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手を取って。

「あら。なにこれ」

 母の手に1枚の手紙。

 少女マンガ雑誌の付録だったかわいい女の子の描かれたその手紙。

 遠くの大学に進学することが決まった私は、1人暮らしを始めることになり、母と一緒に荷物の整理をしていた。

 どこからか出てきたその手紙は、小学校4年生の時の担任、岡部先生に宛てられたものだった。

 こんなもの書いた記憶無いな、そう思いながら、母から手紙を受け取る。


『岡部奈々子先生へ』


 子どもながらの汚い字。

 糊付けもされていない封筒をあけ、中を見ると、へたくそな絵が見えた。

 そうだ。この頃は漫画家になりたいなんて思っていたっけ。


『先生、私、最近とても悩んでいることがあります。それは、由奈ちゃんのことです』


 4年生の時の担任だった岡部先生は、私たちの担任を終えると同時に結婚し、退職した。

 岡部先生はとても優しくて明るく、いい先生だったから、私は大好きで、すごく懐いていた。

 だから、私は岡部先生に相談しようとしたのだ。

 由奈ちゃんのことを。



 蓋をされ、閉じ込められていた記憶が甦る。

 私は嫌なことをどんどん忘れていく性質だから、すっかり忘れていた。

 小学生の時の、あの思い出。


『私、由奈ちゃんが嫌いです。私、もっといろんな友達と遊びたいのに。

 先生は「由奈ちゃんといろ」って。「幼馴染なんだから」って。

 由奈ちゃんは大人しい子だから、友達がつくれないのはわかっているけど、私はもっとたくさんの友達といっぱいしゃべりたい。

 一緒にいたい友達が他にいるのに、由奈ちゃんは嫌がるから、私は他の友達と遊べない』





 幼稚園からの幼馴染、それが由奈ちゃんだった。

 私と由奈ちゃんと絵里ちゃん。

 家が近所だった私たち3人は本当に仲が良くて、お互いの家を行き来し、毎日遊んでいた。

 それが小学校2年生まで。

 3年生になった頃、私たち3人の関係は崩れた。

 女の子3人組。必ずあぶれる者が出る。あぶれたのが私だった。


 そのことに関して、私はあまりよく覚えていない。

 嫌なことをすぐ忘れる、それが良くも悪くも私の性質だから。

 母が言うには、3人で遊んで帰ってくると、私はいつも泣いていたそうだ。

「由奈ちゃんが絵里ちゃんばっかりにひっついて、私を仲間に入れてくれない」と。

 だから私は、別の友達をいっぱい作った。

 そしてそれは、私にはプラスに働いて、たくさんの友達を作ることが出来るようになったのだ。



『由奈ちゃんといても、楽しくない。無理やり一緒にいるのに、由奈ちゃんは嬉しく思うのかな?』




 私が通っていた小学校は2年ごとに一度、クラス替えが行われた。

 3,4年とクラスが違うことで、私と由奈ちゃん、絵里ちゃんは完璧にもう離れていたのだが、5年生のクラス替えで、私たち3人は同じクラスになってしまった。

 私はもう別の友達と仲良くしていたし、2人とまた仲良くする気にもなれなかった。あぶれるのは私、それがわかっていたから。



 5年生の時に担任になったのは、松山ふみという先生だった。

 えこひいきがひどく、ヒステリックなこの教師を私は好きになれなかった。

 由奈ちゃんは引っ込み思案な性格が災いし、友達が出来ず、教室で独りになることが多かった。

 いじめという社会問題が浮上し始めたこの頃、教師はそれをとても不安に思っていたのか、教室で孤独な彼女は、時折、クラスの問題にあがった。

 だが、いじめはなかった。

 皆、独りの彼女を気にしていたし、昼休みは「一緒に遊ぼうよ」と声をかけた。

 けれど、彼女はいつもそれを断り、いつも独りでいた。

 だから、松山先生が「由奈ちゃんをいじめているのではないか」と話題にしてくる度、信用されていないと、クラスのフラストレーションは溜まっていっていた。


 


『このままじゃ、由奈ちゃんは中学生になったら、いじめにあう。学校に来なくなる。どうにかしなきゃと思うけど、どうすればいいのかわからない。岡部先生、教えてください』




 6年生になって、担任はまた松山先生だった。

 すごく、すごくショックだった。

 私は松山先生が嫌いだったのだ。

 松山先生は、私を「いじめの主犯格」と疑っていたから。



「ねえ、今度からさ、一緒に学校行こうよ!」

 6年生になって急激に仲良くなった友達から、こう誘われた私はその話にすぐ乗った。

 それが、いけなかった。

 由奈ちゃんと私は5年生になってから一緒に登下校していた。

 これも、先生に頼まれたから。

 由奈ちゃんと仲のいい絵里ちゃんは部活をしていたため、登下校を共にすることが出来ず、私がその任を受けたのだ。

 由奈ちゃんは独占欲が強く、自分が仲のいい子と一緒にいる時に他の子が入ってくることを嫌がる。

 最初にのけ者にされたのは私だったのに、今度は私にくっつき始めたのだ。

 ……きっとどこかでわだかまったままだった。

 のけ者にされたこと。

 もしかしたら、私が由奈ちゃんから離れようとするのは、由奈ちゃんに対する復讐だったのかもしれない。

 私は、この時、由奈ちゃんを、突き放した。

「ごめんね、私、いつも遅刻ギリギリだから、由奈ちゃん、今度から先に学校行って」

 嘘と一緒に。私は由奈ちゃんの手を振りほどいた。




 それは、由奈ちゃんの母親からの報告だった。

「由奈が登校を1人でしてる。あの子が、1人にさせた」

 もちろん、犯人は私で。

 松山先生は、朝、大声で怒鳴りながら、私を名指しした。

「あんたが、由奈ちゃんのことをいじめてるんでしょう?!」

 疑われ、責められることをまだ知らなかった私。

 クラスのみんなの前でそれを受けたことは、ひどい仕打ちに感じた。

 由奈ちゃんを1人にさせたことは、確かなことだ。

 だけど、クラスの皆がいる前で、いじめていると断定されたことは、とてもくやしいことだった。

 いじめていない。

 かろうじてそう言った。

 その後もいじめていると疑われた生徒が数人、別の教室に呼ばれ、責められた。

 皆、いじめていない、と言った。

 けれど、いじめだと先生は言いはった。




 由奈ちゃんはもともと学校を休みがちで、私は由奈ちゃんが休むと、その日の授業内容と連絡事項の書いた紙を持って、彼女の家へと訪れた。

 学校を休んだわりに元気な由奈ちゃんと、お菓子を食べ、少ししゃべり、バイバイする。

 そんな日が多かった。


 私は心配だった。

 嫌いだったけど、幼馴染で、ずっと友達であることに変わりはなかったから。

 人と接することを恐れ、小さなことで傷つき、引きこもる彼女がこの先、私や絵里ちゃんと別の道を進んだ時、誰とも仲良くなることが出来ず、家に閉じこもってしまうことは目に見えていた。

 私は、ある日、由奈ちゃんにメッセージを書いた。

 授業内容と連絡事項の書いた紙。

 その片隅に。

『友達は待ってるだけじゃ、できないよ』






 私のメッセージは届かなかった。

 それを書いたその日の夜、松山先生から電話があった。

「由奈ちゃんのお母様が言ってたんですけど。友達は待ってても出来ないってそんなこと言う筋合いはないんじゃないですか?」

 そんなことを、言っていたらしい。

 電話を受けた母は憤慨し、私に言った。

「あんたは間違ってない」


 先生に信用されない。

 それが苦痛だった私にとって、母の言葉は本当に嬉しかった。

 こぼれる涙。

 うれし涙と、悔し涙だった。

 悟ってしまったのだ。

 どんなに由奈ちゃんのことを考えても、通じない。

 阻むものが多すぎて、彼女に伝えることが出来ない。

 過保護な由奈ちゃんの母、私を疑う松山先生。

 大人はいつも、物事を表面上でしかすくい取ってくれなくて、もう私にはどうすることも出来ないのだと――そう気付いてしまった。




『岡部先生、私、由奈ちゃんが嫌いです。でも、どうにかしてあげたい。どうすればいいんですか?』




 手紙は、机の引き出しの奥底にしまわれて、岡部先生に届くことはなかった。


 由奈ちゃんは中学校には最初の数日しか訪れず、すぐに不登校となった。

私は、『先生は信用出来ない』という小さなトラウマを抱えながらも、いじめとかそういうものと全く無縁のまま、大学生になる。


 由奈ちゃんの今。

 それはわからない。

 ただ、噂だけは聞く。

 いまだ家から出ず、家に引きこもったままだと。


 私は、由奈ちゃんをいじめていたのだろうか?

 いじめかどうかはいじめられた側がどう思ったか、で決まる。

 由奈ちゃんがいじめだといえば、きっと私は彼女をいじめていたのだろうし、いじめていないといえば、いじめていなかったのだろう。

 由奈ちゃんの母親や、松山先生はいじめだと決め付けていたけれど。

 結局一度も由奈ちゃんの気持ちを聞くことは出来なかった。

 たまに思う。

 由奈ちゃんと、顔と顔を合わせて、話したいと。

 由奈ちゃんの気持ちが聞きたい。

 きっと、それは叶わぬ願い。



 一方的な私の独りよがりではあったけれど。

 その手を振りほどいたこともあったけれど。

 由奈ちゃんと離れたいと思っていた私。

 由奈ちゃんを助けたいと思っていた私。

 矛盾する気持ちの中で、それでも、やっぱり私は、どこかで願っていた。


 ねえ、手を取って。



06/11/11投稿作品。


実話をベースに書いた作品です。

思春期の女の子の友達関係って恋愛感情と似たものがあるような気がします。

だからこそ難しく、こじれることも多いのではと思います。


この作品には、作者がまだ思春期だった頃に感じたことや思ったこと、様々なものが詰まっていて、晒しておくのが恥ずかしかったりもします(笑)



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