繋がる縁
バグルフレアトーラスのいた位置に浮かび上がった魔法陣へ乗り、病院の受付へと帰還する。その瞬間、左手に持っていた狂戦士の斧が塵となって崩れ落ちた。
どうやら、プレアデスの武器は持ち出せないらしい。
双斧使いはお預けか。
いや、買えば出来るが。
そこまでしてやりたい程の手応えはなかったし、アイテムを使いたい時などに手放す手間が増えたりもある。
オルバーとはそこで別れ、俺は基礎領域の中央広場に来ていた。
「さて、クエストでもやるか」
もちろん、魔法使いのクエストではない。
そちらの夜の開催に決まったので、それまでは自由時間だ。レベルを上げる手もあるが、必須ではない。
オルバーから言われたジャスティスの件だけはレフトにメッセージを入れておいたし、あとは向こうで考えてくれるだろう。
となれば、クエストである。
何か面白いのがあるかと思って【戦士限定】を探して見るが、そう簡単にはな――あった。
【打たれ強い戦士職募集!】
個人発注のクエストだ。
おそらく、壁役の戦士が欲しいのだろう。だが、このタイミングでしっかり壁ビルドしてる人は少ないだろうから、このような表記になったのだと考えられる。
俺は盾こそ持っていないが、鉄の鎧を着ているし、物理防御力を上げるスキルも取っている。ついでに、斧は素早さが下がる代わりに物理防御力が少しだけ上がる武器だ。
チーム戦においては壁向きかもしれない。魔法防御力は低いが、戦士にそれは期待してないだろう。
俺の性格が向いてるかというのは、別の話になるが。
クエストを受けると、すぐにメッセージが来た。
【受注してくれてありがとう。王国領域の闘技場に来て貰えるかな。中だと合流が大変だから、外にいるよ】
内容が理解出来たら、閉じる。
自動展開のメッセージなので、返信は不要。というか、相手がわからないから不可能だ。
相手が本当に待ってるかはわからないが、クエストを誰かが受けたことくらいは伝わっているのだろう。そのメッセージを見て駆けつける可能性もあるし、行かないという選択肢はない。
俺は道中のモンスターを狩りながら、闘技場に向かった。
「やあ、クエストを受注してくれてありがとう」
目的の人物はすぐに見つかった。
メッセージの文面をなぞるようなセリフからして間違いない。
見た目は、初心者――じゃない、剣士だ。
手に持っている鍔に羽のついた剣がメイン武器だろう。問題は、それ以外の装備品。どうみても、あれは初期装備だ。パッと見で初心者だと思われても仕方ないだろう。
「僕はガイウス。気分的には騎士だけど、剣士をやらせてもらってるよ」
「俺はライト。わかってると思うけど戦士だ」
俺が名乗り返すと、ガイウスは手を差し出してきた。握手を求めているのだろう。俺はその手をそっと握り返す。
華奢な手だった。
声からしても男であることは疑いようもないのだが、男だとは思えないほどに細い手だ。いや、手だけではない。腕も、体の線も細い。
「よろしく頼むよ」
それでも、弱々しい感じは全くしない好青年だった。
「それで要件は?」
「あと2人来るまで待ってもらってもいいかい?」
「時間がかかるのか?」
「そんなことはないよ。クエストで募集したのは戦士だけだからね」
「わかった」
つまり、4人でやるのに1人足りないから、クエストで募集したというわけか。闘技場で4人、ルークの時と同じような流れだな。
またあのサバイバルだったりするのだろうか。
「まあ、いいか」
考えても答えは出ない。
来るまで待つというのなら、待つだけだ。
と、決意したのもつかの間。
こちらに真っ直ぐに向かってくる2人のプレイヤーが現れた。
浴衣姿の少女と青い魔法使い。
――というか、ユリウスだ。
「わぁお。面白いことになってますねぇ」
「面白いこと?」
「はにゃ。なんでもないですよぉ」
2人の少女は話しながら近づいてくる。
「来たみたいだね」
くるりと振り返り、ガイウスは2人の前に立った。
「紹介するよ」
最初に前に出たのは、ユリウス。
「彼女はユリウス。見た目の通り魔法使いだよ。得意なのは水魔法だったかな。青い衣装もそれをイメージして――」
ガイウスは楽しそうに紹介しているが、ユリウスの表情は固まっていた。
彼女も気がついたのだろう。俺が、レフトの横にいた戦士だということに。
「嘘でしょ……?」
その呟きを、ガイウスは聞き逃さなかった。
「どうしたんだい?」
「え、あ。な、なんでもないわよ」
「そうかい? それなら、いいけど」
ユリウスはごまかすことを選んだらしい。となれば、俺から話すようなことでもないし、触れないのが無難か。
「俺はライトだ」
「え、えぇ。ユリウスよ」
ユリウスがおっかなびっくりに差し出してきた手は、軽く握り返しておいた。
「なら、次は」
ガイウスが視線を移すよりも早く、浴衣の少女が前に出る。小柄な少女は、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、俺の顔を覗き込んできた。
「あたしはぁ、フィックスって言いますぅ」
指がそっと顎に添えられる。
「よろしくねぇ。ライト」
黄色い瞳に見つめられ、俺は動けなくなっていた。ゲームとはいえ、吸い込まれそうなくらいに綺麗な瞳だ。
「初対面の人をからかうんじゃないよ。フィックス」
「はぁーい」
フィックスが離れると、自由に動けるようになった。
というのは、感覚的な問題だ。とはいえ、至近距離で見つめられたら、見とれてしまうのは当たり前じゃないだろうか。
まさに、金縛りにあったような気分だった。
「続きはまた今度しましょうねぇ」
可愛げにウィンクを残して、フィックスはユリウスの陰に隠れる。チラチラと顔を覗かせるのは、俺の返事を待ってるのか。
だがあいにくと、正しい答え方を俺は知らない。
「要件を説明してくれるか?」
俺はフィックスを無視して、ガイウスに訊ねた。
戸惑っていたのが伝わったのか、無視したことへの追求はない。
「そうだね。最初から説明していくよ」
そう言って、ガイウスは語り始める。
「これは一般には未公開の情報なんだけど」
「え?」
いきなり驚くべき単語が飛び出した。一般には未公開の情報を知っているということは、自分は一般ではないと言っているようなものだろう。
「あぁ、うちには優秀なチートを持った情報屋がいてね。彼女からの情報さ」
驚きが表情に出ていたらしく、ガイウスが補足してくれた。情報関係のチートもあるのか。情報の先取りともなれば、現実でも活かせそうだな。
「で、ついに来週。新しいセフィラが開放されるんだ。もちろん、タダじゃないよ。ベータテストの時と同じように、クリフォの王を倒さなきゃいけない」
クリフォの王というのは、公式から提示された都市の封印を司る魔物のことだろう。
「それが、4足歩行の巨大な獣らしいんだ。
で、その攻略に向けて、基本の戦術をマスターしておこうという話になったんだけど、巨大な獣なんて野生にはいないだろ。
そこで、ここにいるキングレオを相手に模擬戦をしようということになったんだ」
闘技場で戦えるキングレオ、といえば初日に挑んだ【キングレオ・ラヌート】か。勝てそうもないのであれ以来関わっていなかったが。
「4人パーティーの基本形として壁、近距離アタッカー、遠距離アタッカー、ヒーラーを想定した。
ただ、うちの唯一のタンクは暦通りに休めない人でね。本番はいるんだけど、今日は参加出来なくてね。そこで、彼と同じ戦士職に代わりをやってもらおうと、クエスト募集したというわけ。
あ、安心して、盾とヘイト集めのアイテムは貸すし、ヒーラーが安全マージンを保って回復させるからさ。壁を殺させはしないよ」
ガイウスは優しげな笑みを浮かべ、手を差し出してくる。
「改めて、受けてくれるかな?」
「もちろんだ」
俺はその手を取った。詳細はわからないながらも、クエストを受けた時点で断る選択肢はない。
「ありがとう」
ガイウスは手を握ったまま、空いている手でメニューを操作する。何をやっているのかと思っていたら、パーティーの参加申請が飛んできた。
空いている方の手で【参加】を選択。
自分のHPバーの上に表示されていたレフトのバーが消え、代わりに3本のバーが表示された。同時に複数のパーティーを組むことは不可能だから仕方ない。
再会した時に組み直せばいいだけだが、何か言われそうだな。
「……いつまで手握ってんのよ、あんた達」
「焼きもちですかぁ?」
「なっ、そんなんじゃないわよ!」
「照れなくてもいいんですよぉ」
「だから、違うってば!」
女が3人集まれば姦しいというが、2人でも充分に賑やかだ。それが嫌いかと言われれば、嫌いではないが。
「……うるさくてすまないね」
ガイウスは止めるでもなく、苦笑いを浮かべていた。よくある光景なのだろう。とても、日常感のある風景だった。
「あぁ、そうだ」
ガイウスの表情が真剣なものに変わる。
何を言うのかはなんとなく想像がついた。協力して戦うことになり、パーティーを組んだのだから、次にやるのは作戦会議。
そのためには、知らなくてはならない。
「チートについて教えてもらってもいいかい?」
1人で戦局を動かすことだって出来るかもしれない力について。
◇
ライトと別れてしばらく歩いた後、オルバーは不意に立ち止まった。
「……いるんだろ。出てこいよ」
「気づかれていましたか」
さしたる驚きを見せずに、男が姿を現す。
名前はムウシ。特徴的な水色のコートを纏った男で、おうし座攻略における共犯者だ。
オルバーはライトから受け取った金牛長弓を差し出す。
「約束の星具だ」
「あぁ、それはあなたにあげますよ」
「なに?」
「頑張ってくれたお礼です。私の目的は誰かが星具を手に入れることで、金牛長弓が欲しい訳ではありませんし」
ムウシの言い分にオルバーは眉をひそめる。
「心配せずとも約束は守ります。しかし、あんな骨董品を直してどうするのですか?」
「……攻略してないヒロインがいるだよ」
「なるほど。これほど熱狂的なファンがいるとはEEGLIVEでしたか? そのゲームに少し興味が湧きましたよ」
「お前にはやらせねぇからな」
「それは残念。まあ、せいぜい頑張ってください。ーーフラグクラッシャー」
そう言い残して、ムウシは静かに姿を消した。
こんにちは、銀です。
今回はクエストについての補足情報です。
ガイウスが発注したクエストですが、ライトが朝見た時点ではありませんでした。
これはその後に出されたのではなく、発注者であるガイウスがログインしている時にしか表示されないように設定されているからです。
プレイヤー間でのトラブル防止の為、基本はこの設定になっていますが、プレイヤーが会う必要のないクエストでは常時表示設定も可能となっています。
クエストを発注する時にはお気をつけくださいね。




