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滋賀 比叡山3

★★★★

 仏教とは何かということを一口で言うと「我は空なり、しかれども空の中に真実の我あり」というような感じだろう。どんなに難しいことを言ったって、これ以上に重要なことはない。これを禅の言葉で言うと次のようなことになる。


  本来無一物(ほんらいむいちもつ)無一物中無尽蔵むいちもつちゅうむじんぞう


 これは「人間は本来何も所有していない。しかし、その何も所有していない中に無限の可能性が秘められている」ということである。これは所有と可能性という風に訳したが、最も重要な点を強調すると「人間は空である。しかし、その空であることの中に真実の価値が秘められている」ということにもなろう。

 これと同じことで、般若心経を引用するならば、


  色即是空(しきそくぜくう)空即是色(くうそくぜしき)


 ということになる。「物質的存在は空である。しかし空の中に物質は存在するのである」というような意味である。これはつまり物質的存在は空であるというと実に虚無的である。しかし空の中に物質は存在しているというと、今度は存在が実有に帰還する。この戻ってきた時の有とは、初めの有ではない。無一物中無尽蔵の実有である。真実の価値というものである。西田哲学風における純粋経験というようなものである。

 この有(仮相)から空(実相)となり、また真実の価値の有へとたどり着くまでの動きが仏教の基本的な道筋である。



 ところが天台宗の「三諦」はそうはいかない。まずこの世の実相は空であり、虚しいものであると考える。この世は無常であり、全ての価値的概念や存在はあって無いようなものであるという。これを空諦という。

 しかし、それではどうしようもないから、仮にも実有だと信ずることにしよう。そうするとこの世のものが確かに存在しているようで、また感情や快感というものがまことに楽しい。騒がしくて煩悩で苦しいのだけれど、しかし、その有である世界というのはまことに享楽的なのである。だけれどもそれは仮に実有だと信じているだけのことであって、結局は仮の世界でしかない。これを仮諦(けたい)という。

 そうして結局は、虚しき真実の空、享楽的で偽りの有(仮)のどちらにも寄らない中道の認識で生きなければならないと知るのである。これを中諦という。



 これだとたどり着くべき境地は空と有の中間にあることになる。しかし、そのような偽りと虚しさの間に真実の幸福というものが求められるのだろうか。空を虚しさと捉えるのは大乗仏教ではあまり一般的ではないし、空の認識の先に最も真実的な価値と結びつく境地があっても良いはずである。

 空の境地と同じものを別の面から言うと真如(しんにょ)になる。仏教的真理のようなものである。これが何らの価値も伴わず、かえって虚しいものとなってしまっているのは非常に疑問である。

 しかし、これがよく言われるように天台思想のニヒリズムなのである。戦乱の時代に生み出された仏教思想だからこうなのである。平和な隋唐時代に生み出された華厳思想の明るさとは対照的であると言えよう。

 ところで戦乱の時代に生み出された思想も、平和な時代に生み出された思想も、結局は一つだと思う。どちらの思想が真実かと聞かれたら、どちらも真実だと答えるか、あるいはどちらも真実でないと答えるか、そのどちらの選択も可能だと思う。

 テーブルの上に置かれた一枚のコインのどちらの面が表かと聞かれたら、その時に上を向いている方が表だと答えるだけである。裏返れば反対が表となる。戦乱の時代に生み出された思想も、平和な時代に生み出された思想も、結局はコインの一面でしかない。それは裏表の関係で元はただ一枚だと思うのである。

 それが時代というものだと思う。



 しかし天台宗は智顗の思想かというとそうでもなかったのかもしれない。まず最澄がいた。円仁、円珍がいた。そして法然、親鸞たち浄土教の名僧を輩出した。道元、栄西など禅の名僧も輩出した。日蓮も輩出したのである。

 彼らは智顗の思想に従うよりも、もっと独創的であったように思う。仏教というのはオリジナルであることが重視される。特に禅においては、オリジナルでなければ意味がない。お経に(ばく)されるということがある。言葉に縛されるということがある。既成概念に縛されるということがある。禅においては、自己存在の中心から生まれてきたものでなければ、まったく意味を成さないと言っても過言ではないのである。

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