疋田の訪問
翌朝六月十五日、捜査本部では昨夜の出来事が会議で整理されていた。
「・・・つまり犯行は佐久間警部たちの目の前で行われたと?」
「はっ、申し訳ありません。大島可奈子が男と口論となり、我々の横を通過し、表に出て行きました。我々は、外に出て行く男の背中を見ていた瞬間に起こりました。大島可奈子は男に引き止めようと、叫んだのは覚えています」
捜査本部長の藤田が尋ねる。
「叫んだ?大島可奈子は何を叫んだのだ?」
「ちょっと、待ってください、疋田さん!だったとおもいますが・・・」
「何者かわかるかね?捜査を開始してから初めて聞く名前だな・・・」
「儂は、県会議員だよ」
「ーーーーーー!」
捜査本部の誰もが、ドア入口に視線を移し、固まった。
「県会議員の疋田さん・・ですか?何故ここが?」
疋田は、笑いながら本部長の藤田に答えた。
「どうもこうも、昨日事務所に戻ったら居酒屋で会った女が、儂が店を出た途端倒れたと変な電話があったんじゃ。間違いなく、直前までいた儂は疑われるんじゃ。お前たちが、儂を探す時間より儂が直接説明に来た方が早かろうて。秘書が警察庁に確認したら、それは警視庁で捜査していることを教えてくれたわい。警察庁から連絡来てないのか?お前たちの組織体制も不思議だの?」
藤田は、深々と頭を下げ謝罪した。
「・・・先生、わざわざ助かります。こちらの内部連絡がつたなく、誤解を与える結果となり、申し訳ありません。県会議員さんをこちらから尋ねるには手続きやら、上層部に説明やら何かと時間がかかり、捜査が遅れるところでした。心より御礼申し上げます」
「こんな事件早く処理して儂を容疑から外すことだ」
「勿論でございます」
疋田は、近くの席に腰かけ、捜査員が疋田にコーヒーを入れ運んだ。
佐久間は、頭を下げ質問をした。
「捜査一課の佐久間と申します。昨夜は知らなかったとはいえ、大変失礼をいたしました。大島可奈子が、二件の事件に関与している疑いがあり、ここ三週間ばかり尾行をして、動向を細かく調査しておりました」
「ほう?あの女、儂を強請るだけでなくそんな大それたことをしてたのか?死んで当然のワルじゃな」
「先生にお尋ねいたします。わざわざお越しいただき、回りくどい質問は辞めて直球で質問する無礼、ご容赦ください」
佐久間は一度、藤田の方を見てから疋田に尋ね始めた。
「先ほど、大島可奈子に強請られたとお聴きしましたが、どの様なご関係ですか?お答えが可能な範囲で結構です」
「佐久間くん!」
藤田は、佐久間を制止しようとしたが、疋田はまんざらでもない様子だ。
「佐久間警部といったね。儂は駆け引きは嫌いだ。駆け引きは政治家とのやり取りだけでいい。お答えしよう」
疋田は、コーヒーを二口ゆっくり飲み、話を始めた。
「あの女、大島可奈子は最初、講演会で会った時に、儂の事務所に寄付を申し出てくれたんじゃ。儂の政治理念に共感したと話しておった。そして、その後ボランティアで儂の選挙運動や資金集めに尽力してくれての。儂も多少は目をかけ始めたんじゃ。しかし、ある時、儂が、ある女性と逢引しているところを見たようでの。もし、その女が邪魔なら、薬でいつでも処理するから、自分を側におけと強請ってきたという訳じゃ。頭にきた儂はさっさと見切りをつけ、店を後にするのを君は見たのだろう」
「それで、あの時突如、店を出られたと。しかし、先生の事務所に電話があったそうですが、店員か誰かから連絡があった、そういう事でしょうか?それとも、匿名の電話だったのでしょうか?」
「事務所で電話に出た人間の話だと、男の声で連絡があり、指名を尋ねたところ、名乗らず電話を切ったそうじゃ。儂にも想像が全くつかん。逆に質問するが、大島可奈子には、誰か裏に付いている男がいて警視庁は特定しておるのか?」
「恥ずかしながら、まだそこまで捜査が進展しておりません」
「なら、何か進展があれば、儂に連絡をよこせ。儂を嵌めようと企む輩は、少しお灸を据えねばならんからな。これは命令じゃ。良いな、本部長の藤田くん?」
「・・・・はっ。承知いたしました」