プレアデスの少女達
「さあ、こっからが本番だ」
オルバーの言葉に答えるように、1番手前のベッドがガタガタと揺れたかと思うと、細い人影が飛び出した。
「あぁ? 目覚めノトキヰ?」
ノイズの混じりの声で少女が笑う。
身体は内蔵がないかのように細く、青白い。顔も骨と皮だけのようであり、目は片方しかない。ボロボロのワンピースはいたるところに穴が開いていた。
少女の名は【アルキュオネ】。頭上に赤いカーソルが浮かんでいるから、敵だ。その手には六連院長と同じ長槍が握られていた。
「あぁ? ヰきまスょ?」
少女の掛け声に合わせて、さらに2つのベッドから少女が飛び出してくる。
「復讐! 復讐よ!」
「えぇ。えぇ。そのようね」
アルキュオネに付き従うように左右に立った2人の少女も同じような恰好をしており、名前は【ステロペー】と【エレクトラ】。
武器は、斧と弓だった。
「偶然……じゃないよな」
「破壊! 破壊よ!」
正面に斧を構えたステロペーが突っ込んでくる。
が、動きが直線的なので横にズレて回避。痛々しい音を当てて少女は壁にぶち当たった。
「復讐! 復讐!」
だが、怯むことも、まともに体勢を整えることもせずに、少女はひたすら突撃を繰り返す。当たればダメージは避けられないが、単調な動きであれば躱すことは難しくない。
何度も壁にぶつかり、自傷ダメージを重ねていく。
「そろそろ、いいか」
「破壊! 破壊ーー」
少女の突撃を交わし、その背中に斧を突き刺す。ステロペーはポリゴンの欠片となり、飛散した。
少女のいた位置に、斧だけが残される。
【武器装備に狂戦士の斧が追加されました】
見た目はシンプルな鉄の斧だが、モンスターの1部ではなく、装備品らしい。常夜の斧を使う予定なので、必要はないが。
「いや、双斧使い、ってのもありか」
スキル技に左右の手の縛りはないので、両手で持てば両手で使えるはずだ。
「敵かえ? 面倒よのぉ」
残る4つのベッドの1つで、少女が起き上がる。
黒い扇子を口元に当て、はんなりと囁くのは【ケライノー】。他の少女とは違い、白粉で化粧した顔に、黒いワンピースと着物を着ていた。
「はっ。すぐに片づけてやるよ」
少し遅れて、もう1人。土汚れのついた白いワンピースを来た少女で名前は【タユゲテ】。他の少女よりも肉付きがよく、肩にはピッケルを担いでいる。
「あれ、やるよ。ケライノー」
「仕方ないのぉ」
ケライノーが肩の前に扇子を構え、タユゲテが飛び乗った。細い少女が小さな扇子でふくよかな少女を支えているのは不思議な絵面だ。
「ゆけ」
振り下ろされた扇子から、勢いよく飛び出すタユゲテ。速いが、勢い任せに突っ込んでくるのはステロペーと同じか。
タユゲテがピッケルを振り下ろし始めたことを認識すると同時に、サイドステップで回避し、斧を突き立てる。
ピッケルだけを残し、タユゲテはポリゴンの欠片となって四散した。武器を残していくのは共通らしい。
名前には興味がわくが、手が空いてないし、使う予定もないのでそのままにしておく。
「ふむん。やりおるのぉ」
仲間の敗北を受け、扇子を構え直すケライノー。
その頭を矢が貫通した。
「悪いな。手間取った」
オルバーが少女に矢を撃ち込みながら、近づいてくる。その手に握られているのは、さっきまでとは違う簡素な弓だった。
「エレクトラの弓か? それ」
「よくわかったな」
オルバーはニヤリと笑う。
「プレアデスの武器は、店売り程度性能しかないが、この迷宮にいるモンスター相手だとダメージが倍になるんだ」
「へえ」
プレアデスというのは、目の前にいるケライノーを含む少女達の総称だろう。
仲間の武器が特効になるというも不思議な話だが、最初に襲ってきた少女の武器が俺達と同じ理由は判明した。
ただ、チートが発動している今の俺ーー
「お前には関係ないけどな?」
「…………」
俺の強さを知っているというのは、やはりチートについて知っているということか。
「なあ、オルーー」
「おっと、無駄話してる暇はないみたいだぜ」
言われて正面を見ると、頭に矢が刺さったままのケライノーが膨らみの残る2つのベッドの間に立っていた。
「厄介よのぉ。のぉ?」
その問いかけに答えるように2つのベッドが揺れる。
「で、も! 私は負けない」
ベッドから跳ね上がって現れたのは、左手のない少女。白いワンピースに白い肌だが、全身が血にまみれていて、白というよりは赤い少女だった。
武器は血に汚れた刀で名前は【メロペー】。
「クックック。ワガテキニアラズ」
ゆっくりと立ち上がったのは、全身に金や銀の装飾品をつけた少女。身体はほとんど見えないが、他の少女達と同じようにやせ細っているだろう。
武器は銀色の錫杖で名前は【マイア】。
「形勢逆転じゃのぉ」
ケライノーは口に扇子を当て、笑う。
「い、え! 私だけで十分」
メロペーが飛び出した。
すぐにオルバーが矢を放つが、当たっても全く気にせずに少女は向かってくる。
「あ、は! 死になさい」
少女の鋭い薙ぎ払いを、オルバーは身をかがめて躱す。
「む、だ!」
が、次の蹴りは躱せない。
「ぐっ」
ガードこそするが、体勢は崩れた。
間髪入れず、少女が刀を振り下ろす。
オルバーは体勢を立て直せていない。
俺はその間に割り込んで、刀を防いでいた。
「き、ひ! 助けるのねぇっ」
少女は刀を防がれても、素早く蹴りに転じる。
斧をクロスさせて防いだ為、手は使えないが、足は自由だ。メロペーの動きに合わせて、蹴りを繰り出す。
クロスカウンターキックが炸裂し、少女は勢いよくベッドに沈んだ。
だが、ステロペーやタユゲテのように消滅はしない。
「どういうことだ?」
刀を構えながら、メロペーは立ち上がる。
「く、くっ。なかなかやるわね」
「チョーシニノリスギ」
「あぅっ」
「ミンナデヤルヨ」
錫杖で頭を叩かれ、メロペーの目に涙が浮かぶ。そんなコミカルなやり取りを挟んで、3人の少女が武器を構える。
「俺たちもいくぞ!」
「わかってる!」
7つのベッドは空になった。
この3人を倒せば決着だ。
「ホロビナサイ」
マイアの錫杖から火球が放たれると同時に、メロペーが駆ける。オルバーを狙った火球からは目を逸らし、剣士の動きに集中。
振り下ろされる剣を躱して、常夜の斧を振り下ろす。メロペーのHPがゼロになり、ポリゴンの欠片となり飛散する――はずだった。
「は、は! 私は無敵よ」
倒れたメロペーが立ち上がりざまに、刀を振り上げる。
俺は左手に持った狂戦士の斧で剣を防いだ。
メロペーは流れるように蹴りを放つ。
蹴りはあえて防御せず、もう一度斧を叩きつけた。
が、メロペーはわずかに怯むのみ。
距離が空いたので特効の入る狂戦士の斧で切りつけるが、倒れない。
「に、は! 負けないわよ」
「厄介な相手だな……」
2種の斧でも、蹴りでもダメ。
通常攻撃では倒せないということだろう。
ゲームにおいて、この手の敵を倒す方法は主に2つ。
1つ目は倒すために専用の道具がある場合。怪しいものといえば、部屋の中に2つ存在する赤い宝箱くらいだが、罠だった場合は状況が悪化する恐れもある。
2つ目は条件を満たせば倒せる場合。復活の回数に制限があったり、復活するための条件があるパターンだ。
怪しいのは、メロペーと一緒に立ち上がり、オルバーの相手をケライノーに任せ、自身は援護に徹しているマイアか。
「な、に! よそ見して」
「悪いな」
メロペーが振り下ろす刀を片手で受け止め、マイアめがけて蹴り飛ばす。
マイアは一瞥もくれずにメロペーを後ろに蹴り飛ばした。
ぶつかってくれれば儲けものと思ったが、十分か。
俺は肩に担いでいた常夜の斧を投擲した。スキル技、トマホークだ。
蹴りの直後で片足立ちをしていたマイアはかわせない。
「クッ、コレハーー」
短い悲鳴を残し、マイアが砕け散る。
あとは仲間に蹴られ、ベッドに突っ伏したメロペーだが、マイアと連動して消えたりはしないらしい。
「こ、の! 何すん――
「のぅ!」
抗議の声は飛んできたケライノーによってかき消された。折り重なる2人を金色に輝く矢が貫き、和服の少女が消滅する。
メロペーはぐったりと項垂れたが、再び動き始める。
が、電撃が迸り動きが止まった。
「こ、れ……!」
「麻痺矢だ」
オルバーが石を弄りながら近づいてくる。
「麻痺になったから、動けないだろ?」
ご丁寧に解説を加えながら、俺の隣で止まると、
「あとは、これで」
大きく振りかぶって、手に持っている石を投げた。
「終わりだ」
石が当たったメロペーが消滅する。
専用の道具があったらしい。役目を終えた石は、床に落ちて飛散した。消費アイテムだったのだろう。
「今のは?」
「君が壁を壊した時に出た破片だ」
確かに拾っていたな。
「知ってたのか」
「まさか」
肩を竦めながら、メロペーの残した刀を拾うオルバー。
「前に来た時に不死性を持つ敵は把握してたから、使えそうなものを拾っておいただけだ」
「つまり、その時は倒せなかったのか」
「メロペーだけな」
「なら、クリアか?」
「そんなわけないだろう」
それなりに強かったと思うが、プレアデスの少女達を倒して終わり。とは、ならないらしい。
「お前もそろそろ気がついてるんじゃないか?」
オルバーと目が合う。
「六連星にプレアデス。天体オタクじゃなくても聞いた事くらいあるだろ? それらは全てーー」
「グオオオオオオオオオ!」
オルバーの言葉を遮るように、大地を揺らす野太い声が響いた。
2つの宝箱がひとりでに開き、黄金の輝きが部屋を包み込む。光はすぐに弱まったが、そこに広がるのは直前とは全く異なる世界だった。
「嘘だろ……」
現実のもので例えるならば、プラネタリウムだろうか。黒くてドーム状の天井に星が瞬く様はそう例える他にない。ただし投影機はなく、大きさも、小さな球場くらいはあった。
ゲームの中で例えるならば、バグルヴァーゴッデスとヴァルキュリアのいたあの場所とそっくりだ。
「グオオオオオオオオオ!」
獣の咆哮が響き渡る。
声の主は中央に鎮座する金色の牛。肩高だけでも4メートルはあろうかという巨体で、頭から生える2本の角は1本だけでも人ひとり分くらいはありそうな大きさを誇る。
全身に黄金の鎧や銀の装飾品をつけていて、動きは遅そうだ。
固有名は【バグルフレアトーラス】。
名前も似ているし、タフさを示すHPバーもバグルヴァーゴッデスと同じ青。ここまで揃っては否定する方が難しい。
つまり、これはーー
「おうし座の星の守り神」
「グオオオオオオオオオ!」
肯定するようにトーラスが吼える。
「どうしたもんかね」
チートは発動していた。
こんにちは。前回に引き続きの銀です。
あの引きで登場しない訳にはいきませんからね。
というわけで、六連星駆にHPバーが存在していない理由ですがーー彼は本来戦うNPCではないからです。
けれど、対戦という手段を使うことで戦い、倒すことが出来るようになる。
そんな反則じみた方法で白衣を入手しなければ、挑めない存在こそが、今回姿を現した【バグルフレアトーラス】です。
この強敵を前にライトはどう動くのか。
激闘の行く末を心行くまでご堪能ください。




