キャラメイク
1ヶ月にわたるベータテスト期間が終わり、さらに1ヶ月の時を経て、『アットホーム・オンライン』の製品版がついに今日、発売された。
オンラインゲームの日。という記念日らしいが、今日は平日だ。祝日なら朝から買いに行けるのだが、学校を休むわけにはいかない。
放課後を待って店に行き、ソフトとガイドブックを購入。クラスメイトであり、同志でもあったらしい数名との遭遇を経て、帰宅した。
「ただいまー……って反応はないか」
父さんは仕事だし、母さんはママ友と遊びに行っているのだろう。鍵は空いていたから姉さんはいると思うが、いつもの賑やかな出迎えはない。
誰とも会うことなく自分の部屋に向かい、片付けもそこそこにゲームの電源を入れた。
「さあ、ゲームを始めよう!」
◇
視界が白一色に染まる。いや、真っ白な部屋の中にいた、という方が正確か。
『アットホーム・オンラインの世界へようこそ』
可愛らしい声が聞こえ、手乗りサイズの小さなメイドが姿を現す。風も吹いていないのに、ドレスの裾はふわふわとなびいていた。
自分の体はどうなっているのかと視線を落とすと、棒人間のような簡素な胴体と手が見えた。
『音声ガイドを務めさせていただきます。【銀】と申します』
メイド――銀はドレスの裾を持ち上げ、丁寧な所作でお辞儀をする。そういえば、顔はどうなっているのだろうか。
『まずは名前を設定してください』
「あれ? これ、どうなってんだ」
『…………』
「えっと、ん? あっ……」
銀が何か言ったのだろうか。顔を探していて、聞いていなかった。
「もう1回お願いします」
『……まずは名前を設定してください』
あ、名前か。
「ライトで」
『【ライト】。でよろしいでしょうか?』
文字はもちろん、発音まで完璧だった。文字は手打ちだったり、発音の細かい調整が必要だったりするゲームも多いが、その辺りの性能もいいらしい。
「はい」
『かしこまりました。【ライト】で登録しますね』
銀がくるっと回ると、何も無かった空間に【ライト】と名前が表示される。
『次に種族を選んでください』
と、次は種族か。
銀の体の前に、5つの選択肢が浮かび上がる。両端に矢印があるから、この中から選ばなくてはならないのではなく、1度に表示できるのが5つということだろう。
⬅【獣人】【小妖精】【人間】【天使】【悪魔】➡
亜人から異形種まで幅広い種類が用意されている。さらに、条件を満たして進化可能な上位種があるというのだから、その総数は計り知れない。
眺めているだけでも楽しそうだが、キリがなさそうなので割愛。
「人間で」
『かしこまりました』
銀が【人間】の文字にタッチすると、新たな選択肢が現れる。
⬅【騎士】【戦士】【剣士】【槍使い】【弓使い】➡
『では、職業を選んでください』
アバターにおける職業は【人間】だけの要素である。他の種族には必要がないのだろう。ちなみに、職業にも上級職というものが存在するらしい。
「戦士で」
とりあえず、予め決めていた職業を選択する。
戦士は魔法が全く使えなかったり、素早さが伸びにくいのが欠点だが、HPや物理攻撃力、物理防御力が高めで死ににくい職業だ。最初だし無難なところでな。
そのうち他の職に手を出すことになるのだろうし。
『かしこまりました。【戦士】で登録しますね』
銀がくるっと回り、【ライト】の下に【戦士】という文字が現れた。
『それではーー』
『チートは付与しますか?』
【する】【しない】
試すように問いかけてくる銀だが、答えはもちろん。
「する、に決まってるよな」
『かしこまりました』
なにせこのゲームだけのオリジナル要素なのだ。
PVでは持たない意味もあるような説明をしていたが、試しもせずに捨てるのは惜しい。
『次にアバターの外見を設定してください。
見本の提示や他のゲームのアバターを使用することも可能となっております』
「ハードに登録してあるアバターを使いたい」
『かしこまりました』
銀が頭を下げ、消える。それと入れ替わるようにして、アバターの姿が浮かび上がった。
性別は男。身長はリアルとおなじ170cm、体重の設定はなかったはずだが、現実の体より筋肉質になっているから少し重いくらいだろう。
顔は美でも醜でもなく、ゲーム世界の基準でいえば、普通の顔だ。
『編集を行いますか?』
どこからともなく銀の声が聞こえる。
「いや、必要ない」
『かしこまりました』
その他もろもろの設定が終わると、アバターが消えて、銀が戻ってきた。
『これで基本設定は完了です。画面に表示された設定内容を確認してください』
言い終わると同時に、設定画面が現れる。名前に始まり、性別や職業など設定した内容が縦に並んでいた。
順番に目で追っていると、1番下で文章が途切れていた。よくよく見れば、画面の横にスクロールバーがついている。
「まだ続くのかよ」
バーに向かって手を伸ばすと、その手は棒ではなく、しっかりとした人間の手になっていた。いや、手だけじゃない。少なくとも、目に見える範囲は人間――おそらく設定したアバター――の姿になっていた。
設定を最後まで読み切ると、【次のページへ】という紫色の文字が現れる。ボタンを押すと、画面が切り替わった。
見出しは【ちょこっと豆知識】。
ちょこっとの名に反してたくさんの説明が書かれており、1ページに収まってすらいない。1番下には【次のページへ】という選択肢がすでに出ており、読まなくても進めることは出来そうだ。
「まあ、読むけどな」
スクロールしながら内容を確認してみる。役に立ちそうなものからどこで使うのかわからない情報まで様々だ。
体感では、10ページくらいあっただろうか。
次のページへのボタンを押すと、メイドの銀が現れる。
『ゲームを開始してもよろしいでしょうか?』
次のページじゃないじゃん。まあ、いいけど。
「始めよう」
俺が答えると、銀はにっこりと笑った。
『アットホーム・オンラインの世界へようこそ』
寸分違わず最初と同じ言葉、言い方。だが、その後に続く言葉は最初とは違う。
『どうか、心行くまで存分にご堪能ください』
微笑みを残して銀が消えた。