スナック杏奈
捜査を開始してから、二週間が過ぎた。
少しずつ、大島可奈子と三船敏朗の関係が判明し始めた。
三船敏朗は、二年ほど前に妻を亡くし、独り身となった。寂しさを紛らわすため大島可奈子が経営するスナックに入り、親身になって話を聞いてくれたママに居心地の良さを感じたのだろう。
三週間に一度は、店に出入りしていた。
「これが、現在の捜査状況です」
「保険金については、どうだ?」
「はい。三船敏朗死亡により、本来二千万円程の保険金が大島可奈子に入るはずでした。こちらは、不審に思った保険会社が支払いを保留しており、連日大島可奈子からクレームの電話が、何度も入っている模様です」
「佐久間警部、水銀の方は何かわかったかね?」
「こちらは、難航しています。水銀は今は販売されていませんが、誰でも体温計を壊せば採取可能です。車内に撒かれた水銀を大島可奈子が行った証拠はなく、立証が難しいと思います」
「立証は厳しいか・・・」
「佐藤健太の方はどうだ?」
「佐藤健太の家宅捜査を行いましたが、事件の特定になる薬物反応はありません。ただ、興味深い物が出てきています」
藤田が、思わず身を乗り出した。
「興味深い物?何かね?」
「生命保険です。三船敏朗とは違う保険会社ですが、受け取り人は、あの大島可奈子です。ただ、三船と違い佐藤健太自ら契約し金を支払っています。こちらは愛人のために保険金の支払いを大島可奈子にしたと大島可奈子が口にすれば、どうすることも出来ません」
「では、根拠はあっても証拠がないから逃げても見ていることになってしまう。そんな馬鹿げた話はない。佐久間警部、何か打開策はないのかね?」
佐久間もさすがに頭をかいていた。
「本部長、少し攻め方を変えましょう。大島可奈子の店に潜入して、彼女の性格などを分析してみます。三船敏朗と佐藤健太の家宅捜査からは毒物が検出されないため、外での使用しかないと感じます。少し時間をください」
こうして佐久間たちは、スナック杏奈に乗り込むことにした。
「いらっしゃい。あら?初めての方ね?」
「ああ。空いているかな?」
「どうぞ。マスターご新規さん二名、奥の席に入りまーす!」
店内は、思ったより広く、ソファーの座り心地もいい。まだ、早い時間帯のせいか客足も少ないようだ。
「どうも、アケミでーす!」
「はいオシボリ。お客さん何やってる人?」
「二人とも、ただの公務員さ。世間の端っこで、静かに生きてるって感じでね」
「面白い人。おじさまは、何か刑事って感じがするな。コワモテだし!」
山川は顔を赤らめて、
「この顔でよく失敗してるんだよ」
「おじさまも面白い人ね。二人は同僚?」
「ああ、そうだよ。たまに息抜きしたくて。君はママさんなの?」
「いいえ、ママはあそこにいる人よ。ほら、あの赤い服の人」
山川は、食い入るように見つめる。
「おじさま、ママのことタイプなの?目の前にこんなに若い私がいるのに」
「ああ、オヤジになると、若い子に相手してもらえないから、どうしても同じ年くらいに目がいくもんさ。アケミちゃんが相手してくれるとおじさん、嬉しいけどな」
「まっ、おじさまったら?」
「今日はまだ早いから、お客さん少ないね。飲みやすいよ」
アケミは、佐久間に近づいて少し小声で話始める。
「違うの。最近、このお店の常連さんが二名亡くなってるの。それで他の常連さん少なくなっちゃって」
「ほう。常連さんがね?じゃあママも結構、大変だね。もちろん、君も大変だ」
山川は、少し酔った振りをしてカラオケを始めた。
そして、席を立ちカウンターで歌い始めた。
その隙に、佐久間はアケミに話を聴いた。
「いつ頃から、少なくなったのかな?」
「二週間くらいかな。静かなスケベなおじさんがはじめに事故で。次にイカツイ金持ちそうなおじさんが亡くなったみたい。二人ともママ贔屓のお客さんだったの」
「ママさん、モテるんだ。でも君の方がモテるだろう?」
「私?私はずっと空き家よ。試してみる?」
佐久間は、ドキドキした。
「試してみたいね。でも、サイフが寂しいから金が続かないよ。こうして、お店で楽しむのが性に合ってるかな」
アケミは、ボトルの酒を少し足しながらまた小声になった。
「私はこのお店ヤバイと思うんだ」
「どんな風に?雰囲気が?それとも経営がヤバイと思うのかな?」
「水商売やってるとね。お店の空気が澄んでいる時と濁っている時がわかるの」
「ほう?凄いな。若いのに空気読むことが出来るなんて。大したもんだ」
アケミは少し嬉しくなったのか、どんどん口を開いて話続ける。
「ママったら、最近怒りっぽいの。前借りはさせてくれないしさ。四月初めの頃は、まだ良かったわ。何かもうすぐ大金が入るって、前借り全然オッケーだったし。何か羽振りも良かったのにね」
「ママには、恋人は?」
「沢山いるみたいよ。どれが本命かは知らないけどね。空き家の私には羨ましいかな?」
佐久間は、山川に合図を送る。
山川は、引き続きカラオケを頼んだ。
「さっきの前借りの話、辛いねぇ」
「わかりますぅ?嬉しいな」
「羽振りがいいって言ってたね。どんな感じで良かったのかな?」
「お客さんのツケを認めたり、私には時々臨時ボーナスくれたり。今は全くないけど。クスリでもやってるのかって思ったわ」
「そんなに感情の起伏が激しいんだ?」
「そうよ。前に外にお客さんのタバコ買いに行った時に偶然聞いちゃったの。何か誰かにイチゴだかクスリがどうだか話してた。何かの暗号かしら?」
「他には?何か聞いた?」
「うーん。あんまり覚えてないなぁ。・・・あっ。二度も水金使わないって話してたかな?水曜日と金曜日何に使うのかイミフだった」
『水銀のことだ。遠くからだから、聞き違えたのだろう』
佐久間は小声でアケミに忠告した。
「いいかい、アケミちゃん。今の話は絶対にママには確認をしてはダメだよ」
アケミはキョトンとして尋ねる。
「何かヤバイの?」
「ああ。ママが外で会話してるってことはお店でできない話をしているからね。何であんた、そんなこと知ってるのかってママの気がおかしくなる気がしないかい?」
「そういえば、そうね。知らない振りしないとクビになっちゃう」
「ママは、クスリの知識豊富なのかな?君のさっきの話少しだけ不思議に思ってね」
「おじさま、クスリやる人なの?」
「まさか。公務員クビになりたくないさ。ただの興味本位だよ」
「なぁんだ。よくわからないけれど、時々話してるわ。コリンだかコハクだか、あとクロロとかカタカナ多いな。何かのドラッグかしら?」
「おじさんもわからん。やめようか、この話。楽しく飲もう!」
こうして、長い夜が過ぎた。