山形 羽黒山
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京都や奈良の旅をした、ずっと後のことだった。わたしは山形の庄内を旅した。十一月のことだった。
わたしは京都、奈良や高野山、比叡山を参拝し、関西中心の仏教観を否応なしに叩き込まれるにしたがって、それに反抗してみたい気持ちが湧いてきたのだ。関西から離れた東北にかえってもっと興味深いところがあるのではないか。
山形旅の目的地は、月山、羽黒山、湯殿山からなる出羽三山だった。
この羽黒山が大変に良かった。あまりにも良かったので、わたしはこの後に長編ミステリーを書く時に、探偵役の名前をつい羽黒祐介と名付けてしまった。そういう点でも大変お世話になった霊山だった。
わたしが山形の出羽三山に訪れようと思ったのは、出羽三山に祀られている即身仏が見たかったのと、ただ東北の霊場がどんなものか、一目見ておきたいという気持ちからだった。
あの神秘的な湯殿山のことも書いておきたいのであるが、湯殿山の内側のことは「問うな語るな語らば死ぬ」と昔から言われていて、何があるのか、ちょっとこの場では言えない。
もっとも出羽三山の研究書や寺巡りの本には、本当のことがはっきりと書かれているし、地元の方も簡単にばらしていたので、控えることもない気もするが、ここはあえて語らぬこととする。
ところで芭蕉は湯殿山についてこんな句を残している。
語られぬ 湯殿に濡らす 袂かな
ただ即身仏のことだけは書いておきたいので、湯殿山系の寺である大日坊については、いずれ書くこととしよう。
羽黒山は、鶴岡駅からバスで随神門まで四十分ほどの場所にある。
随神門をくぐると、そこはまさに杉に囲まれた密林といった感じで、そこから2446段の石段が延々と続いている。
その山道の途中に、国宝の五重塔があるのである。少し白っぽい色をしている、大変に鄙びた五重塔で実に趣きがある。
さて、その先は……。わたしはだんだん息が切らして死にそうになりながら、急な石段を登っていった。
そういえば、年配のご夫婦が、あまりの怖さに石段を四つんばいで登っていた。
日本の霊山といえば、比叡山、そして高野山が有名だ。わたしはこのふたつとも訪れたことがあった。しかし、羽黒山の澄んだ空気はまた格別だった。
巨大な杉の連なるのを見て、ああ、これが霊山か、とあらためて思った。
涼しさや ほの三か月の 羽黒山
これは芭蕉の残した句である。
羽黒山の山道を登ってゆくと鳥居があって、その先に出羽三山神社が建っている。実に大きな茅葺屋根である。ここには神仏集合の名残りがある。