ライトVSオルバー
「俺はオルバー。対戦の準備は出来ている」
手を広げて、仰々しく、オルバーは名乗りを上げた。
俺はメニューを開き、対戦申請を選択。オルバーの名前の入力し、フルライフ決戦を選んだ。
賭けの項目からライトの報酬を選択――他には、オルバーの報酬、勝者の報酬、敗者の報酬の3つがある――して、テキストを入力する。
【オルバーは、他のプレイヤーが十二宮星具を装備して、使用するまで、金牛長弓を装備、使用することが出来なくなる】
音声入力も可能だが、今回はキーボード入力にしたうえで、内容を読み返した。
この言葉選びは慎重でなければならない。
なぜなら、賭けの内容はシステム的に管理されるルールとなる。
システムは融通が利かないのでルールは絶対だ。しかし、システムは応用も利かないのでルールの穴を掻い潜られたら何もしてくれない。
ゆえに、内容を決める時は細かいことまで気にする必要があるのだ。
2度3度と読み返し、大丈夫と判断したところで、申請ボタンを押した。
オルバーは即座に受け入れる。
試合開始のカウントダウンが始まった。
「わかってると思うが最後は負けろよな?」
「わかってるさ」
オルバーと全力で戦ってみたいが故に一撃決着やハーフライフではなくフルライフを選択はしたが、あくまで目的はルールの施工だ。俺が負けては意味がない。
いや、待てよ。
「なあ、始まってからの賭けの変更は可能か?」
「さあな。それがどうした?」
「いや、ちょっと気になって」
「試してみたらどうだ?」
「そうさせてもらう」
少なくともあの悪魔のように不意打ちしてはこなそうだ。
メニューを開き、対戦関連の部分を開く。そこにあったのは普段とは少しだけ異なる表記。その中に、賭けの内容変更と書かれた項目があった。
開始のブザーが鳴る。
オルバーの報酬を開いて同じ文章を入力ーーしようと【お】を入れた時点で予測変換が現れた。【文章スキル】の効果だろうか。
選択すると、一言一句同じ言葉が入力された。
下部の変更ボタンを押すと、メニューが閉じ、代わりに小さなウィンドウが現れる。
【ライト、が以下のように賭けの内容を変更しようとしています。許可しますか?】
オルバーの目の前にも、同じように小さなウィンドウが表示されていた。両者の同意があれば変えられるわけか。
俺が許可するを押すと、入れ替わるように表示される新たなウィンドウ。
【両者からの許可が得られました。賭けの内容を変更します】
読み終わるであろうタイミングを計算しているのか、ウィンドウは勝手に消えた。
「で、倒してもいいってことだよな?」
オルバーが弓に矢を番えながら聞いてくる。
どうやらこれ以上待つ気はないらしい。
「ああ、全力で来いよ。オルバー」
俺は蟷螂のように両手に斧を構えた。
「俺の実力を見て驚くなよ?」
オルバーは本来の黒い弓に矢を番えて、放つ。
線ではなく、点の攻撃。モンスターの動きよりは早いが、見切れないほどじゃない。
矢の軌道に合わせて、斧の面を振り下ろす。
漫画のように切り伏せるのは難しいが、叩き落とすくらいなら、俺にも可能だ。
「お見事」
素直に賞賛してくるオルバーの顔に焦りは見られない。横に移動しながら、次の矢を番えてーー
「なら、これはどうだ?」
ーー放った。
引き絞り方の差なのかさっきよりは速いが、反応出来ないほどじゃない。
「余裕だな」
「言ってくれる」
場所を変え、速度を変え、矢継ぎ早に打ち込まれる矢を、両手に持った斧で叩き落とす。
そんな攻防を10数度繰り返すも、オルバーの矢が尽きる気配はない。
「防御だけなら一級品だな。防御だけなら」
オルバーは新たな矢を番えながら、挑発してくる。その矢は、黄色い輝きを帯びていた。
「麻痺矢」
メロペーの動きを止めた技だが、追加効果があろうとも、当たらなければ関係ない。とはいえ、防御しているだけではジリ貧だ。
「今度は、こっちからやってやるよ」
スキル技後の隙を狙い、最短距離で走り寄って、斧を振り下ろす。ーーが、届かない。
「おっとっと」
わざとらしく呟きながら、矢を番えるオルバー。
反撃される前に距離を詰めるが、同じだけ距離を取られる。鈍足の戦士と魔法使いという差に加え、14と21というレベルの差から生まれるスピードの差だ。
レフトみたいに向かってきてくれたら、当てられるんだけどな。
「いや、そうとも限らないか」
「何の話だ?」
「ここにはいない奴の話だよ」
「なるほど。他のプレイヤーことを考えるなんて、余裕だな」
「余裕はねぇよ」
お互いにダメージは与えられていないとはいえ、余裕があるのは肩を竦めながら、矢を番えるオルバーの方だろう。
「ただ、諦める気はないけどな!」
狂戦士の斧を肩に担ぎながら、右手の常夜の斧を振り上げる。
オルバーはバックステップで距離を取るが、問題はない。
発動させるのは、投擲技のトマホーク。
「喰らえ!」
左手から放たれた斧は、矢を番えるオルバーの肩にヒットした。
「ん?」
何かがおかしい。
「斧にも遠距離技があったんだな、油断した」
ゆっくりと、オルバーが弓を引き絞る。そこに番えられた矢は1本だけだが、直前の逃走劇の中でオルバーが番えた矢は3本。それは、一度も放たれてはいなかった。
「でも、本家を舐めるなよ?」
「高速乱射」
一射で、無数に分裂した矢が放たれた。
「くっ!」
落としきることは不可能だ。
斧を突き出し、横回転。赤い光を帯びた斧の盾が形成された。だが、それだけでは防ぎきれず、HPが削られる。
左手に斧が戻ってくるが、2枚目のシールドを展開するほどの器用さは持ち合わせていない。
矢の嵐が止む頃には、HPは2割ほど減らされていた。
少し遅れて、アームシールドが終了する。
その差が、致命的だった。
矢を番えたオルバーが眼前に迫る。
「麻痺矢」
射つというよりは弓ごとぶつけられた一撃のダメージは大きくないが、追加効果の麻痺が発生。身動きが取れなくなる。
「これで勝敗は決した。何か言っておきたいことは?」
オルバーはマイクのように矢を突き出した。
完敗だ。そのうえで感想を求められたなら、こう答えよう。
「魔法使いなら、魔法で戦えよ」
そんな奴は1人でいい。
「悪いな。使えないんだ」
悪びれるでもなく笑うオルバー。
「その代わり、とっておきを見せてやるよ」
勝ち誇った狩人は黄金の矢に続けて、赤と紫に光る矢を弓に番えた。3本の矢が2色の光を帯びた1本の矢に変化する。
「異常状態乱射」
1本だった矢が、発射させると同時に分裂し、圧倒的な密度で襲いかかる。それだけなら、さっきと同じだが、違いはヒット後に判明した。
HPの横に表示される火傷と毒のアイコン。
矢の雨を耐えた残りHPは呆気なく全損した。
とはいえ、アイテム交換に勝敗は関係ない。
俺は金牛長弓を、オルバーは理想鏡を差し出した。
次はストック経験値を、と思ったところで2人同時にメッセージウィンドウが表示される。
┏ ギシンの森 侵入可能条件 ━┓
┃ レフト 15 ┃
┃ ライト 14 ┃
┃ ライダー 21 ┃
┃ ゼクレテーア 18 ┃
┃ オルバー 21 ┃
┃ ジャスティス 19 ┃
┗━ 合計レベル 108/106┛
少し遅れて、レフトからのメッセージ。
【決行は今夜8時。ギシンの森の入口に集合だ】
「夜なのか」
てっきり準備を整えてすぐにでもやると思っていたのだが、都合の悪い人でもいるのだろう。
というか、決定事項として送られてきたが、俺は都合は聞かないのか。予定はないけども。
と、不承不承ながらも、了承の返信を送った。
「じゃあ、解散だな」
「経験値はどうするんだ?」
オルバーが問う。
「必要なくなったから、やめとく」
ギシンの森に入る条件が満たされた以上、急いで経験値を稼がなければいけない理由はない。
「その代わりに1つ、答えてくれ」
「俺のチートのことを誰から聞いたんだ」
チート解放から1週間。隠しているわけではないが、説明の一部や能力の一端を見せた相手はいても、詳細は誰にも説明していない。
公式の説明にも、有志の攻略サイトにも、俺のチートは載っていなかった。
オルバーは考えるような素振りを見せたあと、ゆっくりと呟く。
「……ムウシ」
「なに?」
「知らなくても無理はない」
「あ、いや」
俺は、その名前を知っている。
初日にタヴの鐘でアーケインと共にスタンピードを仕掛けてきたプレイヤーだ。だが、チートの説明はしていない。というか、あの時点では俺さえ知らなかった。
「あいつは初めて会う俺のチートも知っていた。俺さえ使いこなせない詳細な仕様まで、な」
少し誤解されてしまったが、無理に言う必要は無いか。
「そして、お前の存在とこの隠しダンジョンの存在を教えられ、利害の一致から手を組むことになった。言えるのはこれくらいだな」
「……いや、十分だ」
「あとはまあ、俺が言えた義理はないが、ジャスティスには気をつけろ」
「ジャスティスに?」
「情報提供の交換条件が、ギシンの森へレフトが参加するタイミングで、ジャスティスと一緒に参加すること。だったからな」
また、レフトか。
アーケインとムウシに続き、ジャスティスまで何かあるとは。ベータテストに何をやらかしたんだか。
こうして、突如発生したおうし座の攻略戦は、ギシンの森への不穏な予感を残しつつ終わりを迎えた。




