京都 広隆寺
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このエッセイで仏像の話を書くのは大変である。何しろ読者は写真もなしに、その仏像の外見を想像しなければならない。それなのに仏像の外見が話題のメインとなって延々と語られるのだから、たまったものではないだろう。そう思って、仏像の話は避けてきた。しかし、そうしていると話のネタも切れるというものである。
そこで今回は僕流の楽しい仏像の見方を書くことにしたのである。
仏像を見る楽しみは「印象」「細部」「バランス」「予備知識」「創意」の五つにある。これをKan流の仏像観察ポイントという。ちなみにKanというのは筆者のユーザーネームである。ちなみに勘違いされていそうなので断っておくと、Kanとは観音のカンではなく、カンガルーのカンである。その秘密は明かすことはないだろう。知りたくもないだろうと思うので、さっさと次の話題に移りたいと思う。
まず僕が一番大事にしているのが「印象」である。仏像は第一印象というものが最も重要である。こういうのは理屈ではない。また仏教の解説にとらわれることもない。自分だけの大変に貴重な体験となる。仏像というのは多くを見る前は、どれも同じようだと思っているのだが、実は阿弥陀にしたところで、平等院の阿弥陀と三千院の阿弥陀では全く違ってくるのである。その印象の中心は顔である。顔というよりかは表情である。出来ることなら仏像と目を合わせてほしい。そして仏像を友達のように思って見つめてほしい。大変なことが起こるだろう。素晴らしい仏像というものは生き生きとして話しかけてきそうになる。
次に重要なのが「細部」である。全体を見て色々なものを感じ取ったら、少しばかり時間が余る。時間が余ったら、近づけるだけ近づいて観察を開始する。色彩の残っている部分や、切金文様という金箔を細切りにしたものを貼り付けていったものなど、見れば見るほど興味深い点が増えてくる。そうした装飾は平安時代後期つまり十二世紀のものに大変多い。それと目が木を彫ってつくった彫眼か、水晶製の玉眼か、などといった点も観察できる。水晶製の玉眼というのは鎌倉時代に流行ったものだ。鉈張りの仏像は彫った細かい痕を観察することができる。こうして細部を見ることは工芸的に仏像を見ることだと思う。
工芸的に見る場合、まずそれが木の仏像なのか、金属の仏像なのか、粘土製の仏像なのか、漆でつくった仏像なのかという点も問題となる。だんだん見て分かるようになる。土っぽくて、こね回した気配があるのが塑像と言って粘土製の仏像である。金属と木の仏像はパッと見、分かりづらいがよく見ると分かるようになる。また、木でつくったものだとしても、木材を組み合わせて作る寄木造と、一本の木を彫っていってつくる一木造の違いがある。平安時代前期は一本造が多く、平安時代中頃に定朝によって寄木造が流行ることになる。そうすると小さな木から大きな仏像がつくれるので、コスト削減になったのだ。
そうすると寄木造の場合と一本造の違いも細部に出てくる。寄木造の場合、坐禅している仏像だと、太ももの付け根から避けていることがある。このような点も注目すると面白い。
次の「バランス」も重要だ。これは遠退いて観察してみよう。すると仏像のバランスが良いものとひどく悪いものとが出てくる。大変にバランスが良いものは美しく、バランスが崩れているものはひどく滑稽というか、下手をすると参拝者の心を不安にしてしまうものである。
次の「予備知識」であるが、美術的な観察であっても少しは仏教の知識があった方が楽しめるというものだろう。これは例えば、観音というものは蓮華のつぼみ、水瓶を持っていて、慈悲の仏であるとか、阿弥陀というのは極楽浄土の仏で阿弥陀定印という印を結んでいるとかいうことである。本当はあまり重要ではないと思っている。……というのは、先輩とある仏像を見に行った時に、その先輩は細かいことばかり聞いてきて、もっと肝心なところを見逃していたからである。仏像というのは仏教の理想を体現しているのだから、あまり細かい説明をするよりもじっと観察して感じるものを感じとれば良いというものだ。それを頭で理解しようとばかりするから、作者の意図が分からぬのだと思う。
……とは言え、あまりにも予備知識がないと疑問ばかり生じて楽しめないというものだろう。まず、それが何という仏でどういう信仰をされてきたかということ、そして手に持っているものが何か、ぐらいは調べるか、解説書を持っていくと良いかもしれない。特に博物館の特別展で全国の仏像が一堂に会するというような場合は、それがオススメである。ただお経に書かれていることと信仰されてきたことは違う場合があるので注意を。例えば観音はお経では男性であるが、仏像といしてはインドの女神がモデルなので女性として信仰されているケースもある。どちらが真実ということはない。
そして、非常に重要なのは「創意」というものである。作者の創意というものは微妙なところに現れる。手に持っているものなどはお経で決められていることなので、作者の創意は出ていない。例えば、先ほど言ったようなバランスなどのようなところに作者の創意は現れてくる。それと顔であり表情である。慈悲深い微笑みを浮かべるものもあれば、私は無であると言わんばかりの仏もいる。そういう微妙な表情が最も重要である。それと体型もそうである。基本的に痩せすぎ、太りすぎ、マッチョの三種類しかない気もするが、太りすぎのマッチョとか色々なバリエーションがあって、それが仏像の個性となる。そうして意外と盲点なのが衣文である。衣のしわのことである。この彫りが深いのと、浅いのがある。また彫刻的に複雑な衣文もあれば、絵画的で記号的な衣文もある。平安時代前期だったと思うが、立っている像の衣文に、UYを合わせたものが流行った。正面の衣文が腹までUの形に折り重なってゆき、腹の下あたりから両腿にしわが寄せてゆき、Y字になってゆくのである。こういう単純なものもあった。
まあ、仏像というとこんなところである。ただ見るのでなくて、比較することが重要だと思う。比較をするとお互いの個性が強調されて、違いが見えてくる。それとできる限り素晴らしい仏像を見ることである。信仰という点では選り好みは駄目だが、美術という視点では、駄目なものは駄目、嫌いなものは嫌いと言わねばならない。
予備知識としては、時代が重要である。仏の種類を知らなくても、時代を知っておく方が楽しめる。適当に時代を書き分けると次のようなものだ。
飛鳥時代……痩せたエキゾチック仏。
白鳳時代……丸っこい童顔仏。
奈良時代……写実的で理想的。塑像が多い。痩せすぎず、太りすぎていない。
平安前期……太りすぎのけばけばしい密教仏。頭髪多め、ぼうぼうとして、目は見開かれている。全体の彫りが深く、荒々しく勢いがある。
平安中期……痩せていて上品、頭髪細かく、目は半眼気味、全体の彫りは浅く、絵画的。
平安後期……丸々としてあまり個性がなく、つるっととしていて量産型。中期の真似が多い。装飾が増える。
鎌倉時代……写実的で人間くさく生々しい。工芸的に最高潮に達している。玉眼を使用。
室町時代……凜とした感じ、常識的。
江戸時代……江戸っ子の喜びそうな滑稽さと洒脱さがある。親しみやすい。
仏像の時代を把握して、観察すれば、比較も身のなるものとなってくる。しっかりと学習されてくるという感じである。
それでは、ここで全国の素晴らしい仏像のご紹介をしたいと思う。京都ではまず第一に平等院の阿弥陀如来坐像、これは平安時代中頃のもので、仏師定朝の傑作である。阿弥陀ということであれば、三千院の阿弥陀如来坐像がより丸みを帯びていて円満であり美しい。また東寺の立体曼荼羅は密教伝来当時の新鮮さとけばけばしさが目立っていて、迫力があり実に見事である。それに加えて清涼寺の釈迦は霊験あらたかなオーラを持っていて素晴らしい。ちなみに、これから述べる広隆寺の弥勒菩薩も有名である。
仏像というと奈良の方が傑作が多い。法隆寺には釈迦三尊と百済観音、そしてまだ拝んでいないが救世観音という傑作がある。興福寺は無著・世親像、そして何よりも阿修羅などがある。薬師寺には薬師如来と日光・月光・観音菩薩の金銅仏の傑作がある。新薬師寺には重厚感溢れる薬師如来と躍動感あふれる十二神将が凄んでいる。さらに加えて室生寺、長谷寺、飛鳥寺、聖林寺……。奈良は傑作が多すぎて数えてゆくだけ無謀な気がしてきたので止めよう。
関東の方なら、どうしても関西と比べると質が落ちるというか、サイズの小さいものが多いので物足らない気もするが、高幡不動には平安時代の丈六の不動明王像があり、五百羅漢寺には江戸時代の羅漢像が溢れている。鎌倉にゆけば、鎌倉大仏、長谷観音、杉本寺にも興味深い仏像が祀られている。関東で優れた仏像を見たいのなら、お寺で見るのとは雰囲気が数段劣るが、東京国立博物館に行けば良いと思う。
東北の仏像というと、惜しくも訪れることができなかったが勝常寺の薬師如来、羽黒山の出羽三山博物館には土着の匂いのする仏像があるし、中尊寺の金色堂の仏像も最高級なものだろうと思う。
それで広隆寺の話であるが、この弥勒仏は大変に美術的価値が高いとされる。国宝第一号だとか言われている。広隆寺は仏像の宝庫であるから、是非とも訪れていただきたい。
おばあちゃんと二度目の京都旅行をして、この広隆寺に訪れた。まあ、童顔な弥勒仏があったというぐらいの印象であったが、念願の広隆寺であったから嬉しかった。
弥勒というのは釈迦の後継者であり、五十六億年後にこの世の教主となる存在である。王子さまというような感じだろう。だから弥勒は、釈迦の若き日の悩み苦しむ姿をモデルとしたポーズを取っている。このほおをつくような悲しげなポーズは半跏思惟というものである。まことに考える人だった訳である。




