密告
六月十七日、十三時から高田清の告別式がしめやかに行われた。
佐久間たちは、葬儀場には入らずに外から高田紀子の様子を観察していた。
「あれが、高田紀子か。見た目は派手でありませんね。普通の主婦ということでしょうか?」
「そんな事ないわよ?」
「ーーーーーー!」
佐久間たちは、虚をつかれ、思わず振り向くと、若い女性が嘲笑うように立っていたのだ。
「誰だ!お前は?」
「警視庁って横暴なのね。初対面よ?」
オンナは山川を一別すると、佐久間に話しかけた。
「あなたが、上司の方でしょ?」
佐久間は、山川を御しながら
「警視庁捜査一課の佐久間と申します。高田紀子さんのお知り合いですか?彼女のことを何か知っていたら、お話を伺いたい。近くの喫茶店でコーヒーでもいかがですか?」
「・・・いいわ。でも、その横暴な方はご遠慮してくれたらね」
「なにぃ?」
「・・山川さん、高田紀子の方を頼む。わかりました。私だけお話を伺います」
五分後、二人は喫茶店でコーヒーを注文した。
「すみません。私はコーヒー。彼女にはグレード高いブルーマウンテンを」
「やはり、あなたは紳士な方ね。あのオジサンとは別格だわ。この間、高田の家の前で土下座した方でしょ。痺れたわ。その時、思ったの。あなたは信用出来るって」
「・・・あれを、見てたんですか?お恥ずかしい。でも、あれは正直な気持ちでしたんですよ。・・・今日は、告別式に?」
「私は、井上遙。三十二歳。独身よ」
佐久間は照れ笑いした。
「いや、申し訳ありません。ご丁寧な自己紹介ありがとうございます」
「あなたって、本当に紳士ね。無理に名前を聴こうともしない。あのオジサンなら、きっとすぐ『お前は誰だ?何の目的で近づいてきた?』なんて、聴くんでしょうね?」
「我慢しているんですよ」
「我慢?している?」
「ええ。私も刑事ですからね。有益な情報をくれるかも知れない方を目の前にして、色々と伺いたい。でも・・・」
「・・・でも何ですか?」
「・・・コーヒーが来ていません。話はコーヒーを飲みながらが一番良いとは思いませんか?」
二人は目を合わせ、思わず大笑いした。
「空気読むのが、お上手ね。コーヒー来てからお話しましょう?」
ちょうど、その時、注文したコーヒーがテーブルに運ばれてきた。
「では、頂きます」
井上遙は、美味しそうにコーヒーを二口飲んだところで、話を始めた。
「私は、高田紀子と同じスナックで働いているわ。あの子、見た目は地味だけど裏で色んなオトコと付き合っていてね。私のオトコも寝盗られたの」
「高田紀子がですか?スナック業界も大変ですね。あなたの彼はいつ頃?」
井上遙は、テーブル越しに佐久間に顔を近づけて小声で話を続けた。
「半年くらい前かな。ただ寝盗るだけなら恥ずかしいだけだから、密告なんてしないわ。話はまだ続くの。あの子、裏で絶対に人を殺してるわ」
「・・・人を?証拠はありますか?」
「私、悔しくて時々、あの子のこと尾行してたのよ。あの子には、仲の良い友達がいてね。あの子の自宅や友達の家も
覚えたわ。ある日あの子はお店をズル休みしたの。ちょうど、お店はフル回転でさ。ママにお願いされたのよ。『無理矢理でも連れて来なさい』って。仕方なく、あの子の家に行ったの。でも不在だったから、今度は友達の家にね」
「ほう?それからどうなりましたか?」
佐久間は、タバコに火をつけた。
「二十二時を回った頃かな?あの子が友達の家から泣きながら出て来たの。やたら、周囲を警戒しながら、走り去ったわ。それで、友達の部屋を訪ねてインターホン鳴らしたんだけど、不在なの。ひょっとして、殺されたんじゃないかしら?」
佐久間はタバコの火を消すと
「部屋の中は確認されなかったんですか?」
「・・・だって、怖いんだもん」
「いつ頃の話ですか?」
「あなたを見かけた二日前だから、六月十三日の二十二時過ぎかしら?」
「・・・四日経過か。まずいな。遙さん、私は直ぐに現場を確認しに行きますが、一つだけ、聴かせてください。あなたと高田紀子で取り合った男性はどんな方ですか?」
井上遙の表情が少し曇った。
「あまり話したくないのですが、三田村という男性です。頭が良くて、強いオトコ。そしてお金持ちよ」
「それは、魅力的な男性ですね。彼はどんな職業かご存知ですか?」
「・・・詳しくは知らないわ。でも薬の知識は半端ないわ。最初、医者かと勘違いしたくらいだから。スナックでは、始め私が彼と付き合っていたのよ。それを途中であの高田紀子が、横取りしたの」
「薬の知識とは、どのようなものですか?・・・もしかして、毒物学に関する?」
「・・・私は逮捕されるの?」
「・・・いいえ。何もしてなければ逮捕はされませんよ。何か彼と共犯になることでもしたのですか?」
「・・・私はしてません。でも、高田紀子はしているかも知れない」
「どういうことです?・・教えてください。遙さん。まだ間に合うかもしれません」
「・・・聞いちゃったんです。店の外で多分、三田村とだと思いますが」
「何を聞いたんですか?」
「パラチオンありがとう、使ってみると。何かの薬じゃないのかしら?」
「いつの話ですか?」
「六月の初めよ。その話を聞いてから、二週間経って、旦那が亡くなったと聞いてもしかしたらと思って、気づいたら高田紀子の自宅に行ってたわ。そこで、あなたを見かけたの」
「ーーーーーー!」
・・・繋がった・・・
佐久間は、井上遙の手を握り頭を下げた。
「・・・勇気ある証言、ありがとう。事件はこれで進展します。あなたの事は守りますが、ご自分でも身を大切にしてください。特に三田村とは、あまり連絡を取らないように。警察は、三田村を今後、マークするでしょう。三田村の所在はお分かりになりますか?」
「居場所は、私は知りません。多分、高田紀子も知らないんじゃないかしら。連絡は、彼からしか来ないの」
「では、携帯番号を教えて頂けませんか?」
「三田村は携帯を使用しません。いつも公衆電話からの連絡だったから」
「なるほど。用心深い男性だ。遙さん、先ほども話しましたが、これ以上はあなたの身も危険だ。三田村からは手を引くこと。いいですね、あなたまで犯罪者になることはない。まだ間に合います」
佐久間は、力を込めて井上遙の手を握り、喫茶店を後にした。