ギシンの森 それぞれの準備
ガイアス達とは解散したが、ギシンの森の攻略まではまだ時間がある。レベルにも余裕が出来たので、クエストでもやって時間を潰そうかと思うが、先にやることが2つ。
まずはレベル15で獲得したスキルを確認。【素早さ強化1】か。
鈍足戦士が、多少早くなったところでなぁ。とは思うが、もうひとつのやることも素早さ関連だ。
画面をアイテム欄に切り替え、取り出したのは鍔の部分に鳥の羽のような銀色の装飾がついた細身の剣【フェザーソード】。
「試運転といきますか」
闘技場から基礎領域の掲示板までの間に出てくる敵は、すでに雑魚ばかりだ。チートがなくとも、攻撃力が下がろうとも、問題はない。
「んー、これは……」
風になる。とは言わないが、斧を背負って走る時よりも楽だ。速さだけでなく、走りやすさという点についても、考える余地はあるかもしれない。
「フシャー」
襲ってきた青虫を、すれ違いざまに斬り伏せて、進む。
「まあ、たまにはいいか」
――ライト Lv16
◇
基礎領域の中央広場では、2人のイケメンがベンチに座って話していた。
「……ジャスティスに気をつけろ、か」
1人は魔法使い。黒いローブにつばの広い三角帽子と、いかにも魔法使いらしい装いが特徴のプレイヤーで、名前はレフト。
「ジャスティス?」
もう1人は革ジャンを羽織った好青年。見た目から職業を連想するとしたら、ロックミュージシャンだろうか。
少なくとも、ファンタジー的な職業には繋がらない見た目をしているが、その正体はドッペルゲンガーで名前はロキ。
「ギシンの森に挑むメンバーの1人だ」
そんな目立つ格好の2人が並んでいても誰も注目しないのは、ここがゲームの中だからだ。彼らのように変わった格好をしている人は、そこら中に溢れていた。
「そいつに気をつけろって、ライトからメッセージが来たんだよ」
「それは、先週戦ったヤツらの仲間ってことか?」
ロキの言う『先週戦ったヤツら』とは、アーケインとムウシのことである。タヴの鐘では蟻地獄に飲み込まれ、不完全燃焼に終わったアーケインが提案したリベンジマッチ。
その戦いにおいてレフトに付き添ったのが、ロキだった。
「どうだろうな」
その件はライトに教えていない。
だが、タヴの鐘では会っているし、今はジャスティスの相方であるオルバーと行動しているはずなので、彼から何かを聞いた可能性もある。
「そのジャスティスってヤツに心当たりはないのか?」
「会ってないからなんとも言えないが、名前的には知らないな。カーバレーみたいなパターンもありえるが」
「ジャスティス……正義、ねぇ」
「正義がどうこうと言ってるやつはいたな」
「あー、いたねぇ。ナルシストな正義厨」
「ジャスティスなんて安直な名前を使うかっていうと微妙だけどな」
「ま、どっちにせよ。気をつけなさいよね」
「……口調間違ってるぞ」
「間違ったんじゃないわ」
レフトが間違ってると指摘したのは、素の口調に戻っていたからだ。ロールプレイの視点から見れば、間違いだろう。
「あたしはトリックスターのロキ。口調すらも変幻自在なのよ」
「なるほどな」
だが、そう言い返されてしまっては、否定する言葉を持たない。深くは追求はせずに、レフトは新たな話題を提供する。
「てかこの前、あいつが――」
「この前って、どれだよ――」
決戦の前でも普段と変わらず、友達と無駄話に花を咲かせる。
それがレフトなりの過ごし方だった。
――レフト Lv16
◇
【ギルド】と言っても色々ある。
例えば、ボス攻略の志を同じくする人達が集まり、情報やアイテムを共有し、クリアを目指すもの。
例えば、レアアイテムを手に入れるために、情報の共有や共同戦線を張り、強敵に挑み続けるもの。
例えば、ゲームの中でも男尊女卑で男が活躍することに反発し、女性プレイヤーのみで集まるもの。
リアルと関係なく多くの人が集まり、誰もが知る存在になる。
――そんなギルドは、ひと握りだ。
その他大勢の、現実の知り合いや種族・職業で集まって作る小規模のギルド。それが、大多数を占めるギルドの在り方だ。
その中のひとつが、【魔法協会】。
魔法使いだけで構成されたギルドで、リアルはオカルト研究会という社会人の集まりだ。知名度はもちろん、ほぼ皆無。
「今夜8時か……」
その会長にして、ギルドマスターこそ、この男――ライダーである。
巌のような体躯にオールバックとおおよそ魔法使いらしくない見た目をしているが、それは体格をリアルに合わせ、動きやすさを優先した結果だ。
サングラスは彼なりのオシャレであり、ゲームゆえに視界に影響はない。
そんな魔法使いらしくない男だが、ギルマスであり、会長であり、何より時間があったため、代表としてクエストを受けていた。
「テーア。今回のクエストはどう思う?」
「どうと言われましても」
そんな彼を支えるのが、この女――テーアことゼクレテーア。別のゲームから外見をそっくり持ってきたためOLの格好をしているが、れっきとした魔法使いである。
「参加者同士を戦わせる試練からほどなくして、今度は協力させる試練だ。しかも、枠が6人となれば、勝った負けたの相手と重なることは必然だろう」
「えぇ、そうですわね」
「やりづらいな」
「そう、ですわね。……あとから挑むメンバーには、6人ひと組を推奨いたしましょうか?」
「それは、今回の結果次第だな」
彼らはいわば、開拓者である。
時間のある2人が試練を先んじてクリアし、攻略法を共有することで、残りのギルドメンバーは効率よくクリア出来るという寸法だ。
「道具は揃っているか?」
「えぇ、好きなだけお持ちください。このギルドはその為にあるのですから」
その見返りとして、他のメンバーはアイテムやVRY、経験値を寄付している。
それが、レフト達よりも後に試練を始めながら、追いつく事が出来た理由のひとつだ。
「さあ、行くぞ」
「どこまでもお供いたします」
十全に準備を整えて、2人の魔法使いは戦場へと向かった。
――ライダー Lv21
――ゼクレテーア Lv18(三尺去って師の影を踏まず)
◇
このゲームにおいて最初に発足したギルドはどれかと尋ねたら、【セフィラ解放軍】か【星狩りの剣】、もしくは我こそはという小規模ギルドが名乗りをあげるだろう。
だが、最初に拠点を構えたギルドといえば、誰もが【星狩りの剣】の名をあげる。
王国領域の西端にある現状では混沌の世界で唯一の海。その岸辺に乗り上げた古びた海賊船ようなものが【星狩りの剣】の拠点だ。
ベータテストの最終日に発見され、その直前に発表された拠点システムに則って、最初に拠点化された。ベータテストに参加した人の中ではそんな風に共通認識されている場所だ。
だが、その船に名前はない。
ゆえに呼び方はプレイヤーによって様々だ。単に船などと表現するものもいれば、星狩りの剣の拠点だと呼ぶ人もいる。
そして、そこを拠点にする星狩りの剣のメンバーの多くは、求めるものにあやかり【アルゴ船】と呼んでいた。
勝手に呼んでいるだけなので、関連した星具があったりするわけではないが。
「さて、どうなるか……」
オルバーはベータ時代の狩人姿のD装備に身を包み、その船頭で海を眺めいた。
蒼く深い海だ。
船を破壊した主でも潜んでいるのだろうか。そんな話をするメンバーが少なくないのも、頷ける。
「何を気にしてるんだい?」
そんな彼に後ろから声をかけたのは騎士で、名前はガラード。ガツガツとした自分本位なプレイヤーが多いギルドにおいて数少ない仲間思いのプレイヤーである。
「魔法使いのクエストだよ」
単独行動を好むオルバーだが、彼のことは嫌いではない。
「あぁ、それか」
近距離で壁とアタッカーをこなすガラードと、魔法と弓という遠距離特化のオルバーで相性が良かったというのもある。
「私の娘もやってるが、序盤の主とやらで苦労しているらしくてね。同じ魔法使いとして、何かアドバイスでもないかな?」
「レベル上げて頑張るしかない」
「それはもっともだな」
「あとは手伝ってやるとか」
ガラードは優秀な盾役だ。小領域の主といえど、攻撃を全て伏せげるのであれば、いつかは倒せるだろう。
「ほう。単独でクリアが条件ではないのか」
「その小領域の主と、俺が今やってるギシンの森の2つはな」
「ふむ。それだけ難しいということか」
「……ところで、娘さんとゲームの話とかするのか?」
「同じゲームをやってるんだ。当然……ではないみたいだな」
「残念ながら」
だが、それ以上に同世代の親同士というのが大きかっただろう。リアルの知り合いでは話せないことも、ヴァーチャルだけの関係だからこそ話せる。
そんな相手だからこそ、気を許せる面があった。
「困ったことに、やってること以外、何も教えてくれないよ」
「それはまた」
「まあ、その相談は後日させてくれ」
「どれだけ協力出来るかはわからないが、待っているよ」
「おう。じゃ、行ってくる」
「生きて帰ってこいよ」
「ゲームじゃ死なねぇよ」
そんな風に、気負うでもなく普段通りに、オルバーは時間を潰す。
――オルバー Lv21
◇
午後7時50分。王国領域西部【ギシンの森】。固く閉ざされた扉の前には、すでに5人のプレイヤーが集まっていた。
神父のような格好をした男は見覚えがないので、彼がジャスティスだろう。血に染ったような真紅の髪は腰に届くほど長いが、顔つきと体格からして男で間違いない。
「よし、揃ったみたいだな」
ニッコリと笑い、レフトが手を叩く。
「じゃあ、ギシンの森の攻略を始めようか」
その宣言に答えるように、ゆっくりと扉が開いた。
こんにちは。銀です。
ついに、ギシンの森の攻略が始まります。
それぞれのプレイヤーの思惑が蠢く中、ライトはどう動くのか。
どうか、心行くまで、ご堪能ください。




