チート解放
全力を賭したレフトとの決戦は敗北に終わった。
しばらく拳を突き合わせていたが、その視線が俺から外れ、横に向けられる。そこにいるのは、決戦について来ていた狼獣人。
「さあ、やろうか。ルーク」
「え、あ、お、俺は、ライトのほうがいいな! ……あんなん、勝てる気がしねぇよ」
後半は独り言なのか小声になっていた。まあ、今の圧倒的な近接戦闘を見せられたら避けたくなる気持ちはわかるけどな。お前だけ楽はさせねぇぞ。
「悪いな。俺は疲れたから先にレフトとやってくれ」
「なっ……後生な」
「さあ、武器を構えろ。ルーク」
レフトのやる気は十分だった。杖の上の装飾品は半月になっており、接近戦の構え。
直前に俺と戦っていたとは思えないほどやる気だが、消化不良だったりするんだろうか。
「どした? 怖気づいたのか、狼男」
「そっ、そんなわけないだろ」
ルークは半歩後ろに引きながら、槍を取り出した。
「俺がライトの仇を討つ!」
台詞はかっこいい。けど、俺生きてるし。後退りしながら言ってても、かっこよくはなかった。サバイバルの時の底なしの自信はどこに行ったんだよ。
「お前もライトと同じとこに送ってやるよ!」
意外とノリのいいレフトだった。
てか、勝手に俺が死んだみたいなノリで続けるのやめろ。
「ジャベリン!」
ルークが赤く輝く槍を投げた。サバイバルの時とは違う。スキル技がしっかりと発動した槍投げだ。
「学習してないのか?」
レフトはそれを1歩も動かずに、体を傾けるだけで避けた。
トマホークを避けるのと大して差はないのだろう。
標的を失った槍は真っ直ぐ壁に突き刺さり、小さな爆発を起こした。
その音を合図に、盾と剣を構えたルークと盾と杖を構えたレフトが、地面を蹴る。
2人の距離は瞬く間に縮んでいき、剣と杖が激しく打ち合わされた。魔法使いと獣人だが、僅かにレフトの方が押し込んでいる。
ルークも同じように判断したのか、後ろに飛びながら鍔迫り合いを解除し、体勢を立て直して剣を突く。
槍使い流の反撃を、レフトは盾で受け止めた。
そのまま流れるように杖を振り下ろすが、今度はルークが盾で受け止める。
お互いに盾を駆使してノーダメージで攻防を続けていたが、その均衡が崩れる時がきた。
「なに……?」
攻撃を通したのは、レフト。
だが、その顔には困惑が浮かんでおり、ダメージを受けはずのルークがニヤリと笑う。
「肉を切らせて骨を断つ、ってな」
「くっ、!」
赤く輝く盾が、レフトの脇腹に叩きつけられた。
反撃に備えて剣を警戒していたレフトの隙をつく、盾での攻撃。双方の被ダメージは同じくらいに見えるが、心理戦ではルークが優勢か。
いや、不意打ちは成功したが、ルークはルークで打撃だけではなく魔法にも警戒しなければならないから、条件は同じようなものだ。
「やるな、ルーク。正直なめてたよ」
「その感想はもう少し後に取っておいてもらおうか!」
再びルークが剣を振るう。
レフトは盾で受け止め、杖で反撃。
それをルークが盾で防ぎ、剣で反撃。
再び訪れた均衡状態。
いつまでも続くんじゃないかと思われた攻防は、レフトが攻撃の手を止めたことで終わる。
「……なるほど。それがチートか」
「あぁ、そういうことだ」
ニカッと笑い、上を指すルーク。
そこには満タンのHPバーがあった。
さっきは減っていたので、公式で出ていた体力満タンではない。
つまり、
「HPの自動回復。これがオレのチートだ」
戦闘系のチート。開幕前に言ったら不利になると言っていたのは、それに合わせた戦法を取られることに対してだったというわけか。
少なくとも、知っていればレフトはこんなに長期戦をしなかっただろう。
「つまり、回復するよりも早く削りきらないといけないと」
「そういうことだ。オレだって強いだろ?」
「てことは、さっきビビってたのも演技か?」
「そ、そうに決まってんだろ!」
「ーーなら、本気を出さないとな」
杖の装飾が半月から満月へと変化する。魔法を使うということか。
「飛べ、火球ーー」
「させっかよ!」
魔法を打たせまいと、ルークが刺突。
レフトはその攻撃を盾で受け止め、跳ね上げた。
パリィだ。
「ーーファイアーボール」
体勢を崩したルークに火球が直撃。HPが半減する。戦士よりは魔法防御力が高い獣人であろうと、余裕を持って耐えられるとは言い難いダメージだ。
「まだ、がっ!」
「悪いが、お前の攻撃のタイミングは掴んだ」
体勢を立て直すよりも早く、肉薄したレフトが半月型の杖で切りつける。
「飛べ、火球。ファイアーボール」
魔法の威力を乗せた二撃目は、チートによる回復を上回って、ルークのHPを全損させた。
「ほんとに強いな、レフト」
ルークは負けたというのにどこか楽しそうで、すっきりとした表情だ。戦う前と後で反応が逆だと言われるほうが納得出来る。
「お前も強かったよ。ルーク」
まあ、楽しいならどっちでもいいことだが。
「と、もうこんな時間か」
ルークはふいに斜め下を見て、呟いた。
表示されている時間を確認したのだろう。また、デートの時間か。
「オレは帰るぜ」
言うだけ言って、ルークが出口に向かう。
「まあ、そういうことなら出るか」
レフトもあとに続いたので、その後ろについて行くことにした。
「で、だ」
ルークが居なくなったところで、改めて昨日の話の続きだ。
「経験値の問題は理解した」
「理解し合うことなど不可能よ」と、エルフ風の女性。
「であれば、次は検証だ」と、研究者風の男性。
「我は、理解など求めぬ!」と包帯を手に巻いた少年が応える。
少し遅れて、
「……場所を変えるか」とレフトが答えた。
まあ、一言目で周りにあれだけ反応されればそう思うのも無理はない。
俺は静かに頷いた。
「で、だ」
闘技場を出て、仕切り直し。
「パーティーだろ?」
「その通りだ」
「ユーサイズの時は暫定パーティー状態だったから、経験値が入った。で、ヴァルキュリアの時はそうじゃなかった。だろ?」
「あぁ、そうだ。その通りだ」
レフトは投げやりに答えた。
当てられたからってヤケになるなよ。
「で、わかったうえでどうしたい?」
「どうって言われてもな」
ソロプレイにこだわりがあるわけじゃないし、断る理由はない。どうせ、ヴァルキュリアとの戦いには巻き込まれるだろうし、知り合い同士でパーティーを組むことのデメリットはほとんどない。
「とりあえず、一緒にやる時はパーティー組むか」
「そう来なくっちゃな」
あえて言うなら、計画通り、みたいなその笑顔がムカつく。こちらから言わず、レフトに組みたいと言わせるべきだったな。
次があればそうしよう。ないと思うが。
「そうだ。ついでにもうひとつ教えてやるよ」
「何を?」
特に教えてもらいたいことはなかったと思うのだが。
「星具についてだ」
それは、興味深い。
話したいという顔をしている相手に教えてもらうという体で聞くのもあれだが、まあいい。負けた分の罰ゲームだと思って聞いてやろう。
「教えてくれ」
「いいだろう」
レフトは得意げに笑って、話を始めた。
「ベータテストの時に4週連続の特別チャレンジが実施されたんだ。それが、星の守り神シリーズ。もし倒すことが出来れば、星具、その中でも特に優れた十二宮星具を手に入れられるって内容だった」
星で十二宮。十中八九、黄道十二星座がモチーフの武器ということだろう。
「結果から言うとクリア者はいなかった。でも、周を重ねるごとにプレイヤーも作戦を考えるようになっていってな。最終週にはあと一歩まで迫るチームが現れた」
相槌を打って、続きを促す。
「チーム名は星狩りの剣。まさに、星具を集めるために生まれたチームだ。俺は、そいつらよりも早く、星具を手に入れたい」
焦っているように感じた理由はそれか。
「まさか、あの時のプレイヤー達も?」
「わからねぇけど、可能性はあるだろうな」
「なるほど。ちなみに、その4回ではどんな敵が出てきたんだ?」
レフトの表情が待っていましたとばかりに綻んだ。また、狙い通りの質問だったか。
そんな小さな後悔は気にせずに、レフトは楽しそうに語り出す。
「1周目は巨大な蟹だった」
「かに座か」
「あぁ、正しくは巨蟹宮だろうな。デカかったし」
「なるほど。で、2週目は?」
「空飛ぶヤギだ」
「やぎ座か。なんで空飛んでんだ?」
「それは知らん」
「そうか」
「で、3週目があのヴァルキュリアとヴァーゴーレムって名前のゴーレムだった」
「ここで、それかよ」
つまりレフトがあの時驚いたのは、ヴァルキュリアを倒したのに、ヴァーゴーレムが出てこなかったからなのだろう。
「てか、何座だ?」
天使もゴーレムも星座にはない。
「おとめ座だよ。ヴァルキュリアがたぶん、戦乙女なんだろうよ」
「なるほどね」
「最後は牛の戦士だ」
「おうし座ね。金色だったりしたのか?」
確か、金牛宮だろ。
「つけてた鎧が金ピカだったな」
「なるほど」
「まあ、そういうわけで」
レフトは笑顔で手を合わせる。
「おとめ座を攻略しに行くぞ」
「りょーかい」
俺達は再びヴァルキュリアの元に向かうことになった。
どうも。チートアンラベラーの銅っす。
この肩書きの意味はよくわかりませんが、銀先輩から任されたんで、チートの解説するっす。
チート【太陽】は快活に戦うものに与えられるチートで、効果はルークが言っていた自動HP回復だけじゃなく、状態異常の無効化もあるっすね。
攻略が進めばアイテムやスキルで付与することも出来る力っすが、序盤でこの2つを無条件に手に入れられるのはチートと言っても差し支えない性能っすね。
対となる月というチートも存在しているとか。




