高田紀子と国本香織
高田清が亡くなる二日前の六月十三日、高田紀子は、短大時代からの友人である国本香織の自宅に遊びに来ていた。
国本香織の自宅は、東京都杉並区の荻窪駅と阿佐ヶ谷駅のちょうど中間に位置し、近くには東京女子大や女子美術大学、大宮八幡宮、善福寺公園などもあり人気が高いスポットでもある。
田舎は福島県郡山市だが、高田紀子が結婚して荻窪駅の近くに定住したことから思い切って、購入した。
国本香織自体、結婚願望は昔はあったが自立した生活を送りたかったこともありマンション購入に踏み切った。
二人は、学部は別々だったが、留学先であるアメリカのテキサス州で、同じシェアハウスで一緒になり、意気投合。
自由奔放な性格の高田紀子と少し内気で慎重な性格の国本香織は正反対の性格でありながら、互いを必要とした。
それから十年来の付き合いだ。
昔から、旦那と上手く行かない時や、スナックでトラブルを抱えたり、困った時は決まって国本香織のところへ顔を出していた。
年末年始は、旦那とではなく香織と毎年過ごすのが恒例となっている。
「よっ!これ、今日のお土産。いい香りでしょう?奮発したわよ!」
「まぁ、綺麗。スズランね。」
「あまりにも綺麗だったから、あんたの部屋に合うと思って」
「今日は、どうしたの?また、旦那と喧嘩でもしたか?それとも客と浮気でもしたか?」
「・・・浮気かな?」
「まっ、お盛んね!独り身の私には羨ましい限りだわ、全く、あんたは?」
「少し疲れてね。あんたのところに現実逃避しにきたの。今夜泊まって行って良いでしょう?」
「いいわよ。旦那の方は大丈夫なの?」
「今夜、あいつ会社に泊まり込みだから平気よ。だから、今夜はスナックの方もズル休みするつもり」
「・・・私が経営者なら、クビだね?」
「厳しいですなぁ、香織のダンナは?」
国本香織は、熱い紅茶を入れ高田紀子に差し出した。
紀子は待ってましたと言わんばかりに紅茶を一口飲むと、安堵の表情をした。
「・・・今日はダージリンね。あんたの紅茶はホントにいつも美味しいわ。心から惚れ惚れする。いつもの話でクドイけど、紹介するから。ねっ、お店出してみなさいよ?」
「出しません。これくらい、誰でも時間と愛情をかければ入れられるわ。例えば、あんたでもね?」
「ねぇ、香織?晩ごはんどうしようか?」
二人は、学生時代からよく食事を一緒に作った。今夜も同じように学生時代に戻って作ることにした。
「今夜は時間があるから色々作るか?」
「そうね。アメリカでよく食べたあれも作ろうよ!」
「そうと決まれば、買い出しに行くわよ。紀子。あんたの奢りでね?」
「了解であります。国本上官どの!」
二人は、腕を組み、近所の普通のスーパーよりも少し質の高いスーパーを選んだ。
そこで、美味しそうな素材と香織の好きなワインを買い込み、二時間掛けて、調理を楽しんだ。
〜 二十二時 〜
二人は、ゆっくりとワインを飲みながら昔話に話を咲かせていた。
「うーん。やっぱり、ワインはいいわ」
お気に入りのワインを頬張り、香織は上機嫌だ。
「あんた、前から聴こう聴こうと思ったんだけど、何でスナックに勤めてるの?旦那の稼ぎ悪くないんでしょ?」
紀子も、顔を赤らめながら、ワインをお代わりし、いい飲みっぷりだ。
「私は男が好きなの。飢えた男がね。・・・ウチの全然良くないし」
「・・・下手なの?」
「下手もいいとこよ。一回り違うし。最近なんて、中折れするし、早いし。結婚する時は束縛されないし、大人の男だから、そこに魅力を感じたわ。でも、もう本当にウンザリ。最近はね、離婚を本気で考えてるんだ」
「やれやれ。私はあんたの旦那は良いと思うけどな。浮気の心配ないし、誠実そうだし。普通が一番だよ。地味な人生一番良いと思う」
「そう?あんたにあげるわ。ウチの」
「プッ、あんたのお古はいらないわ。だって下手なんでしょ?私もどちらかといえば上手い方がいいもん」
二人は、目を合わせて大笑いした。
「でも、それがあんたがスナックに今でも勤める理由なんだね」
「・・・ねぇ、紀子?」
「・・・ん?」
「・・・子どもは作らないの?・・・もう適齢期じゃない?私は相手から探さなきゃなんないけど」
「・・・子どもは欲しいよ。でも、旦那の子どもはいらないわ。産むなら、今の彼かな?」
「・・・! 何なに?あんた好きな男がいるの?私の知ってる人?清さんじゃなくて?スナックで?」
「・・うん。とても危険な香りがする男。彼といると、私はオンナに戻れるの。頭も切れるし、悪党過ぎて、そこがもう堪らないわ」
「こりゃダメね。あんたの人生だから、あんたが決めればいいけど、別れるなら清さん、普通の人だから、しっかりと振ってあげなさいよ」
「さすがは香織ちゃん。あんただけよ。昔から私の考えを肯定してくれるの。・・親に話したら、絶対にぶたれるわ」
「あんたは、否定される程燃えるから。呆れているだけ。見放しはしないけどね。でも、悪党なんでしょ?大丈夫なの?」
「歳は、旦那より上だけど、とにかく凄いのよ。オンナで良かったと思うわ。頭脳で勝負して、色んな女の扱い上手くて。お金も稼ぐし、でも決して捕まらない。そんな男よ!」
「・・・頭痛いわ。最後の恋といったところかしらね。ある意味映画みたいよ。まぁ、頑張んなさい。応援はするわ」
紀子は、時計を見ながら急に涙を流した。
そして、香織に強く、強く抱きついた。
「・・・ありがとう。・・・香織、ホントにありがとう。・・・こんな私のこと信じてくれて」
「・・・そして、ごめんなさい。・・・私のためにあんたの人生犠牲にして」
香織は、もらい泣きしながら、優しく紀子の手を解き、右手で涙を拭った。
「・・・馬鹿ね。あんた、柄にもなく何言ってるのよ?・・・何泣いてるの?こっちまで、もらい泣きしちゃうよ?・・・あれ?・・・何かめまいが?・・・・紀子?・・・紀・・・子?」
香織の景色が、永遠の闇へと変わった。
しばらく、永遠の眠りについた香織を眺めていた紀子は、掛かってきた着信の表示を見て、胸をギュっと抑えた。
〜 公衆電話 〜
「・・・終わりました。ええ。次は、ダンナを・・・わかりました・・・」