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優しい世界を貴方と共に  作者: 繭墨花音
4/5

スコーン

「花恋。今日から一週間後のパーティまで、水連は禁止です」


 ゆったりした朝食の時間は、その一言で戦場と化した。口元まで持っていったスプーンを収め、私は叔母を睨み付ける。


「なぜ、ですか」

「なぜ? 貴女、今度のパーティの重要さを理解していないようですね。どなたが主催するパーティかご存知で?」

「四条家だとお伺いしていますが」

「花恋お嬢様は、四条家のご次男様と結婚なさるのですよ」


 バタンッと木製の椅子が床に叩きつけられる。私が勢いよく立ち上がった衝撃で、テーブルが激しく揺れた。


「そんなの聞いてないわッ!」

「今、申し上げました」

「屁理屈はいらないわッ。私は結婚なんて嫌よッ!」

「お嬢様はもう十七です。結婚は普通ですわ。それに四条家のご子息は代々医師を育成し、病院を幾つも経営しております。結婚すれば、高梨病院は四条家の病院と統合したことにすると言ってましたわ。高梨の名も残りますし、私達も不自由なく暮らせます」


 いつそんな話を進めていたのか、叔母は飄々と言い放つ。高梨家の名がどうのと言うのは口だけで、己の保身しか考えていない。私は声を荒げた。


「嫌と言ったら嫌ッ! 私の結婚相手を勝手に決めないでッ!」

「じゃあ、どうやって高梨家を守るのですか?」


 全く動じない、だけど威圧を感じさせる叔母の声にグッと喉が詰まる。

 十五のお前に何ができるのかと、その目が言っている。私は零れていた紅茶に視線を落とす。


「四条家の機嫌を損なわせないよう、ダンスや教養を徹底的に磨きなさい。暫く、あそこは封鎖しておきます」


 ご馳走様でした、と叔母は手を合わせて席を立った。メイド達がおどおどしながら倒れた食器を片す。私は彼女たちの人生も左右するのだ。我儘は通らない。


「うるさいッ!」


 勝手な事を言う叔母も、それに逆らえ切れず内心だけで騒ぐ私も、煩い。

 私は大股で自分の部屋に戻った。


 ベッドに勢いよく体を投げ出す。枕に顔をうずめながら、どうすればいいのか必死に思考を巡らせる。よく知りもしない相手と結婚するなんて嫌だ。だけど私やここに住む人たち、高梨家を守るにはその方法しかない。それでも声を上げられないのは歯がゆかった。


「花恋お嬢様、アールグレイとスコーンをお持ちしました」

「女の子の部屋にノックなしで入るなんて、いい度胸ね」

「こういった時、お嬢様はいつも入れてくれないので勝手に入るようにしています」


 確かに、彼は私が怒っていたりイラついていたりするとノックをせずに部屋に入ってくる。入ってもいいかと聞かれても、性分的に嫌だと言ってしまう。が、私を一人にしておくという選択肢はないのか。


「朝食が途中だったので、お腹が空かれているのではと思いまして」

「そんな気分じゃないわ。わかるでしょ」

「では紅茶だけでも如何ですか? 温まりますよ」


 私は顔をしかめながら上半身を起こした。ベッドの縁に座って、不知火を睨みつける。


「こういった時、貴方はいつも引かないのよね」

「はい。よくご存知で」


 にっこりと口角を上げる彼の表情には、悪気しか浮かんでいない。ため息を吐きながら、注がれた紅茶に口を付ける。私にとって適量な砂糖はもう入れてある。特に機嫌が悪いときは多めにすることも、彼は知っている。


「…美味しいわ」

「左様でございますか。とても、嬉しいです」


 カップを置き、スコーンに手を伸ばそうとした。が、ふいに手は動きを止める。

 

「…私は、我慢して結婚すべきなのかしら」


 チョコチップの入った焼きたてのスコーンはとても美味しそうだ。だが、食べるなと言われれば我慢できる。私は手を引っ込め、自身の膝に組みなおす。


「お嬢様は、どうしたいのですか?」

「そんなの…結婚したくないに決まってるじゃない。よく知りもしない相手なんか。嫌な奴でも、結婚してしまったら一生一緒にいないといけなくなるし…」

「では、それが答えですね」


 不知火はスコーンの乗ったお皿を、私の前に差し出す。手を伸ばしたくなる好意に、自然と体に力が入る。


「でもそれは、高梨家のためにならない、のよね」

「…高梨家の安泰だけを考えれば、ご結婚されるのが一番でしょう。ですがそれは、誰が幸せになりますか?」

「それは……叔母様も、この家に仕えてくれているメイドの人達も、貴方だって」

「私は幸せではありません」


 圧を感じる物言いに思わず肩を跳ねる。彼のそんな声は初めて聞いた。いつもの笑みはそこにはなく、見据えるような真剣な眼差しが、私を捕らえる。


「私は、お嬢様の幸せを、自身の幸せだと感じております」


 それは、執事としての言葉なのか。それとも不知火としての言葉なのか、私にはわからなかった。

 彼はスコーンを一つ手に取ると、私の口元へそっと運んだ。


「花恋お嬢様が我慢する必要なんて、ありません」


 眼前にあるスコーンと微笑む不知火を交互に見つめ、私は口を開けた。齧ったそれは、やはりとても美味しかった。








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