星を求める者たち
似たような建物が入り組んだ迷宮都市を、戦士像を破壊しながら走り回る。が、急いだところで結果は変わらなかった。
2度目だけあって、探すときのコツなどは掴んでいたのだろう。
俺がさらに2つの像を壊す間に、レフトは6つの像を破壊していた。完敗といわざるを得ないだろう。
「俺の勝ちだな」
得意げに笑うレフトには、言わないが。
「それより、どうやって進むんだよ」
目の前には、4体の女神像。減った1体ーー稲穂と天秤を持った純白の女神像は、戦士像を壊している途中で、上空へ飛んで行ったのを見かけた。
階段や魔法陣が現れたりはしていない。
変わったのは、女神像の数だけだ。
「……それよりって」
レフトはため息をこぼし、杖を消すと、ゆっくりと翼の生えた女神像に近づき、左手を握った。
「少しでも軽くして、女神像に掴まれ」
「了解」
メニューを開き、武器の【装備状態】を解除する。武器の欄は空白になり、背中から重みが消えた。
「さあ、第2の試練だ」
右腕に捕まると、女神像が上昇を開始した。
掴まってるのが2人だからか、スピードはそこまで早くない。それでも、確実に昇っていく。平屋の建物などは、既に足の下だ。そんなことを考えているうちに、2階を越えて、3階へと到達する。それ以上の高さを誇る建物は何も無い。
眼下に広がる街並みは、まさにおもちゃの街だった。
手を離したら落ちるのだろうか。
そうは思っても、試す勇気はない。
「上だ。着くぞ」
レフトの声につられて上を見上げると、ドット風な雲が空一面に広がっていた。
「もしかして、突っ込むのか」
「もちろん」
「マジかよ……」
レフトの言葉を肯定するように、女神像は現実よりも硬そうな白い雲に突っ込んだ。
ホワイトアウトした視界が開けると、そこは雲の洞窟だった。
地上よりも小さなドットの集合体による空洞。分かれ道はなく、単純な一本道だが、試練というからには何かがあるのだろう。
そんな道の先に、2人のプレイヤーがいた。
黒と白の塊にしか見えないが、カーソルが青いから間違いない。彼らは試練ではなく、他の攻略者だ。
「追いつくぞ!」
レフトは女神像から飛び降りて、雲の上を走り出した。武器を展開しないのは、走りやすさだろうか。
と、悠長に構えている場合じゃない。
「すぐに追いつくから、先に行ってろ!」
斧を装備していなくても、戦士+鎖帷子の俺は魔法使いより鈍足だ。
「すぐに、追いつけよ!」
レフトもそのことを分かってるのか、余計なことは言わなかった。
転ばないように足元を見て、全力で雲を蹴る。VRゲームにおいて、現実の疲労という概念は存在しない。原理上は素早さのステータスの許す限りの全力疾走で、目的地までたどり着けるのだ。
諦めさえしなければ。
「ちぃっ。他のプレイヤーかよ」
レフトではない声が聞こえた。
遠くて誰が発した声なのかまでは把握出来ないが、音量が可聴領域に入ったらしい。現実ならばそこに耳を澄ます余裕はないが、ゲームでは意識せずとも音は出力される。
「いいかーーーーーーやれ!」
会話が飛んだ。どうやら、全ての音が聴こえる距離ではなかったらしい。
「ーーら黙って従え!」
罵声を発しているのは男だ。
「全ては、勝利のため、だ」
その言葉が気になって、顔を上げた。
先にいたプレイヤーの1人が、止まっている。そう見えるのではなく、レフトを迎え撃つために立ち止まったのだ。
仲間を先に進ませるために。
「なあ、これでいいと思ってんのか」
レフトの声だ。
「……うざ」
控えめに返されたのは、少女の声だった。
「こっちには、こっちの事情があんのよ」
「そうか。ま、手加減はしないけどな」
レフトが三日月の杖を構える。
対する少女は、身の丈ほどもある大きな盾を背中から外して正面に構えた。体はほとんど隠れてしまって、顔どころか武器すら見えない。
いや、最初から見えなかったし、装備していないのだろうか。
【盾使い】という可能性だ。
その場合、攻撃手段は乏しいはずだから、無理矢理通り抜けるのが定石か。遠距離攻撃の手段など持ってはいないだろう。
「来なさいよ」
「なら、遠慮はしないぜ」
レフトは距離を詰めて、杖を振り下ろした。
「くっ……」
少女は盾で受け止めたが、よろめく。大き過ぎる盾の扱いに慣れていないのだろう。レフトはその隙を見逃さなかった。
体を回転させて杖を薙ぎ払う。
なんとか、盾で受け止めたようだが、防げたのはダメージだけ。勢いに負けて、倒れてしまう。
だが、レフトは通り抜けたりはしなかった。
倒れた少女に向かい合うように立ち、杖を構える。敵に向けるような視線ではなく、どこか寂しさを感じさせる眼差しを向けて。
「……行きなさいよ」
立ち上がりもせずに少女が吐き捨てる。
「いや、行かない」
「は?」
「それ、本来の戦い方じゃないだろ?」
目を丸くして少女が絶句した。
「盾を極めたいなら付き合ってやるが、そうじゃないんなら、本来の武器で、本気で止めてみろよ」
堂々としたその姿は実に惚れ惚れするものだった。てか、慣れてないだけで本来の武器じゃないって断定するのもどうなんだ。
「うっざ……」
驚いたような表情からして、図星なんだろうけど。
「レフト」
ようやく追いついた俺は、足を止めることなく、声をかける。
「すぐに追いつくから、先に行ってろ」
その台詞は俺がさっき言った台詞と一言一句同じだ。ならば、返しも決まっている。
「すぐに追いつけよ」
「当然だ」
レフトとハイタッチをして、先に進む。先に行ったもう1人の姿は、もう見えない。
カチャカチャと揺れる鎖帷子も装備から外し、下降補正のない状態で、走り出した。
だが、そもそも素早さが伸びにくい戦士という職業を選んでいる時点で、追いつくのは絶望的だ。それは、下降補正がなくなっても変わらない。
ようやく雲の切れ間が見えてきたというのに、プレイヤーの気配は全く感じなかった。見えない場所にいるという可能性もあるが、突破されたという可能性も否定は出来ない。
「まずいな……」
その呟きは唐突に聞こえた。
「って、レフトォ!?」
「おう。待たせたな」
なんで、さらっと隣を走ってるんだよ。
「いや、追いつくの早過ぎるだろ!」
「すぐ追いつけっていただろ?」
「言ったけどもさ!」
「安心しろ。しっかり倒してきた」
「流石だな!」
敵を倒した上に、武器も防具も装備したままであっさりと追いつかれると、へこむわ。
「というか、なぜ、裸なんだ?」
「誤解を招く表現をするな!」
鎖帷子を脱いでも、デフォルトの肌着は残ってる。男性アバターの場合は、水着でも装備しない限り、上半身裸になることは不可能だ。
「冗談だ」
レフトはニヤリと笑ってから、真面目なトーンで続ける。
「でも、早く走るためでも鎧は脱ぐなよ。何が起こるかわかんねぇんだからよ」
「はいはい。わかったよ」
正論だった。
だからといって立ち止まるわけには行かないので、走りながらメニューを出して、鎖帷子を装備し直す。
走るペースは変えてないつもりだが、レフトが少しだけ前に出たので、下がったのだろう。素早さ補正がよくわかる一幕だ。
体感では変わらず全力を出しているというのに。
「さあ、抜けるぞ!」
レフトが加速した。
「了解!」
俺も――気持ちの上では――加速する。
そして、雲の洞窟を抜けた。
踏み込んだ瞬間に、世界の色が変わった。
今まで見てきたもので例えるならば、プラネタリウムだろうか。黒くてドーム状の天井に星が瞬く様はそう例える他にない。ただし投影機はなく、広さは小さな球場くらいあった。
その中心に、輝くものがある。
闇夜に浮かぶ純白の光は、人の形をなしていた。
身体に張り付くようなドレス。大きく広がり風に揺れるスカート。そして、猛禽類を連想させる白き翼。
そんな特徴を合わせ持つあれは、まるで天使だ。
天使は両手に光の玉を構え、たゆたっていた。
プレイヤーの姿は確認出来ない。
天使のカーソルは紛うことなき赤であり、敵だ。カーソルの上に表示された固有名は【ヴァルキュリア】。他にはなにもな――あった。
天使の下。床から少し高い位置に、火の玉が浮いている。厳密に言えば、火の玉ではなく人魂か。――あれは、HPが全損したプレイヤーの魂だ。
カーソルこそないが、モンスターには起こり得ない現象なのだから、間違いない。今のうちに蘇生アイテムでも魔法でも使えば、デスペナもなく蘇ることが可能だ。
まあ、出来ないし、出来たとしてもやる義理もないのだが。
俺は黙って人魂が消えるのを待っていた。
レフトも動くことはなく、天使も動かない。
視覚や聴覚は変わらずあるはずだが、あのプレイヤーはどんな気持ちで3人の視線を受け止めているのやら。
まあ、わからないのだから考えても仕方ない。
やがて、静かに、人魂は消えた。




