表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鬼ごっこ

作者: 秋桜

閉鎖された小説サイトで掲載していたものを、記憶から呼び起こして執筆したものです。


読んでいただけるだけで充分嬉しいです!

よろしくお願いいたします。



 今、私がいるのは人気のない夜の学校。昼間に友達と夜の学校に忍び込もうという話になったわけだけど、チラリと視線を横へ移動させると、そこには大人しそうな黒髪の男子が明らかに怯えたように立ち尽くしていた。



 私は小さくため息をついてから、目の前で仁王立ちしている友達を見る。この場にいるのは私だけではない。目の前で仁王立ちで校舎を見上げているのが、グループのリーダーとなる柳沢。隣にいるのが「雰囲気ある」と喜んでいる親友の美咲。そして、怯えている男子をからかって絡んでいる男子二人、東谷(あずまや)と柊。最後に一番怯えている堀川の計六人で夜の学校に来ている。



 堀川は、クラスの中で一番大人しく暗い性格をしているせいか、いじめられている。正直言って私は、いじめに興味はないのだけど、率先して彼をいじめているのが柳沢たち男子と美咲。私は傍観者という立場だ。



 今日だって、夜の学校で遊ぼうと堀川を連れ出したけれど、実際はいじめの延長線みたいなもの。すでに堀川の顔色は青くなっていた。傍観者である私は、積極的にいじめに参加しないが、止めはしない。



 事前に校舎の鍵を手に入れていた柳沢が、行くぞとばかりに校舎の扉を開けた。彼に続いて校舎に入ると、思っていたよりも廊下は月明かりで明るい。



 さっそく何をして遊ぶのかと思ったら、すでに決めていたらしい柳沢の鶴の一声で、年甲斐もなく鬼ごっこをすることになった。ただし、鬼役はじゃんけんする前に決定している。そう、そのための堀川だ。長く付き合っていれば、この鬼ごっこの意図が説明されなくても分かる。



 堀川を鬼役にして、逃げ回りながら隙を狙って校舎を出るという、本当に典型的ないじめ。不安げにしながらも拒絶しない堀川は、柳沢に急かされるまま「十秒」を数え始めた。みんなはケラケラと笑いながら各々散り散りに廊下を駆け出す。私も適当に走り回ってから、廊下の窓から外へ出ようと決めて駆け出した。



 遠くから堀川の数を数える声が響く。



 このとき、私はこれから起きることなど知るよしもなかった。



 堀川の数を数える声が消える。カウントが終わった証だ。身を潜めようとした二階の教室かゆっくりと出る。早々に校舎を出て、この薄気味悪い学校からおさらばしたいという気持ちが私を動かした。それでも極力、鬼役に見つからないように慎重に歩く。



 校内に居るのが数人のせいか、やけに自分の歩く足音が耳に響いた。廊下の窓から覗くが、まだ誰も外に出ていない様子だ。堀川を振り切る自信はあるが、真夜中に一人歩いて帰る勇気はない私は、堀川の声が聞こえなくなってから十分ほど経過した頃に、美咲に電話をしようとケータイを手にした。



 リダイヤルで美咲に電話をかけたが、本来忙しい時や手元にない時以外は三コールで出てくれる親友が、何度コールしても出ない。着信音が一階から聞こえているが、持ち主が出てくる様子はない。



 私は、美咲の悪戯かもしれないと通話を切って、美咲を探しにいくことにした。着信は一階からしていたから、先に一階から探すことにする。階段を音を立てぬように降りて、廊下を覗いたが堀川の姿はない。



 とりあえずホッと安堵してから、私は一つ一つ教室を確認する。だが美咲はおろかケータイすら見つからない。たちの悪い悪戯だな、と恐怖より怒りが上回る。



 一階にある最後の教室を開けて中を確認する。すると奥の方で人影を見つけた。



「ちょっと美咲、電話ぐらい出なよ」



 私は人影に向かって歩きながら、怒りが滲んだ声音で文句を告げたが、人影は返事をしない。私はさらに一歩奥へと足を進めたとき、足元の床が濡れていることに気づいた。足元に視線を下ろすと、そこには暗いながらも水溜まりがあるのを確認する。なぜ教室に水溜まりがあるのか分からないが、私はそれよりも人影に視線を戻した。その時、月明かりが教室に差す。



 視界に映るものに、私は大きく目を見開いた。



「きゃあああああっ!」



 私は恐怖で悲鳴を上げる。後ろへ咄嗟に逃げて机に引っ掛かり尻餅をつく。それでも視界を逸らせずにいた。



 そこには無惨にも左胸を何かで突き刺され、血を流して絶命している親友の姿があった。目は大きく開き、口から血が溢れんばかりに流れている。



 なにが起きたのか私には分からない。なぜ親友の美咲が殺されているのか。彼女の横にはケータイの着信を知らせるランプが点滅している。私に恐怖と悲しみが一気に押し寄せてきた。カタカタと震える手で、救いを求めるように柳沢に電話をしようとリダイヤルを押す。



 お願い、早く出て。そんな焦燥感が私を支配する。視界に映る親友の無惨な姿から目を背けるように、私はようやく入った力で机を支えに立ち上がった。逃げる形で教室から出るのと、コール音から通話中になったケータイが同時になった。



「なんだ、どした?」



 リーダーである柳沢の声に私は安堵する。だが、後ろの教室で起きている状況は、けして夢ではない。私は震えそうになる声を抑えながら、柳沢に美咲のことを伝える。



「良かった、柳沢は大丈夫なんだね」

「は? どういう意味だ?」

「実は、さっき教室で美咲が死んでて……。ねぇ、早く帰ろうよ。なんかヤバイよ」



 すがるように私は柳沢に訴えた。しかし、私の説明の仕方が下手だったせいなのか、柳沢はゲラゲラと笑い始める。



「何を言い出すかと思えば、なにお前。ビビってんの? 可愛いとこあんじゃねぇか」

「び、ビビってなんかない!」



 どうやら夜の学校に怯えて電話をしてきたのだと思われたようだ。売り言葉に買い言葉で私は、意地になるような形でハッキリそう言い切ってから通話を切った。そして切ってから私は後ろの教室を見つめる。あの光景はけして嘘なんかじゃない。さっきまで笑っていた親友が、誰かに殺された。殺人鬼がいるかもしれない学校に一秒たりとも居たくなかった。



 私は廊下の窓を開けようと鍵を捻ろうとして、違和感を覚える。



「ちょ、ちょっと。冗談でしょ?」



 鍵がびくともしない。窓が開けられない。錆び付いている可能性も考えて、他の窓も開けようとしたがどれも動かすことができなかった。


 瞬間に再び私の中で戦慄が走る。いやだ、早く校舎から出てしまいたい。私は必死に少しでも外の空気が吸える場所へと走った。屋上へと続く階段を駆け上がり、屋上の扉を開ける。窓は開けられなかったのに、屋上の扉が開いていたことは私を安心させた。校舎内にいる殺人鬼から逃れるために屋上に出て、鍵を締めて朝まで隠れていればいいと思ったからだ。



 けれど、屋上へ出た私の視界に入ったのは、首がない死体。



「っっ!」



 私は声にならない悲鳴を上げて屋上の扉まで後退した。首から下が真っ赤に染まっているが、その死体が着ているものは、確かに今日柳沢が身に付けていた服だった。



 ついさっきまで電話をしていたはずの柳沢の無惨な姿に私はもうどうしていいか分からなかった。間違いなく殺人鬼がこの学校にいる。そして学校にいる私たちを次々に殺していっている。そう考えた瞬間に、恐怖だけでなく何とも言いがたい感情が私を襲った。恐怖と焦燥感に涙が零れる。



 どうして、こんなことになったのか。私たちは単に遊ぶだけだったはずだ。



 私はふらふらとした足取りで屋上から校内へと入った。誰かにすがりたくて私はグループの一人に電話をする。



「はいはい、東谷だよん」



 四コールほどで相手が間の抜けた声で出た。普段から明るくクラスのムードメーカーでもある彼らしい応対だ。それだけでも今の渦巻いているさまざまな気持ちが和らぐ。だが、忘れてはいけない。私は二人が何者かに殺されたのを知っている。



「東谷、実は美咲と柳沢が……。信じられないかもしれないけど、殺されてて……」



 ノリの良い東谷に、こう伝えたところで柳沢のように笑われるかもしれない。それでも私はすがれる相手が欲しがった。ビビっているという問題じゃない。短時間に死体を二つも目の当たりにしたのだから。



「……ああ」



 ケータイの向こうから神妙な声が聞こえる。



「やっぱりさっきの悲鳴はお前か」



 あのお気楽能天気な彼の、いつにない真剣な声に私は抑えていた気持ちを吐き出したい気分になった。ようやく分かってくれる人が現れた。涙がまた溢れてきて、嗚咽を堪えきれず私は今まで起きたことを東谷に全部隠さず話す。



「……分かった。とりあえず俺も二人を確認してみる。お前はどこかに隠れてろ。後でまたかけるから」

「うん、うんっ」



 これほどまでに頼り甲斐のある男だったのか。私は嬉れさと安心感で頷き通話を切った。流れた涙を袖で拭って、足音を気を付けながらゆっくりと階段を降りた。極力出口に近い教室にと足音を忍ばせつつ、周りを警戒しながら歩く。月明かりで伸びる自分の影が異様に長く感じて不気味だ。あれだけのことがあったのに、やけに校舎内は静かで逆に恐怖が蘇る。無惨に殺された二人の姿が目に焼き付いて離れない。何度も泣きそうになって、その度に袖で涙を拭った。



 三階から二階へ降りる階段を壁を背にゆっくりと降りながら、私は二階の廊下に視線を向ける。教室の壁に隠れて見えないが、廊下には影が映っていた。



「東谷!」



 ホッとして、私はなにも考えずに残りの階段を駆け降りて廊下に出た。



「きゃあああ!」



 視界に映ったものに、私は悲鳴を上げてその場に座り込んだ。廊下の窓側を背にして、さっきまで頼もしく話してくれた東谷が、左肩から腹部にかけて刀のようなもので切り裂かれて絶命していた。



 どうして。なんで。



 疑問符と恐怖が一気に押し寄せる。せっかく治まっていた涙が、またボロボロと零れた。カタカタと体が恐怖で震え出す。その時、私のケータイが鳴り出した。



 突然の着信に私はビクッと身をすくませる。早鐘のように脈打つ心臓。鳴り響く着信に、ようやく動けるようになった私は、ゆっくりとケータイのディスプレイを確認した。表示された名前にホッとして、通話ボタンを押す。



「ひ、柊?」

「あ、良かった! 出てくれた!」



 怯えた私の声を聞いた、柊は安心したように嬉しそうな声を上げた。しかし、その声にはどこか緊張感のあるもの。



「柊、私……。もうワケわかんないよ。なんで美咲と柳沢と東谷が殺されてるの……」



 助けてほしい。そんな気持ちでケータイをギュッと握る。



「知ってる。俺も今かなりやばい!」

「……え?」



 ケータイの向こうにいる柊は、走り続けているのか呼吸が乱れていた。



「さっき東谷が殺されるところ見ちゃって、今追われてる」

「だ、大丈夫なの!?」

「だからかなりやばいって、つったじゃん! 俺はどうにかして逃げ切るから、お前も早く逃げろ! 見つかったら終わりだぞ」

「そう言われても、窓が開かないの! びくともしないの」



 脱出はすでに試みていた。しかし出られないのだ。



「一階の廊下の窓を机か椅子で割るんだ! 早く!」

「う、うん」



 急かされるように私は、目の前に絶命している東谷を見ないようにして立ち上がり、よろよろと一階に向かって歩き出した。その時、耳に衣擦れの音がする。柊の名を呼ぼうと口を開いた瞬間、ケータイの向こうから聞こえたのは、柊の悲鳴のような叫び声だった。



「ひ、柊!? ちょっと、柊!」



 立ち止まって必死に柊を呼び掛ける。しかし柊は応答してくれない。焦燥感と最悪の予感が頭を過る。ケータイは通話が切れていないようで、やがて何かの音を拾い上げた。



『ツギハ、キミダヨ』



 耳元に囁かれた声。それは間違いなく私の知っている人物の声だった。



「きゃあああ!」



 私は悲鳴を上げて慌てて通話を切った。


 私は恐怖から早く外へ出てしまいたい衝動に再度陥る。急ぐばかりで体がうまく動いてくれない。階段を駆け降りるが足が絡まってしまい、残り数段で転げ落ちる。足や手に痛みが走るが、それに構っている暇はなかった。すぐさまに立ち上がって、近くの教室に飛び込むように入って椅子を一脚手にした。折り返して、外へ繋がる窓に向かって力の限り椅子を投げつけたが、窓ガラスは割れるどころかヒビ一つつかずに椅子を拒絶する。



「嘘でしょ……」



 学校のガラスが防弾ガラスになっているなんて聞いたことがない。ハッと私は校舎の入り口に向かった。鍵を持っていた柳沢は開けてから閉めていなかったはずだ。校舎の扉の取っ手に手を伸ばして動かしてみる。



「……そんな……」



 扉はびくともしない。内鍵をかけたのかとも思って確認したが、そこで私はぞくりと寒気を感じた。内鍵が開いている。普通ならば開くはずの扉が開かない。逃げ場所を求めた屋上には、首なし死体があって平静でいられる自信は全くない。



 完全に閉じ込められた。



 そう認識した瞬間、カツンと靴音が聞こえる。ビクッと身をすくませて私は後ろを振り向いた。靴音はゆっくりと、ただ確かにこちらに向かって近づいている。恐怖で体が再び震え始め視線が、逃げ道を探すようにキョロキョロと動く。対抗しようにも私は武器になるものを持っていない。 



「そうだ……」



 私は咄嗟にケータイで警察を呼ぼうとしたが、今度はケータイの電源がいつのまにか切れていた。真っ黒なディスプレイには、恐怖に歪んだ自分の顔が映っている。その間も、靴音がこちらに近づいてきていた。



「お願い……夢なら覚めて……」



 こんなことになるなんて思っていなかった。肝だめしみたいな感覚で遊ぶつもりだったはずだ。



 ポタッという何か液体が落ちる音も聞こえてきた。人のいない校舎内でその音がやけに耳に焼き付いて離れない。やがて影が視界に入った。心臓がうるさいぐらいに鼓動を早めていく。恐怖と緊張で口の中が渇いて声が空気となって抜けていく。ゆっくりとした足取りで、影が伸び、靴箱の陰から姿を見せた人物に私は目を見開いた。



「そ……んな……っ」



 そんなバカな。



 私は目の前に立つ人物に、思わず首を振った。



 右手に握られいる日本刀のようなものの刀身はベットリと赤く染められている。そして着ている服も返り血で全体的に赤く汚れていた。ポタッと刀から滴が落ちて小さな水溜まりを作り出す。



「うそよ……だって……あんたは……」



 私の目の前で、ニタリと口元を歪めて笑うその顔は。



 柊。



 よく考えてみれば、あれだけ校舎内を走り回ったのに、一度も堀川の姿を見ていない。私は逃げ場を奪われ、為すすべもなく近づく柊を見つめた。助けてとか細く訴える私の声など、彼には全く聞こえている様子はない。



 柊は、薄気味悪い笑みを浮かべて刀を振り上げた。



『ツカマエタ』



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ