連続不審死
東京都二十三区西部。
三月二十一日、二十二時三分。
東高円寺駅近くの路上で、単独の交通事故が発生した。
この事故で、車を運転していた三船敏朗(六十歳)が頭を強く打ち死亡した。
現場検証の結果、三船敏朗のバッグから痴呆症の抗生剤が見つかり、病院に確認したところ、二週間程度前から通院履歴が判明したため、痴呆症による運転ミスが原因であると所轄署は判断し、交通捜査係は単独の事故処理で完結させた。
しかし、この事故が、後に連続毒殺事件に結びつくとは、まだ誰も知らなかった。
「いらっしゃいませ〜!二名さま、ご新規で〜す!」
今夜も、薄暗いピンクネオンの店内で、大島可奈子は張り切って、店を切り盛りしていた。
「なあ、ママ聞いたか?爺さんの話?」
「何のお話?誰かの遺産相続か何か?それとも大物芸能人でも亡くなった?」
「違う違う!三船の爺さんだよ」
「三船さん?そういえば、ここ一ヶ月見えてないわね?」
「事故死だってよ!先週夕方のニュースをたまたま見てたら、爺さんが出ていてよ、たまげたよ。ママ、見てないのかい?」
「見てないわ!それ、本当なの?あの人、ツケ払わないで逝っちゃった。どうしよ?」
「爺さんのツケ幾ら?」
「三万八千円くらいかしら?」
「しゃーねーな。俺が香典代わりに納めてやるよ。その代わり・・・な?」
「もう。・・・まっ、いいかぁ」
「そうこなくっちゃ!今夜は高いボトルも入れるぜ?」
「本当に?サービスしなきゃね!」
四時間後、二人は布団の中で、三船の話をしていた。
「お店では、あまり話せなかったんだけど三船の爺さん、痴呆症だったらしいよ。知ってたかい?」
大島可奈子は、天井を見つめながら三船の顔と記憶を思い出していた。
「痴呆症には、見えなかったな。いつも人のお尻触っては冗談ばかり言ってたし。ニュースでそう言っていたの?」
「ああ。でも、やっぱりおかしいな?人間、すぐに痴呆症になるかね?爺さん、三週間前に飲んだ時、ピンピンしてたよ。俺、警察に聞いてみようかな?」
「佐藤さんは、三船さんと知り合いなの?」
大島可奈子は、佐藤の髪を撫でながら尋ねた。
「きっと警察は取り合ってくれないんじゃないかしら?事故死とニュースで言っていたんでしよ?あまり、首突っ込まない方がいいわよ?誰が見てるかわからないし。何だか怖いわ?」
「なぁ〜に。大丈夫だよ。警視庁に佐久間警部っていう、凄腕の刑事がいると噂を聞いたことがある。俺みたいな人間の話でも、キチッと聴いてくれるらしい。彼に相談してみるよ」
「・・・辞めた方が良いと思うけどな。それよりさ、佐藤さん?相談があるの。聞いてくれる?」
「相談?お金か?それとも付き合い?」
「ヤダァ。違うわよ。友だちの話よ」
「友だちがどうかしたのか?」
「あのね。私の友だちが保険会社を始めて色々勧誘して、顧客を集っているの。親友だし、何とかしてあげたくて。私があなたの保険、最低限の掛け金で払うから名義だけ使わせて欲しいの。・・・ダメかな?」
「・・・構わんよ。俺が死んだら金はお前にやるよ。保険だって掛け捨てなら月に五千円くらいだろ?自分で払えるよ」
「本当?・・・ねっ?もう一回しよ?」
大島可奈子は、佐藤に抱きついた。
そして、熱い夜はまだまだ続く。
それから、一ヶ月後。
佐藤健太は、仕事が多忙なこともあり、佐久間警部に相談することもなく、哲学堂公園近くのベンチで眠るように遺体となって発見された。