの世界を、心行くまで存分にご堪能ください。