牡牛座の王
「グオオオオオオオオオ!」
トーラスの咆哮に合わせ、新たな敵が現れる。
巨牛と張り合えるほど大きな山を背負った陸亀【アルカディアトータス】と、王冠とマントを羽織った女性【クイーン・エウロペ】。
2体の頭上には、カーソルだけでなく、緑色のHPバーも表示されていた。
ゴッデス1体が相手でも手も足も出なかったことを考えると、今のレベルで戦っても十中八九勝つことは出来ない相手だろう。
だが、普通なら倒せる確率が万に一つだとしても、このゲームにはチートが存在するのだ。万に一つが、万に九千九百九十九くらいにはなりかねない。
――というか、なる。
「……勝算はあるのか? オルバー」
「俺には無理だ。でも、お前なら倒せるだろ?」
オルバーが肩に手を置いてきた。
「何故そう思う」
その手を払いながら応じる。
「さっきの戦闘。お前は一撃で全ての敵を倒していた。それが理由だ」
「……メロペーは倒せなかった」
「不死身なアレは例外だ」
おうし座一行が動く気配はない。こちらの動き出しを待っているのだろうか。
ならば、もう少し探りを入れさせてもらう。
「お前は、俺のチートについて、知ってるのか?」
「もし仮に、知っている、と答えたらどうするんだ?」
真面目に答える気はない、か。
「どこで知った」
「通りすがりの親切な人に教えてもらった、ということにしておこうか」
「どこの誰だ」
「仮定の話だから、誰と言われても答えられないがーー」
オルバーの顔から笑みが消えた。
「普通のプレイヤーじゃないのは確かだ」
声のトーンも低くなり、重く響く。
だが、それは一瞬だけ。
「と、雑談の時間は終わりらしいな」
明るい声でオルバーが弓を構えた。
「グオオオオオオオオオ!」
トーラスの声に合わせ、7つの人影が躍り出る。
衣装や武器の差異はありながらも、似たような雰囲気を纏う少女達ーー【プレアデス】だ。今度は小出しにはしてくれないらしい。
「今度はきちんとお相手します!」
元気な声と共に突っ込んできたのはステロペー。台詞からすると同一個体なのだろうか。
チート的には別個体っぽいが。
まあ、都合のいい事実は素直に受け入れよう。
そして、攻撃が単調なのは同じっと。
直進的な突撃をかわし、すれ違いざまに斧を当てる。
それだけで、勝負は決した。
「あぁ。最弱ちゃんがヤラれたみたヰね」
「えぇ。でもそれは仕方のないこと」
アルキュオネとエレクトラの二人が攻撃を仕掛けてくる。アルキュオネは長槍、エレクトラは弓矢で、距離を保ちながらの戦法だ。
オルバー相手には通用していたし、戦法としては間違っていないが、
「相手が悪かったな」
斧の背で槍を叩き割り、折れた槍先を蹴り飛ばす。狙いは槍使いではなく、弓使い。
全く予測していなかったのか、エレクトラは足元に飛んできた破片を躱せずにぶつかって、消滅。その間に、武器を失って呆然としているアルキュオネに斧を突き立てる。
「き、ひ! やるわね!」
刀を持って突っ込んでくるメロペーを斧で斬りつけると、今度は簡単に消滅した。不死性を失ったところまで引き継いでいるらしい。
オルバーはタユゲテを倒し、ケライノーと戦っていた。
残るマイアはそんなオルバー目掛けて、魔法を放とうとしている。
「仕方ない」
チート頼りの超スピードで距離を詰め、勢いのまま体当たり。小さな悲鳴を上げて、マイアは消滅した。
ほどなく、オルバーの手により、ケライノーが消滅。
プレアデスの少女達は再び全滅した。
だが、亀と女王、牛は動く気配がない。
いや、違う。
動いてないだけだ。
いつの間にか打ち上げられていた無数の光の矢が、空を黄金色に染め上げていた。
「マジかよ」
星の守り神というのは、広範囲攻撃を使わないと気が済まないのか。
俺は斧を掲げ、斧を縦ーーではなく横に半回転させた。縦に回せば【兜割り】が発動するが、今発動させたいのは、【アームシールド】だ。
斧が赤く輝き、手の上で回転し始める。
カウンタースキルで手に入れたこの技は、武器を回して盾として使うのだ。漫画などで見かけることがあるが、実際にやるのは難しいのだろう。
だが、そこはゲームだ。
技が発動している間は盾と同じように防げる。
それでも――範囲的に――防ぎきれなかった数本の矢が刺ささり、HPが僅かに削られた。
矢が降り止んだ。
気にかける余裕がなかったが、オルバーも無数の矢の中を生き残ったらしい。
同じ弓矢の使い手だからか、何か攻略法でもあるのか。後者の場合は似た技を使うゴッデス対策になるかもしれないが。
まあ、気にしても仕方ない。
「これからどうする?」
「まずは、亀と女王だ。俺は亀の方をやる!」
言うだけ言って、オルバーが駆ける。
「勝手だな」
文句を言いつつも、オルバーに追いつき、追い抜いて、錫杖を構える女王の前へ躍り出る。
「主様へは近づけさせぬぞ」
女王がそう叫んだ瞬間、体が打ち上げられた。
何が起きた?
衝撃はあったが、ダメージはほとんどない。女王が動いた形跡はない。詠唱は聞こえなかったが、魔法の類か。
「なにっ、」
宙を舞う俺の眼前に、黄金の矢が迫っていた。
女王に集中しすぎていたせいか、展開されていたことに気がつかなかった。ダメージは微々たるものとはいえ、無防備に受けるわけにはいかない。
「やってやるよ!」
斧を前に突き出し、叫ぶ。
空中でアームシールドが発動するのかは賭けだが、やらないで後悔するよりはマシだ。
「っ、防ぐな!」
オルバーが叫ぶ。
これがレフトだったなら、俺は深く考えずに指示に従っただろう。けれど、今回はアームシールドを発動するために回しかけていた手を止めることは出来なかった。
斧が赤い光を帯びて回転する。
賭けには勝った。
だが、黄金の矢を防ぐことは出来ず、俺の体を貫通して、HPを削らずに通り過ぎた。
あの女王、幻術師かよ。
モンスター限定の幻術を駆使して戦う職業で、ベータテストの集団戦で猛威を奮った敵がいた。
とレフトが言ってたが、まさかーー
そこまで考えたところで、後ろから刺された。
僅かなダメージよりも、敵の思い通りに動いてしまったことが、歯がゆい。
俺はアームシールドが終わった瞬間に、体をねじって斧を回す。攻撃してきたのは、女王だった。
女王は素早く抜いた錫杖で斧を防ぎ、勢いに押されるように離れ、消える。
「厄介だな」
一撃当てさえすれば勝てるが、見えない敵に当てるのは至難の業だ。と、このまま空中にいてもどうしようもない。
とにかく下に降りるために、斧を振り上げる。
空中でもスキル技が発動することは検証済みだ。
斧を縦に回して発動させるのは、兜割り。斧を振り下ろすこの技なら、落下ダメージを防げるのではないかという賭けだ。
技が発動し、勢いよく地面へと引っ張られる。そこに亀がいた。
これなら、攻撃の衝撃で落下速度も抑えられるし、大丈夫そうだ。
赤みを帯びた斧は真っ直ぐに巨大亀の甲羅へと向かっていき、甲高い音を立てて衝突。ついでに亀も倒してしまうが、仕方ない。
「ヌオォォォォ!」
「あれ?」
巨大亀は倒れなかった。
俺の一撃に耐えた――どころではない。今の一撃では、巨大亀のHPは全く減っていない。
「隙ありぞ」
背中から刺された。ダメージは誤差の範囲だが、今回はそれだけでは終わらない。異常状態を表すアイコンがHPゲージの上に表示された。
紫色の髑髏マークの毒だ。
「くっ……」
すぐに振り返るが、扇子を持った女王の姿は今まさに消えるところだった。攻撃は間に合わない。
幻術に加え、毒まで使ってくるなとは、女王というより、魔女だな。
「なかなか苦戦してるな」
弓を構えながら、オルバーが近づいてきた。言葉とは裏腹に、その顔には笑みが浮かんでいる。
「解毒しないのか?」
「必要ないからな」
チートのおかげで毒状態でも簡単に死ぬことはない。それに、敵の位置が分からない状況では、治した瞬間にまた食らう可能性もある。
「そっちは大丈夫なのか」
「今度は大丈夫だ。誰かさんのおかげで攻略法もわかったしな」
「じゃあ、任せるぞっ」
言い終わると同時に走り出し、金色の牛に向けて一直線に加速。
「主様へは近づけさせぬぞ」
背後で女王の声が響く。
振り返る必要はない。
急ブレーキをかけ、後ろに向かって体当たり。
その瞬間、前方に女王が姿を現した。後ろの声は幻覚か。
女王の手には引き絞られた簡素な弓。
最初は錫杖で、次は扇子、そして弓。どうやらプレアデス達と同じ武器を使っているらしいと思った頃には、矢が放たれていた。
あえてかわさずに距離を詰めると、女王は槍に持ち変え、前方の空間を切り裂いた。
その中から現れるのは3つの影。
右から順に、三叉槍の【ミノス】、大鎌の【ラダマンティス】、長槍の【サルペドン】。衣裳もそれぞれ凝った作りをしているが、そんなところまで気にしてる時間はない。
というか、しっかりと固有名がついていることを踏まえると、女王と関係のあるキャラなのか。
それでも止まらずに進むと、左右の2人がそれぞれ槍を突きだしてきた。その間を抜けるように1歩踏み出すと、目の前には大鎌を振り上げる影。退路は槍によって塞がれている。
狙いは悪くないが、胴ががら空きだ。
両手に持った斧の一振で3体の戦士を粉砕する。
ポリゴンの欠片とならずに霧に解けるように消えたあたり、通常のモンスターとは違うのだろうか。
さらに1歩踏み出すと、斧を振りかぶった女王がいた。
「行かせぬぞ」
鋭く振り下ろされた斧は、お揃いの狂戦士の斧で防ぎ、常夜の斧を叩きつける。
エウロペの体は一撃で砕け散った。
バグルフレアトーラスとの間に、もう敵はいない。
「グオオオオオオオオオ!」
接近に気がついた牛の角から光線が放たれたが、止まらない。
走り幅跳びのように、ホップステップを飛ばしてジャンプ。重量級の装備をしているとは思えないほどの跳躍だが、届いたのは足の付け根まで。
視界が黄金一色に染まる中で、両手の斧を振り上げ、同時に兜割りを発動させーー
「食らえ!」
渾身の一撃を叩き込んだ。
「グオオオオオオオオオ!」
青、緑、黄、赤とHPバーは勢いよく減っていき、0。
「オ」
叫び声が止むと同時に、バグルフレアトーラスはポリゴンの欠片となって飛散した。
戦闘終了を明確に示すためか、リザルト画面が表示されたが、経験値は0。代わりに、とでもいいたげにたくさん表示されたのはドロップアイテムだ。
見覚えのあるものからないものまで、9割は消費アイテムで残りは非消費型のアイテム。
最後の2つだけが、武器だった。
1つ目は【回帰槍】という槍。
そしてもう1つが、【金牛長弓】。破格の攻撃力と特性を持つ十二宮星具の弓だ。
その強さゆえか、【プレアデス】を7体以上倒していること、という装備条件が書かれていた。
「バグルフレアトーラスからドロップした武器をくれないか?」
アイテムを確認し終えたところに、オルバーがやってくる。飄々とした態度は成りを潜めていた。
「最初から、これが目的だったんだな」
「そうだ」
オルバーは深々と頭を下げる。
「約束したストックだけじゃない。アルカディアトータスからドロップしたアイテムも、いや、今ドロップしたアイテム全部やる」
ふいに、レフトの顔が浮かんだ。
俺達はおとめ座を未だに攻略出来てない。それを差し置いておうし座を――不本意とはいえ――攻略したことが、渡したくないという心理に影響しているのか。
我ながら難儀なことだ。
「他の誰かが十二宮星具を手に入れるまでは使わないなら、どうだ?」
俺の葛藤を読んだかのような提案してくるオルバー。
「……その口約束を絶対に守れるなら、アルカディアトータスのドロップアイテムと交換だ」
さすがに全部というは気が引けた。
そして、俺は口約束を絶対のルールにする方法を1つだけ知っている。
「ああ。絶対に守るさ」
俯いたまま呟き、オルバーは後ろに下がった。彼も同じことを考えたのか。
「改めて名乗ろう」
「俺はオルバー。対戦の準備は出来ている」
どうも。銅っす。
今回は強敵のバグルフレアトーラスに圧勝したライトのチート……え、ダメなんすか。本人が言うまで内緒……了解っす。
なら、オルバーのチート伏線破壊者について解説するっす。
このチートの仕様は色々とややこしいんっすけど、要約すると、プログラミングにおけるフラグのオンオフを変えられるチートっす。
テストプレイのデバッグ用に作られて、遊び心から製品版にも残されたみたいっすけど、明確にフラグを理解して使わなきゃいけないんで、普通のプレイヤーには無理ゲーっすね。
オルバーは使いこなしてるみたいっすけど。




