再戦・ヴァルキュリア
戦士像の破壊は2対8と大差をつけて負けてしまったが、他のプレイヤーに絡まれたりするようなアクシデントはなく、機械天使の待つ星空にたどり着いた。
闇夜に浮かぶ3体の天使の1体がゆっくりと舞い降りてくる。
「殲滅――セヨ」
無機質な宣言と共に天使が動き出した。最初の攻撃は両手の光球から放たれる威嚇射撃だ。下手に動かなければ当たらない。
「禍重乎地ーー」
レフトが何か呟いた。
「かじゅう? ……なんだって?」
「気にするな。それよりも手筈通りに頼むぞ」
「あぁ、わかってるよ」
レフトよりも前に出て、斧を振り上げる。
その意図を汲んでか、何も考えてないのか、天使は真っ直ぐに突っ込んできた。カウンターで一撃を叩き込むことは容易だ。
ただし、少しでもダメージを与えると、他の2体が動き出す。そうなってしまえば、レフトの作戦は破綻するらしい。
天使の輝く拳が腹部に刺さった。
「行くぜ!」
俺は声を出して、ゆっくりと斧を振り下ろす。
天使のは余裕を持って後ろに回避。
床を蹴って踏み出すと同時に、斧を水平に薙ぎ払う。
天使は大きく翼を振って、上に逃げた。
ここまでは完全に予定通り。
「そのまま上に上げろ!」
「了解!」
レフトの秘策を炸裂させるための下準備は整った。あとは、いかに時間を稼げるかだ。
天使は攻撃をするために、高く舞い上がる。
現実ならば、あの高さへ斧の攻撃は届かない。現実ならばだが。
「撃ち落としてやるよ!」
斧を肩に担いで、スキル技を発動させる。
斧の唯一の遠距離攻撃は、上空にいる敵だろうと、射程圏内だ。斧が赤く輝いたのを確認して、放り投げる。
夜色の斧は、空気抵抗や重力を無視して、真っ直ぐに天使へ向かって飛んでいく。
その一撃を躱すために、天使は上へ飛び上がる。
「まだだ!」
トマホークは2度飛来する。上方向に回転しながら戻ってくる軌道をイメージすれば、斧は空中で向きを変え、天使に襲いかかる。
天使はさらに飛び上がることで、これを避けた。
そして、攻撃の準備として舞い上がりーー
「墜ちろ、グラビティ」
落ちた。
落下ダメージでHPが2割ほど削れているから、降りてきたのではない。本人も意図しない形で落とされたのだ。
レフトの魔法によって。
「そいつはほっといて、他の2体も落とすぞ!」
落下ダメージとはいえ、HPが減ったため、2体の天使がゆっくりと動き出していた。
「なんで、先に落とさないんだよ!」
「動いてないあいつらはターゲット出来なかったんだ!」
「そうかよ!」
それなら仕方がない。
とはいえ、同時に動く相手に今と同じように立ち回れるのか。答えは不可能だ。破綻すると言っていたのも、そういうことだろう。
ならーー
「勝手にやらせてもらうぞ!」
斧を振り上げる。
だが発動させるのは【兜割り】ではない。
「正子の闇」
新たに習得した【特殊技】だ。
【特殊技】
それは、武器を道具として使うことで発揮される技の総称だ。一部の武器に実装されており、攻撃からサポートまで多岐に渡る効果を発揮する。
常世の斧の場合は、サポート。厳密には、武器自身のサポートというべきか。
【一定時間、使用者のいるフィールドを夜にする】
簡単に言えば、現実がどんな時間だったとしても、斧の特殊効果を発動させることが出来る技だ。MPの消費はないので、不発というアクシデントも起きない。
風景に変化がないのは、すでに夜空だからだろう。
「殲滅――セヨ」
天使が駆ける。
その動きは速いが、直線的だ。回避も、上に飛ぶか真後ろに下がる、真横にスライドするの3択しかなく、カウンターで放つ一撃は躱せない。
それが1週間挑み続けて見つけた、一番確実な倒し方だ。
天使の拳が腹部に突き刺さる。ダメージはさっきよりも少ない。
「お返しだ!」
スキル技特有の輝きを放つ斧を振り下ろす。
天使のHPは3割近く削れた。
昨日よりも、目に見えてダメージ量が多い。
レベルは上がっていないから、武器と特殊技の効果による違いだ。これなら、あと3発もあれば落とせる。
俺は技の反動が終わると同時に、逃げる天使に向かって、斧を振り上げた。が、天使には当たらない。
それは想定内。
流れるような動きで斧を肩に担ぎ、力を込める。
今度は本気で――
「撃ち落としてやるよ!」
空に浮かぶ天使に向かって、斧を投げつける。
これを天使は上に飛んで躱すだろう。その上昇率は常に一定だ。つまり、避けた天使が止まる場所はおおよその見当がつく。
天使が動き出すと同時に、止まるであろう位置を斧が戻ってくる軌道をイメージする。
避けられた斧はすでに方向転換を始め、
「行っけぇ!」
空中で停止した天使の肩を掠めた。少し目測を誤ったらしい。直撃しなかった為、天使のHPは半分を維持していた。
天使は上に舞い上がった。
次の攻撃は――
「なぐっ!」
横腹を殴られた。
そこにいたのは、最初に地面に落ちた天使だ。ダメージは与えていないが、ヘイトは溜まっていたらしい。
俺は戻ってきた斧を掴んですぐに振り下ろした。
飛べない。というよりは、翼を使えなくなったということなのだろう。天使はバックステップで距離をとるが、そこに飛翔時ほどの速さはない。
俺は斧を水平に構えて追いかけた。
斧を引き、【大木斬】を発動させる。スキル技にはアシストが働くため、当たりやすいのだ。引っ張られるような感覚に逆らわずに進み、薙ぎ払う。
飛べない天使に、躱す術はない。
眼前の天使のHPは残り3割。あと一息だ。
だが、空に浮かぶ天使も、攻撃の準備を終えただろう。
闘争か逃走か。
考えるまでもない。
刃を反転させ、振り切った斧を振り戻す。
天使も逃げずに、光る拳で渾身のストレートを放ってくる。
そんな2人に、光の雨が降り注いだ。
ガタガタガタと小刻みにHPが削られる。
フレンドリーファイアは無効なのか、目の前の天使のHPは減っていない。が、斧の一撃は天使の残りわずかのHPを削りきった。
天使は104という経験値の表示を残して、四散する。レフトと均等割りされるので実際に増えるのは52だけだが。
とはいえ、勝利の余韻に浸る暇はない。
光の雨のせいで見づらいが、天使がいるおおよその位置は検討がついている。細かなズレくらいはシステムアシストでどうにかなるだろう。
赤く輝く夜色の斧を、ぶん投げる。
光の雨が目くらましになったのか、攻撃を途中で止めることは出来ないのか。ともかく、真っ直ぐに飛んで行った斧は、天使の体を貫いた。
天使のHPバーが緑から黄色に変わる。
「回復しろ!」
レフトの声だ。
自分のHPバーを見てみると、黄色どころか赤だった。まずい、1割切ってる。
攻撃を終えた天使がゆっくりと降りてくる間に、ポーション数本を実態化させて一気に飲み干した。
俺のHPは全快し、天使のHPは約4割。1体は倒したし、残る1体はレフトがどうにかしてくれるだろう。
勝機が見えた。
「来いよ。ヴァルキュリア」
手のひらを上に向けて、手招き。挑発の意図が含まれていることに気がついたかはわからないが、天使は床を蹴って空を駆ける。
何度繰り返しても変わらない攻撃パターン。
確実に相打ちとする為、俺は斧を振り上げた。
天使は光る拳を突き出して――光線を放つ。
「嘘だろっ、」
想定外の攻撃に急いで回避行動を取るが、間に合わない。
見た目の割に物理判定なのがせめてもの救いだ。かすって食らったダメージは1割強。目の前に迫る拳を躱せなかったとしても、問題はない。
ダメージと衝撃を受け止め、斧を薙ぎ払う。
が、浅かった。
与えられたダメージは2割。
残ったHPも2割。
だが、追撃を加えるには無理のある体勢だ。
まあ、俺のHPは8割ほど残ってるし、万が一攻撃されても勝ち負けには関係ない。
関係あるのは、トドメを刺すのが誰になるかだ。
「悪いな、もらうぞ」
「ほんと、美味しいとこもってくな」
天使の背後に回り込んだレフトが、赤く燃える半月の杖を振り下ろす。
俺に狙いをつけていた天使に避ける暇はなく、兜割りで物理防御力を下げられた状態で耐えるだけのHPは残っていなかった。
天使はポリゴンの欠片となって四散。
104という経験値の表示が消えると、入れ替わるように【LEVEL UP】の文字が浮かんだ。
なんともまあ、都合のいいタイミングでのレベルアップである。
おかげでボス戦を前に、HPが全快した。
それに負けても――レベルダウンは起こらないので――デスペナは微々たるものになる。
「レフト、体力は満タンにしとけよ」
ついでに、いつも言われるセリフを言い返しておいた。
「ゲージ見てから言えよ、バカ」
「なに?」
とりあえず、言われるがままに自分のHPバーの下にあるパーティーメンバーのHPバーを確認。そこにあるのは、上と同じ緑一色のバーだった。
「今のレベルが上がったみたいだ。ラッキーだったな」
「なっ」
こいつもか。
って、ちょっと待て。
こいつのレベルは上がったばかりのはずだ。昨日から今日の間にレベルが上がり、さらにここでもうひとつ上げるなど、可能なのか。
「なあ」
「なんだよ」
ニヤニヤとした顔を見て、確信した。
「嘘だろ」
「嘘だ」
こいつは。
「もうすぐ上がるけどな。今、レベルが上がったのはお前だけだ」
「…………」
ほんとに人のことをよく見てる。
そして、一時的に追いついたが、すぐに差をつけられそうなことも判明した。
「そろそろ来るぞ」
レフトの顔から笑みが消えた。
杖を構えたレフトに倣って、俺も斧を構える。
敵が現れるのは、上だ。
「――断罪の礫」
声は聞こえたが、姿は見えない。
見えるのは、球体が弾け、花火のように降り注ぐ光の粒だ。
俺達はその射程から逃れるために、走り出した。
前回は為す術もなくやられた技だが、知っていれば対処は可能だ。
余裕をもって、とはいかなかったが、離脱には成功した。花火は誰もいなくても降り注ぎ、消える。
その中心に、ボスが現れた。
ゴーレムといえばゴーレムかもしれない。ただし、素材は土ではなく機械。体型はがっしりではなくすらっとだ。何故か顔だけは人のそれだが、全身に絡みつくような金髪のおかげか、違和感は少ない。
ただ、異様に大きかった。
少し浮いているせいもあるのだろうが、目線の高さが遥かに違う。身長は俺達の2、3倍ーー5メートルくらいはあるのではないだろうか。
「殲滅モード」
3対6枚の純白の翼が飛び出した。
その姿は、天使、と表現するのが相応しいだろう。大天使と呼んでも過言はないかもしれない。物理的にも大きいし。
【バグルヴァーゴッデス】
表示された固有名は、天使でも大天使でもなく、女神だった。乙女かと言われるとそうとも言いきれないが、ゴーレムよりはよっぽど乙女だ。
ベータテスト版とは少し変わってるらしい。
だが、それがどうした。
「やるぞ、レフト!」
「わかってるよ!」
俺は斧を担ぎ、レフトは満月の乗った杖を掲げる。ヴァルキュリアと同じようにバグルヴァーゴッデスも落とす気か。
女神を落とすとか罰当たりっぽいけど、気にしない。
天罰を食らうのはレフトだ。
俺はスキル技独特の赤い輝きを帯びた斧を投げつける。ターゲットが大きいと狙いをつけなくてもいいから楽だな。
斧は真っ直ぐに飛んで行き、女神の体をすり抜けた。
「は?」
貫いたのではない。
HPが減っていないことからもそれがうかがえる。
ちなみに、HPバーの色は青だ。HPバーは通常は緑色であり、半分を切ると黄色、1割を切ると赤となる。それを越える2本目のHPバーこそが、あの青いバー。敵限定の表示で、1本目がなくなると行動パターンが変わったりするのが定石だ。
そんなことを考えてると、斧が女神の体を迂回しながら戻ってきて、手にすっぽりと収まった。意識せずともしっかりとキャッチ出来るとは、システム様々だ。
女神がゆっくりと、細い機械的な5本の指を開いた。
「――滅亡の光」
掌に埋め込められた球体から、眩い光が放たれる。
名前からしてただの目くらましではないだろう。
「なっ」
HPが一気に8割近く削られた。
光自体に当たり判定があるのか。しかも、レフトのHPはあまり減っていないから魔法攻撃だ。これでは防ぎようも、耐えようもない。
光が弱まっていく中で、女神は手を挙げた。そこから、小さな光の球が放たれる。
最初のあの技だ。
「――断罪の礫」
空中で爆散した球体から、小さな光の粒が降り注ぐ。
これは、かわせない。
いくら物理判定の技だとしても、2割のHPで耐えきれるとは思えないし、耐えたところでーー
「無理ゲーだ、これ」
俺は抵抗することなく、ゴッデスに裁かれた。
戻ってきたのは、この世界で1番見慣れている噴水の前。少し待っていると、レフトも現れた。
「いやー、強かったな。あの女神」
強敵相手に惨敗した直後だというのに、その顔は明るい。
「2人じゃ勝てない強さだろ」
「まあ、今のままじゃ厳しいだろうな」
レフトにしては珍しく弱気な答えだった。だが、その顔から笑みは失われていない。
「というわけでーー」
嫌な予感がする。
「ーー魔法使いのクエストに協力してくれないか?」
こんにちは、銀です。
今回はおとめ座の女神【バグルヴァーゴッデス】について解説します。
ライトのトマホークをすり抜け、圧倒的な攻撃力で2人を倒した女神様ですが、名前からわかる通り、彼女はバグを持っています。
プレイヤーのチートと対をなすモンスターのバグ。
ただし、モンスターなら誰でも彼でも持っているというわけではなく、1部の特別なモンスターだけが持っているものとなります。
その謎はいずれ明かされることでしょう。




