ライトVSガイウス?
「なら、勝負をしよう」
拳を突き出して笑うガイウス。
「勝負?」
「僕が勝ったら、経験値を受け取ってもらうよ」
そう来たか。
俺のチートは、2回目以降の戦いでは発動しない。だが、1度目が共闘という形であった場合は不明だ。レフトとの対決で発動しなかったから、発動しない可能性は高い。
ガイウスがそれを知っているとは思えないが、予想がついてもおかしくはない。あるいは、初見殺しのチートであっても、知っていれば勝てると踏んでいるのか?
「いいだろう」
鈍足重装甲の俺と瞬足紙耐久のガイウス。
レベル差があっても数発当てれば勝てるだろうが、問題は当てられるかどうかだ。もらったばかりのフェザーソードを試してみてもいいかもしれない。
「なら、やるよ」
そういいながら、ガイウスは拳を振る。
「最初はグー」
「は?」
「じゃんけん」
対戦じゃなかった。
「ぽん」
ガイウスの手はチョキ。俺が咄嗟に出した手は、グーだった。
「……まさか、負けるなんてね」
自分の手を見つめながら、ガイウスがしみじみと呟く。そんなに自信があったのだろうか。
「ユリウスになら、いつも勝てるのに」
自信の源はそこか。
「さあ、なんでも聞いてくれ! ライト!」
「はい?」
ガイウスがわけのわからないことを言い出した。
いや、流れが分からないわけではない。勝つことしか考えてなかったのに負けたから、交換条件を出してきたのだ。
質問権になる理由はよくわからないが、聞かないと満足しないのだろう。
「……名前の由来は?」
無難な質問はそれくらいしか思いつかなかった。
「ジュリアス・シーザーって知ってるかい?」
「ブルータス、お前もか。の人」
「……うん。まあ、合ってる」
満足の回答ではなかったらしい。まあ、間違いじゃないんなら、俺はどうでもいいが。
「そのラテン語版の名前がガイウスなんだよ」
「なるほど」
だからどうということはなかった。
「なら、これで終わりだな」
「まだですよぉ」
ガイウスの陰からフィックスが現れる。
「次はぁ、あたしがお相手しますぅ」
「……マジかよ」
「マジです」
フィックスは握り拳を突き上げた。ルールは変わらないらしい。あくまでじゃんけんだ。
「いいだろう」
「じゃあ、行きますよ」
今度は俺もしっかりと拳を構えた。
「「じゃんけんぽん」」
俺はチョキで、フィックスはパー。
俺の勝ちだ。
「あらぁ、負けちゃいましたぁ」
フィックスはケラケラと笑い流す。僅かとはいえ悔しそうな表情を浮かべていたガイウスとは違い、微塵も悔しがっていない。
まあ、悔しがって欲しいわけでもないんだが。
「ユリウスとなら、いつも引き分けるんですけどねぇ」
「……質問してもいいか?」
勝利の優越感とフィックスの戯言はおいておくとして、ガイウスの時と違って聞きたいことはある。
「いいですよぉ」
許可が得られたので、俺は単刀直入に質問を切り出した。
「さっきの姿が変わるやつについて教えて欲しい」
「姿が変わるって、これのこと?」
フィックスは短刀を取り出して、光らせる。
それに合わせて、少女の姿も変わった。細長い三角形の耳に、丸みを帯びた尻尾。全身にオーラのようなものを纏い、頬にはヒゲ、手や足には爪のような形が浮かび上がっていた。
「これはぁ【憑依】って言いますぅ」
「憑依?」
「憑くの憑にぃ、依るの依で、憑依ですぅ」
「いや、まあ、漢字はイメージつくけどさ」
むしろ例えの方がよくわからない。それぞれの訓読みなんだろうけど。
「で、どんな力なんだ」
「見た目が変わって、能力が少しアップするだけですよぉ」
「なるほど」
とりあえず、概要はわかった。
「じゃぁ、次はユリウスの番ですねぇ」
まだ終わらないのか。
まあ、ガイウスに続いてフィックスが名乗りを上げた時点で予想はついたが、3連勝しなきゃならないのか。
そこまでして経験値を拒むのも面倒に……
「いいわ! やってあげましょう!」
ユリウスが嬉嬉として拳を握りしめる。
まあどの道、これが最後の勝負だ。
気持ちを切り替えて、俺も拳を構えた。
先に2勝していることを考えると、3回連続で勝てる確率は1/27。リアルラックは数値化できないが、簡単に引ける数字ではないだろう。
だが、この勝負だけを考えれば、勝てる確率は1/3。不可能ではない。
いや。
ユリウスになら勝てると言ったガイウスはチョキで、いつも引き分けると言ったフィックスはパーだった。そこから導かれるユリウスの手は、パーだ。つまり、チョキを出せば勝てる。
いや、違う。
これはゲームでも、相手は生の人間だ。会話から出す手がわかるなんてことはありえない。むしろ俺に深読みさせて、チョキを出させるのが狙いか。
だとすれば、いやでも、それすらも読まれている可能性も……
「じゃん、けん……」
刹那の思考で結論は出ない。
「ぽん」
咄嗟に出た手は、グーだった。
ユリウスの手は、パーだ。
シンプルに考えて良かったらしい。
「あ、勝った……」
少し遅れて、ユリウスの顔に喜びが浮かぶ。
「勝ちました! 勝ちましたよ、ガイウス!」
その視線はすでに俺を見てはいなかった。
「あぁ、さすがだよ」
楽しそうに笑うユリウスを見ていると、負けて良かったような気もする。実際問題として経験値を貰えるわけだから、俺は得しかないわけで。
「さて、それじゃあ、経験値は4等分させてもらうよ」
「問題ない」
負けのだから文句は言わない。というか、文句を言うようなことでもないしな。俺は別に低レベルクリアを目指しているわけじゃない。
ほどなくして、経験値の獲得表示が出て、レベルが上がった。これでレベルは15。新しいスキルも入手した。
「あ、新しいスキルが増えましたぁ」
「おめでとう。フィックス。僕は……もうひとつ上げないと手に入らないな」
「わぁお、もう19までいったんですかぁ」
「あたしだって17よ」
「わー、すごいですねー」
「扱いが雑!」
レベルが違った。
1番低いであろうフィックスで、同じ15。俺が次のレベルに上がるまでに必要な経験値が【815】となっているから、ユリウスとは最低でもそれ以上の差があるということだ。
ガイウスの19とか、イメージすらわかないレベルだな。
「じゃあ、俺はもう行くよ」
「あ、ちょっと待ってくれるかな」
離れようとする俺を、ガイウスが引き止めた。その手には、先程返した盾と鐘。
「時間が大丈夫そうなら、もう1戦していかないかい?」
「チートは発動しないぞ?」
「大丈夫だよ。むしろ、その方がフィックスが本来の仕事をしてくれるだろうしね」
ガイウスがチラリと視線を向けると、フィックスはてへっと舌を出した。いちいち仕草があざとい少女である。
「頼まれてくれるかな?」
「……俺で良ければ」
ギシンの森に挑むのは夜8時。それまでにやることといえば、クエストを受けるか、レベルを上げるくらいだ。
どうしても受けたいクエストはなかったし、レベル上げならば、キングレオ・ナヘマーを狩る方が効率がいい。
「なら、受付をしにいこうか」
こうして始まったキングレオ・ナヘマー2回戦。
基本的な戦法は変わらず、俺がヘイトベルで注意を引き付けている間に、ガイウスとユリウスが剣と魔法で攻撃する。
とはいえ、戦いの流れまで同じようにとはならなかった。
爪や体当たりはチートなしでも盾で防げるが雑な防御では体勢を崩されてしまい、火炎攻撃は耐火装備をしている俺ですらHPを半減させられてしまう。
結果、1回目ほど上手にタンクをこなすことは出来ず、フィックスに回復に専念してもらっている状況だ。
正直、経験値4400の強敵を甘く見ていた。
その一方で、1度目の戦いから間合いを掴んだガイウスは、最低限の動きで攻撃をかわし、最大限の反撃をしている。
正直言って、プレイヤーとしての格が違う。
初見殺しがあっても勝てないんじゃないだろうか。そう思えるほど、堅実で無駄のない動きだった。
そんな攻防を数分間続けていると、1割を切ったナヘマーのHPが赤く染まる。
「よし、決めるよ。せっかくだから、ライトも攻撃を!」
「了解!」
ヘイトベルを常夜の斧に持ち変え、肩に担ぐ。スキルの構えを認識し、斧が輝いた。
「降り注げ水流ーー」
「あはぁ。あたしも行きますよぉ」
ユリウスが魔法を詠唱し、フィックスは狐娘へと姿を変える。ガイウスは2人の動きを横目で確認し、唸る獅子へと剣を向けた。
「突き抜けろ、光線」
剣士と言っていたが、魔法も使えるのか。
「さあ、合わせるよ!」
「グルァァァァ!」
ナヘマーは火炎攻撃で焼き払わんと大きな口を開くが、もう遅い。
「フォトンレーザー!」
「バブルスコール!」
「スラッシュダガー!」
「トマホーク!」
光線が、水球が、斬撃が、投擲斧がナヘマーへ命中し、その漆黒の巨体を打ち砕いた。そして、前回と同様に4400という莫大な経験値が表示される。
俺のチートによる経験値の減少はなかったらしい。
そして、わかったことがひとつ。
盾役に徹する壁に、俺は向いてない。
能力とかセンスもあるが、性格的に向いてなかった。双斧の時も思ったが、片手は空けておきたい性分らしい。それが今回の1番の収穫だ。
再び戻ってきた控え室で経験値を受け取ると、レベルは16に上がった。チート頼りの1回目とは別の意味で受け取りづらかったが、ここは素直に受け取っておく。
これで一時的にではあるが、レフトに追いついた。
ちなみに、クエスト報酬のアイテムの譲渡はーーガイウスは渡してくれようとしたがーー2回戦まで含めて1つのクエストということにして断った。
そのまま3回戦に突入かと思ったが、別のメンバーとも練習をするということでこの場は解散ーー
「あっ、ちょっと待ってくれるかな」
ではないらしい。
「せっかくだし、最後にフレンド登録しておこうよ」
フレンド登録か。もう会うこともないのだろうが、一期一会という言葉もあるしな。
「まあ、それくらいなら」
「ありがとう。ほら、2人もやるよ」
「ええ」
「はぁい」
こうして、俺のフレンド登録数が3つ増えた。




