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2時間後の世界

 放課後の美術準備室。

 イーゼルや油絵が所狭しとしまってあるはずのその場所が、ある日変貌を遂げていた。

 うぐいす色の砂壁、古くてでかいタンスの上には日本人形が鎮座し、床の間には「根性」とぶっとい字で書かれた掛け軸。空いているスペースは畳1枚分くらいしかないのに、そこはコタツが大半の場所を占めていた。14インチの小さいテレビは、今時ありえない室内アンテナで、ガチャガチャと手で回すタイプのチャンネル。窓枠には、場違いな真っ黒なスーツとネクタイがかかっている。

 そんな昭和な部屋で、私を見て、きょとんとしている男が1人。

 前髪が邪魔なのか、黒い髪の毛を噴水のように頭のてっぺんで結んでいる。赤いはんてんを羽織った上、コタツに背を丸めて入っているその男と私は、数秒見つめあった。


「すいません」


 私はとりあえず、扉を閉めた。

 今のは一体何? 確か昨日までは普通の美術準備室だったはずだ。普段から空想に走りがちな脳みそが、今日を境に空想の世界から抜け出せなくなったのか。

 私はもう一度だけ、今度はほんの少しだけ、扉を開いて、そっと覗いてみた。


「お嬢さん、寒いなら、中にどうぞ」


 いきなりドアが開き、私は前のめりに倒れる。

 はんてん男がにこやかにそこに立っていた。





「まあまあ、どうぞ。ああ、座布団はないから、許して」


 どこから持ってきたのか、お茶を出しながらその男は言う。


「あ、お気遣いなく」


 私も何言ってんだ! なぜかコタツに入り込んでしまった。

 だって今日は特別寒い。丸出しの膝が冷えて仕方なかったのだ。コタツが目の前にあれば、誰だって入ってしまうだろう。


「お嬢さん、お名前は?」

葉野雪はのゆき

「ここの高校の子?」

「2年生です」


 フンフンとうなずいて、男はズズズとお茶をすする。

 暖房器具がコタツしかないから、背中が寒い。


「あのう、あなたは? ていうか、ここ、昨日までは普通の美術準備室でしたよね?」

「ああ。ここ、異空間だから。あ、俺の名前? 俺、ナツ。呼び捨て以外ならなんて呼んでもいいよ〜。俺、呼び捨てされるの嫌いなんだ」

「わかりました。じゃあ……ナツ君で。私のことも好きに呼んで下さい。って、なんか今、さらっとおかしなこと言ってましたよね?」

「え? 言った?」

「ええ。異空間とか、異空間とか、異空間とか、異空間とか?」


 男……ナツ君は首をかしげて、奥二重の切れ長の目を細めた。丸みのある唇が、笑みを浮かべる。


「おかしなこと? ほんとのことなんだから、しょうがなくない? ええと、雪ちゃん」


 ほんとのこと?! いやいや、ありえない。これは夢だ。うん。夢だ。

 そんな風に言い聞かせてみたが、夢にしてはリアルで、何もかもが現実感に溢れている。

 お約束だが、頬をつねってみる。……痛い。


「……まじっすか」

「まじっす」

「まじっすか」

「まじっすよ」

「……いやいや、オニイサン、うまいねえ。私、ちょっと寝ます。現実逃避してみます。つーか、夢から逃避したいんで、一眠りしていいですか?」

「どうぞどうぞ」


 とりあえず、寝よう。うん。起きたら、きっと現実に帰ってる。夢とはえてしてそういうものだ。いや待て、これが夢なのに、寝て起きたら、どうなんの?


「雪ちゃん、これは現実よ? 現実から逃げちゃあいかんよ」


 ナツと名乗った男が、楽しそうに私の肩を叩いた。そっか、現実か。そうかあ、現実かあ。


「って、おかしいだろうが! あんたなんなの? 学校で何してんの? 不法侵入じゃないの? それとも最近赴任した美術教師なの? それで生徒との恋とかが始まっちゃうの? これって、そういう物語なの? 相手は私なの? いや、あんたけっこうかっこいいからそういう路線でいってもいいけど、あんたのその格好はどうなの? なんでこんなに昭和30年な部屋なの?!」

「質問が多すぎて答えきれないけど、恋物語じゃないし、俺は教師じゃないよ。なんつうか、妖怪系」

「意味がわかんねえし!」


 赤いはんてんを着た噴水頭のこの男の服がだっさい赤ジャージであることに、いまさら気付いた。名札までついてて、「なつ」と平仮名で書いてある。だせえ! こんな妖怪いてたまるか!


「あ、その顔は俺のこと知らないな? まあしょうがないかな。俺とおんなじ妖怪は俺を含めて3人しかいないから。つまり超天然記念物よ? 触ってもいいけど、いやらしい触り方はしないでね」

「触りませんから!」

「それでは、さて、この部屋に訪れた記念に、いかがかな?」


 そう言って、彼は直径15センチはある丸い水晶をコタツの中から取り出した。

 光が当たると、水晶の内側が虹色に輝く。覗き込むと、ボブカットの私の顔が映った。

 なんでコタツにこんなもんしまってんの?


「これって、なに? 占い?」


 占いするにしては場違いすぎる。あの掛け軸、よく見ると、「根性」の横に「なつ」って書いてある。自分で書いたのかよ! しかもなんで「根性」?!


「イエッサー。ご名答。俺はね、この占いで、君の2時間後を占う」

「2時間後……」


 なんでそんな中途半端な時間?


「君の2時間後を占うと、俺は君から2時間の時間をいただく」

「はあ?」

「君の何十年だか何年だか何日だかわかんないけど、君が生きるべき時間から、2時間をもらうわけ。つまり、君の寿命が2時間縮まる」

「はああ? なにそれ」

「俺にとっての食べ物が時間なわけよ。君らが野菜やらごはんやらを食べるように、俺は時間を食べるってこと。ギブアンドテイ〜ク。君の2時間後を占う代わりに、君の一生の内の2時間を俺にちょうだい」


 真顔な男。口をきゅっと閉めて、ただ私をじっと見つめる。黒目が大きいその瞳に一瞬ドキッとしてしまったのは、単なる勘違いだろう。


「2時間ね……。まあ一生のうちの2時間なんてたいした時間じゃないし、やってよ。占い」

「後悔しない? その2時間が貴重だったりするよ? 例えば君が事故にあって、死にかけて病院に連れてこられて、あと2時間あれば、親や友達と会えたのに、その2時間が足りないばっかりに君は誰にも会えずに死ぬってこともある。あとは病気にかかって、危篤になって、あと2時間あれば家族が間に合ったってことも。あとは、好きな人に会えるはずが、2時間足りないばっかりに……」

「いや、あのわかったんで。もうたとえ話はいいっす」


 彼は真顔のままだ。なんだか急に2時間が惜しく思えてきた。

 でも、信じる方がばからしいじゃないか。時間を食べる妖怪なんて聞いたこともないし、ありえない。


「いいよ。占ってよ」

「なにを占う?」


 そう問われて、天井に目を泳がせて考える。占ってもらいたいこと……未来のことで、知りたいこと。しかも2時間後に起こりうること……。


「そうだ。私が、今から好きな人に告白するとして、どうなってるか!」

「オーケー。まあ、見てな」

 

 ナツ君が水晶に手をかざすと、水晶の中の虹色がその色味を強め、水晶全体が虹色に輝いていった。プリズムの光のように揺らいでいく水晶を見ているだけで、なんだか彼が言っていることが真実であるような気がしてきてしまった。

 やがて、光は弱まり、私の顔がさっきのように映る。それもまるで水面に石ころが落とされたような波紋を広げて消えていき、その奥に、何か画像がうすぼんやりと見えてきた。


「すっごい……!」


 思わず感嘆の言葉が漏れた。だって、こんなこと、ありえる? 私が映って、私が……


「って見るんじゃねえ!」

 

 なんとそこに映ったのは、彼が着ているような赤ジャージに身を包み、どっかのおばはんのように寝転がってせんべいを食べながら、テレビを見ている私。


「高校生なのに、ババくさいねえ」


 自分だっておんなじような格好してるくせにクスクス笑うナツ。お前にだけは笑われたくない。

 顔が赤くなる。私、自分の2時間を彼にあげたのに、なに? 恥さらしただけじゃん。


「なんなのコレ。私の2時間返せよ。まじで」


 つい彼の胸倉をつかんで凄むと、彼はにやにやと笑って、「どうどう」と両手を前にやる。 

「ちゃんと時間を指定しておけばいいんだよ。1時間後に告白、その1時間後にお返事もらうって手筈を組めばいいんだよ」

「ああ、そっか。……それ、先に言えよ」

「あはははははは」

 女怒らせると、怖いんだからね。





 幸せって、本当にあるんだ。

 水晶に映った私は、好きな人から「つきあおう」というメールをもらっていた。

 半信半疑のまま、占いの結果を見た1時間後、告白。その1時間後、水晶に見た通りの結果が訪れた。

 顔が自然とにやにやする。明日、ナツ君に会ってお礼を言おう。彼の言うことはいまいち信じられないけど、占いが当たったことは事実なのだから。






「今日、英語の小テストだね。勉強してきた?」

「は?」


 登校してすぐ、友達に話しかけられ、私は呆然としてしまった。

 告白が成功したことに浮かれて、すっかり忘れてた……。

 一夜漬けだけど、昨日しっかり勉強しようと思っていたのに。小テストといえど、成績に入る大切なテストだ。やばい。

 私は職員室に向かうと、美術の先生のところへ向かう。


「あの、美術準備室のカギ、貸してほしいんですけど」

「え? 昨日、忘れ物したって言ったから、貸したじゃない。まだなんか忘れてたの?」


 そう、昨日準備室に行ったのは、美術の授業で使ったイーゼルにシャーペンを置き忘れてしまって、取りに行ったのだ。たかだかシャーペン。けれど、あのシャーペンは好きな人の筆箱からいただいた――つまり無断で盗んだ――まあ、ちょっとばかり汚い手段でゲットした宝物だった。

 昨日それは取り戻せなかったが……。




 

 先生には、まだ忘れ物をしていたと言って、カギを借り、私は美術準備室の前にやって来た。

 またナツ君に会えるだろうか?

 不安と期待を抱きつつ、扉を開ける。


「ナツ君!」


 彼は昨日と同じ、昭和な部屋でコタツに収まり、グウグウと寝ていた。


「ナツ君! ねえ! 起きてよ! 占いやってほしいの!」


 無理やりたたき起こすと、彼はヨダレをふきながら、体を起こした。テーブルにはヨダレの水溜りが出来ている。……汚い。


「占い〜? やめときなよ〜。寿命が縮まるよ〜? チリも積もれば山となるっていうでしょ〜? 24時間以上は止めなよ〜。時間は大切にしなきゃああかんぜよ〜」

「わかったからあ。小テストがあるの。それが見たいんだけど……」

「しょうがないねえ」





 

 チリも積もれば山となる。確かにそうだけど、所詮は2時間の積み重ね。私は彼の言う通り、24時間だけ使おうと決めた。12回分。あと、10回分もある。

 少ないのか多いのか、しかし未来がわかるという誘惑に私は負けて、何度も彼のところへと訪れた。

 扉を開けるとただの準備室だったこともあったけど、たいがい彼のあの古臭いダサダサの部屋を訪れることが出来た。彼はいつも噴水頭に赤いはんてん。たまに青いはんてんだったりもしたけど、だっさい赤ジャージは変わらない。

 一度「趣味が悪い」と言ってやったら、「あんただって部屋で着てるじゃん」と言われてしまった。うん。反論できない。


 高校2年生という大事な時期。内申を考えるなら、成績は常にキープしておきたい。テストの前は決まって彼のところを訪れた。

 彼氏と喧嘩すれば、彼のところへ。仲直りするのを確認して、ほっと一安心する。

 そうこうしている内に、私は彼の言う「24時間」に達してしまったのだった。




「これ以上は止めなよ。まじで」

「お願い! これが最後!」


 今日彼のところへ来たのは、やっぱり占いが目的。だって、彼氏と近年まれにみる大喧嘩をしてしまったのだ。ささいなことで始まった喧嘩だったから理由なんてもうわからない。

 でも、別れるか別れないか、そんなところまで発展してしまった。

 さらに私はちょっと仲のよかった男の子に告られた。仲直りできるなら、彼氏とラブラブしてたいし、だめなら、この男の子に乗り換えても……なんて打算的なことを考えてる。

 女ってのは恐ろしいね。好きだ好きだと言いつつも、裏じゃあこんなことも考えてるんだ。

 どっちにしても、どうなるのか結果を早く知りたい。

 彼氏をあきらめて、別の男の子のところに行くのにも、覚悟ってもんがいる。時間がほしい。

 だから、早く、知りたい。

 


「ナツ君!」

「あのさあ、たった1日って、馬鹿にしてるでしょ?」

「たった1日じゃ〜ん。い〜じゃんい〜じゃん」

「でも、1日だよ。その1日があるかないかで、どんな最後になるか、変わってくるんだよ? 時間は大切にしないといけませんぜ奥さん」

「わかってますわ。お隣の奥さん。これが最後ですってばあ」

「しょうがないわねえ」


 気持ち悪いオカマ声を出しながら、ナツ君は水晶を取り出した。 

 ナツ君は最近少しだけ太ったみたいだ。まあ、スレンダーなのは相変わらずだけど。今くらいがちょうどいいと思う。

 私の時間を食べているんだから、太ってきて当たり前なのかもしれない。


「なにこれ〜!」


 不満の声をあげたくなるのも仕方ないと思わないか?

 だって私は長くて暗い廊下の前でただ立っているのだ。

 たぶん学校の廊下。灰色の廊下の真ん中にのびた白い線だけが、闇に浮いて見えて、不気味だ。

 

「肝試しでもしに来たのかなあ?」

「これだけじゃあ、わからんねえ」


 ナツ君も首をかしげているが、こころなしか楽しそうだ。ムカツク。


「もう1回……はダメよね?」

「イエッサー。社長。女に二言はあっちゃあいけねえや」

「……さっきからあんた、なにキャラなの?」


 ちきしょう。あと1回くらいいいじゃん。でも、ナツ君はもう水晶をしまって、テレビに見入ってる。

 アンパ○マン見てますけど、あんた何歳?


「もう! 帰る!」

「じゃあねえ」

「占いはもうしないにしてもさあ、またここに来てもいい?」


 ここは意外と居心地がいい。ナツ君は、なんかボーとした人で、何も話さないでいても落ち着けるんだもん。……彼が普通の人間だったら良かったのに。


「あの暗い廊下、怖かったね。あれ、なんなんだろ?」

「大丈夫よ〜。暗くてこわ〜いものの先には、明るくって楽し〜いものがあるもんなのよ。人生なんてそんなもんさ」


 相変わらずテレビを見入りながら、彼はそう言ってくれた。

 バ○キンマンが「ばいばいき〜ん」と叫びながら、吹っ飛んでいく映像が見えた。





 私は彼氏に呼び出され、暗い夜道を走っていた。

 占いの結果はわからなかったけれど、仲直りの電話っぽかった。

 うれしい。ドキドキする。

 早く行かなきゃ。ナツ君のところにももう一度行ってみよう。仲直りできたって報告しなきゃ。

 もう占いはしてもらえないと思うけど、会うことくらい出来るよね?





 横断歩道を渡っている、その時だった。

 光が2つ、私に向かって突進してくる。それがトラックだとわかったのは、体に強い衝撃を受けたその瞬間だった。

 痛い、と思った。でも、それは一瞬で。生暖かい何かを体全体に感じて、逆に体は先っぽから冷えていくような不思議な感覚がした。

 倒れた私の頭、そのすぐ横に、黒い革靴がピチャリと音を立てた。


「だから、あんなに警告したのにさ」


 聞いたことのある声。私は目線を上げる。目線を上げたつもりだった。けれど、上がったのは目線ではなく、どうやら、魂ってやつみたいだった。

 見下ろすと、私が倒れている。ああ、見ていられない。ひどい状態だ。血がいっぱい出てる。

 その血の海に革靴を片方だけ突っ込んで、笑っているのは―――


「あんたもひっどいやつだよねえ。わざわざ、すぐ死んじゃう子をエサに選んでさあ」

「なあに言ってんの。これが俺なりの優しさよお。この子、俺が時間を食べてあげたから、即死できたんじゃん。26時間……正確には25時間と57分、病院で苦しみぬいて死ぬはずだったんだから。うん。優しさだ。俺様の半分は優しさで出来てるのよ」

「お前はバファ○ンかっつーの」


 黒いスーツ、黒いネクタイ。彼のあの昭和な部屋にあったのと、同じやつ。

 噴水頭も今は整えられ、目にかかるくらいの黒髪が、風で揺れていた。

 奥二重の切れ長の目が、楽しそうに、笑ってる。

 彼の隣には、金色の髪をした、彼より背の高い女の人。女の人だけど、彼と同じ、黒いスーツに、黒いネクタイ。

 彼女も仲間? 彼の言った、超天然記念物?


「あんたのいう優しさってのもいまいち信じらんないよ。人間なんて1分1秒惜しんで生きてんじゃん」

「最近はそうでもないよ。時間を大切にしないやつなんて山のようにいるさ。俺のチンケな占いごときに自分の時間を捧げちゃうんだからね。俺はおいし〜くそれを食べちゃってるだけ」


 闇夜に浮かぶ月の下、彼は皮肉な笑みを浮かべる。

 メラメラと怒りが燃え上がった。私は、寿命を食べられたのだ。あと、約26時間、生きられたはずなのだ。

 私の時間を返して! そう言ったつもりだったのに、声は出ていなかった。

 だって、彼はさんざん言っていた。時間を大切にしろと。ないがしろにしたのは……私自身。

 どこに向けていいかわからない怒りを、腹の底に押し込めながら、起きてしまった出来事をただ鵜呑みにすることしか出来ない。


 月明かりの下で、私を見下ろす彼。噴水頭と赤はんてんではわからなかった、妖艶な魅力。

 黒いネクタイが風ではためく。その立ち姿が、異様に美しくて、私は認めてしまった。彼は、確かに、妖怪だ。この世の者ではない、あやかしの者―――。


 やがて、私の目の前に、真っ暗な廊下が現れた。これが一体なんなのかわからない。水晶で見た通り、学校の廊下にすごくよく似ているけど、別物なのは明らかだ。

 天国への道か、地獄への道か。もしかしたら転生への道かもしれない。はたまた、無の世界への道か。

 どんな道でも進むしかない。

 彼はいつも真実しか言っていなかったのだから。

 信じて、進むしかない。

 暗くて怖いものの先は、明るくて楽しいものがある。そう信じて。


「さようなら。雪ちゃん」

 

 ナツ君の声が聞こえた。それはこの魂の私に言ったのか、血の塊と化した私の体に言ったのか、わからなかった。

 彼はどこか遠くを見ていたから。


 廊下に一歩踏み出して、もう一度、彼を見る。


 ああ。今頃気付いた。

 あのスーツ。

 あれは、喪服だったんだ。


06/12/08 投稿作品


長編向けの設定の物語です(笑)

これもいずれ長編にして書き直す予定です。

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