京都 清水寺
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さて、今回で華厳の章は終わりである。どういった思想かお分りいただけただろうか。と言っても、思想が語られているのは「東大寺」の回だけなのであるが。
次回からはようやく唯識思想に入っていきたいと思うが、完全に歴史を逆行してしまった。唯識はインド仏教の最も高度な思想と言えるだろうから、中国仏教の天台や華厳よりも前のものなのである。まあ、歴史順でなくでも良いだろう。
これ以降のスケジュールを説明すると、次回の唯識の章の中で法相宗総本山の興福寺とその他のお寺をいくつかご紹介し、その中で良いお話があったら紹介したいと思う。その後は禅の章として、他のお寺をいくつか紹介した後に、南禅寺の回で禅の話を紹介し、自分の考えのようなものを述べて、このエッセイをまとめることとしたい。
それにしても清水寺は多国籍な状況が続いている。京都と言えば何と言っても清水寺なので、あっちの国からほいほい、こっちの国からほいほいと人が集まってきて、大変に国際的な雰囲気になっている。かつての長安もこんな感じだったのだろうか。……よく分からないが。
ところが僕と言ったら清水寺の舞台を見て、そんなに感動した訳ではない。むしろ何に感動しているのかよく分からないが、みんな喜んでいると思っていた。僕はといえば坂を登って、舞台を見て、この騒々しい状況は一体なんだと思って、坂を下ってきただけに違いなかった。あの舞台から飛び降りてみれば、多少は面白いのかもしれないが、そのせいであの世ゆきになってはかえって成仏できない。お寺に行って成仏できなくなってしまっては元も子もない。
だからそんなにこの清水寺が記憶に残っているわけではない。そういう訳なので、清水寺が好きな方には今回の回は非常に申し訳ない。何か良い話でもなかったか、と思うが特に思いつかない。
しかし、この清水寺、元は法相宗、今は独立して北法相宗なのだという。唯識思想の説明を開始するのに、先立ってちょうど良いではないか。
ちょっとだけ、唯識思想をばらしてしまうと、全ての存在は自己の概念によって生じているという話になるだろう。例えば「花がある」と言う時は、本当に花があるのではなくて、我々が「花」という概念を持って「それ」を見ているから「それ」が「花」として存在しているように認識されるということである。概念が生ずる前には「それ」はただの名前もない「それ」であって、花弁などがたくさん集まっている名前もなき「それ」でしかない。この花弁たちを一まとめにするのも自己の概念であり、それを「花」という存在として認識するのも自己の概念であり、それを「花」と呼ぶのも自己の概念である。元々は「花」などどこにもない。唯識というのはそんな教えである。
なんか愚痴っぽい回になってしまったので、念仏を唱えて締めることにしよう。これで帳消しということにしよう。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。




