このゲームにはチートが存在します
20XX年6月17日。
VRゲームの全盛期が過ぎ去り、その技術がゲームよりも医療などの現場で必要とされるようになった、そんな時代。
かつて数多くのプレイヤーを熱狂させたVRMMORPGも、今では大手シリーズだけが細々と生き残るのみで、新興タイトルは登場してもほとんどが短命に終わる。
そんな廃れゆくジャンルに、新手が現れた。
【アットホーム・オンライン】
俺も含め、誰もがすぐに消えると思っただろう。
だが、その予想は公式PVの公開によって覆されることになる。
現実の世界を再現したフィールドと、圧倒的な規模を誇るファンタジー風のフィールド。そんな2つの世界を有しながら、それまで出ていたVRゲームを上回る精巧なグラフィック。
VR対応ハード全機種対応な上、他のVRゲームからのキャラクター・コンバート機能を搭載。外見やボイスだけではなく、スキルや装飾品まで可能などなど。
まさに、今まで出ていたVRゲームの集大成と言っても過言ではない。
そんなPVの最後には、300人のベータテストプレイヤーの募集が行われた。
俺はどうせ当たらないのだし応募しなくても良いかと思っていたが、一緒に見ていた親友に押し切られて応募することになった。
それから約1ヶ月。
ベータテストプレイヤーの当選者発表を1時間後に控えた残暑の夜。普段は早寝な俺だが、今日は珍しく起きていた。
理由は単純。0時ちょうどに行われる発表をリアルタイムで見るためだ。個人的には翌朝でもいいのだが、それを許さないやつがいる。
だからこうして起きているというのに、言い出しっぺはすでに寝ているのか、さっきから全く返信が来ない。
かといって、こちらが寝れば後で責められるのは目に見えている。
現在時刻は23時05分。あいつが起きているかどうかはおいておいて、俺は起きていようと思う。
とはいえ、特にすることがないのでネットサーフィンしていると、週に1回しか更新されないサイトが更新されているのを発見した。
動画だったり、画像だったり、文字だけだったり、バラエティに富んだ方法でゲームの情報を伝えてくれるサイトだ。
今回は動画が埋め込まれていた。
『紳士淑女のゲーマー諸君! EOへようこそ!』
元気に登場したのは、黒い仮面で目を隠し、ゴシックドレスに身を包んだ合成音声でしゃべる人物。年齢性別全て非公表の配信者だ。
『我が名はイオ! エターナルにエキセントリックでエミネントなエンターテイナー!』
更新される日はイレギュラーだが、動画はいつもの挨拶から始まった。
『今回紹介するのは……このゲーム!』
イオが【アットホーム・オンライン】のパッケージと思われるものを取り出した。
動画のゲストとして制作会社のスタッフが来ることもある為、持っていることに驚きはない。
『あと2時間もしない内に当選者の発表だ。起きてる奴らも多いだろう。そして、そのタイミングでゲームについて放送すればいつも以上に多くの人の目に触れる! あぁ、我ながら完璧なタイミング設定だ』
仮面舞踏会で踊るように、激しく動き回りながら――画面からははみ出さずに――イオは語る。
『今日の情報はトォープシークレッツ。本来なら一般ピーポーが知ることは出来ない情報だ』
唇に指を当て、ニヤリと口角を上げて、イオは笑った。一般人が知ることが出来ない情報というが、ならばなぜ知っているのか。知っていても驚きはあまりないのだが。
『何故知ってるか? それこそトォープシークレッツ』
俺の心を読んだかのように、イオは得意げな笑みを浮かべた。
『では、発表しよう』
『このゲームには、3つ目のフィールドが存在する。
それは分裂世界とでも呼ぶべき空間で、それぞれが独立しているんだ。その空間同士を渡り歩くというよりは、2つの世界から条件を満たすとその世界に行けるってノリだね。
あ、もちろん屋内マップが分立してるとかそんな話じゃないよ?』
腕を大きく広げ、会心の微笑み。
『現実でも幻想でもない、第3の世界さ』
第3の世界か。
『と。これ以上しゃべったら、怒られちゃうなぁ』
自分の頭を軽くたたいて舌を出す。こういう仕草は女っぽいな。
『それでは今日はこの辺で。チャオ』
イオが手を振ったところで動画が終わり、別の動画へのリンクが表示される。
『アットホーム・オンライン 最新PV』
動画を再生すると、衝撃の一言から始まった。
【このゲームにはチートが存在します】
画面が切り替わり戦闘シーン。平原に無防備に立つ黒い服の少年を竜騎士型のモンスターが囲んでいる。
竜騎士達が少年に攻撃を仕掛けた。だが、少年のHPは全く減らない。すぐに回復するのではなく、寸分たりとも減っていないのだ。
画面がほのかに暗転し、解説が現れる。
【チート・体力満タン】
【敵の物理・魔法による攻撃でHPが減少しない。毒などの異常状態によるダメージは防げず、いかなる手段でもHPを回復することは出来ない】
ちょうど読み終わったタイミングで、ウィンドウが消える。
それと同時に、竜騎士の1体が黒い霧を吐き出した。
少年のHPゲージの横に紫色の髑髏マークが現れ、HPが削られていき、0になる。
少年はポリゴンの欠片となって消滅。
消えた少年と入れ替わるようにフードを被った長髪の女性が現れる。女性は正面に立つ竜騎士に向けて手を突き出すと、
「ファイアボール」
その一言で、魔法を発動させた。放たれた火球が命中すると、続けて「バブルスコール」と呟き、頭上から水を浴びせる。
竜騎士は抵抗することなく魔法を受け、ポリゴンの欠片となって消滅した。
【チート・詠唱破棄】
【魔法発動に必要な詠唱を省略出来る。これよる威力低下はない。略式詠唱を習得した場合でも、チートが優先される】
ちょうど読み終わったタイミングで、画面が暗転した。
【これは登場するチートの中でもごく一部です。中にはより強力なチートも存在します】
暗転した画面の中を、白い文字だけが下から上へと流れていく。
【チートはキャラクターメイクの際にランダムで付与されます。種族・職業と合わせて、自分に合ったチートを見つけてください。
また、チートを持たないことが重要になる場面も存在します。チートをつけるかつけないかというのも、1つの選択なのです】
文章が流れきると、画面は再び戦闘シーンへ。
中央に立つのは白い仮面を被った男。だが、今回の竜騎士達は彼ではなく、こちらを向いている。
「君の挑戦を待っている」
仮面の紳士がこちらに指を向けると、竜騎士達が画面から飛び出しそうな勢い向かってくる。
そこで動画は終了した。
気がつけば再生数は1万を超えていた。発表をリアルタイムで見ようとしてる人は多いだと改めて感じたところで、画面を閉じる。
公式サイトへ戻ると、新たなリンクが貼られていた。
【ENTER THE CHAT ROOM】
俺は迷わずにクリックした。