表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ステラ  作者: マムシ
4/9

4.待ち合わせ

 琴音と出会ってから十日、そして約束を交わしてから九日が経過した。今日は僕のお気に入りの場所へと琴音を誘う日だ。

 昨夜のバイトは夜十一時まで続いていたが、目を覚ました途端、昨日までの疲れは一気に吹き飛んだ。川に入ってひいた風邪も、この十日ですっかり完治させることができた。

 ベッドから飛び降りた僕は、部屋の中のカーテンを開ける。冬の優しい太陽光が降り注ぐ、快晴の日曜日だ。今日のような日は、雲を見つける事は難しいだろう。



 早速タンスを開いて、今日着ていく服を選ぶ。十分ほど悩んだ挙げ句、上は白のワイシャツに青のセーターを重ね着し、下は黒の細身のパンツという組み合わせに決まった。

 急いで着替えて、洗顔と歯磨きを済ませ、昨日琴音から貰った星のネックレスを手にとって見てみる。ネックレスの宝石の部分を胸元に当てたまま鏡で全身を映してみると、何だか女の子に見えなくもなかった。僕の顔立ちが幼いのもそれに拍車をかけているだろう。

 しかし琴音からの貰い物をいきなり拒んで着けないというのも、彼女の傷心に繋がりかねない。僕はネックレスを首からかける。

 そしてスマホと財布をパンツのポケットに入れたら出かける準備は完了だ。



 僕は誰もいないキッチンでトーストを焼いて平らげると、玄関に向かってスニーカーを履こうとした。すると二階から歩美が降りてきた。


「あれ? お兄どっか行くの? こんな時間に」


 寝ぼけ眼で右目を擦りながら歩美は僕に尋ねてくる。


「ん? まあ、僕がいつも行ってるところ」

「えっ? ひょっとしてまたあの博物館?」

「……うん」

「かあーっ! お兄もホント好きだねそういうの。一人で行ってよく飽きないねー」


 一人じゃないとは言えなかった。ここで女の子を連れて僕の好きなところに行くなんて口にしたら、口の軽い歩美がどれほど公言するのか分かったものではないから……



 パジャマ姿であくびをしながらキッチンへと入っていく歩美を尻目に、僕は今度こそスニーカーを履き、玄関の外へと出る。

 今日はバスを使うという事と、徒歩の琴音と一緒に歩くという理由で自転車は使わない。

 門を出た僕は、両手を後ろで組んで歩き出す。行き先は待合せ場所である、赤い橋の見える河川敷。ちょうど朝日が昇る方角だ。

 朝日に向かって歩く僕は、太陽の光を全身で浴びる。住宅街を吹き抜く風は冷たいものの、朝の日差しで僕の体の冷えを和らげてくれているようだった。そんな心地よい気分の中、葉のないイチョウの木が立ち並ぶ道を歩いていく。



 河川敷にたどり着くと、上条琴音は土手の階段に腰かけていた。近づいても気がつかないので、僕は背後から声をかける。


「やっ! お待たせ!」

「わっ!」


 僕の声に驚いた琴音は、声を張り上げてこっちを向いた。そして真っ先に胸元のネックレスに視線が移る。


「あっ、ネックレス。着けてきてくれたんだ?」

「まあ、着けないと怒るでしょ?」


 僕が尋ねると琴音は、そうだねと言っていたずらっぽく微笑む。出会って間もない僕に分け隔てなく笑みを見せてくれるのが、無邪気で可愛らしい。


「よし、じゃあこれからバス停に行こう。あっ、お金は今日は全部僕が出すから」

「えっ? いいの?」

「いいのって、どのみちお金無いでしょ?」


 僕が言うと、琴音は表情を少し強ばらせて背筋をピンと伸ばす。図星らしい。

 琴音の家庭が貧しいのは薄々気づいている。なぜならこの子の格好は、今日も星の模様のパーカーと黒のスカートなのだから。暖かい服すらもろくに買って貰えないのだろう。


「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えさせていただくわ」


 彼女の哀愁漂う雰囲気とは裏腹に、琴音は僕の気遣いに素直にお礼を述べた。



 僕と琴音は河川敷から十分ほど歩き、最寄りのバス停へ。

 十五分ほど待っていると黒と色褪せた黄土色の路線バスがやってきた。

 二人で空いている席に座り、目的地に着くのを待つ。幸い僕が着けている星のネックレスを気にする乗客はほとんどいなかった。斜め前に座った小さな子供がちょっと目配せをしたくらいだ。

 バスはいくつかの停留所を経由し、やがて坂道に差し掛かり勾配が強くなる。

 気がつくと僕と琴音以外の乗客は乗っていなかった。



 僕は窓の外を興味ありげに眺めている琴音を見つめる。小さい頃から星ばかり見ていた僕は、人間の少女に興味を持つなんて事はしなかった。無論、女の子とこんな形で出かける事なんて生まれて初めてだ。


(琴音を誘えたのは、二色の流星を見て親近感が湧いたから?)


 僕はバスに揺られながら、星のネックレスを受け取った夜の事を振り返っていた。ボーッと途方にくれている僕が、琴音にクスクスと笑われている事も知らずに……



 バスはやがて坂を登りきり、天文博物館の前に停車した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ