滋賀 比叡山2
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天台宗の開祖というのは中国天台山の智顗大師である。このエッセイでは智顗の天台思想で重要なものを二つほど紹介しようと思う。一つは「一念三千」思想であり、もう一つは「三諦」思想である。
まず「一念三千」とは何か説明しよう。これは自己の一念の内にこの三千大千世界(三千世界)が含まれるというものである。
仏教には古くから六道というものがある。天道、人間道、修羅道、餓鬼道、畜生道、地獄道というものである。人間はこのいずれかの世界に転生するというのである。このサイクルから抜け出すことが解脱であると説明されてきた。
六道を説明してすれば、皆さんご存知の苦しみの極限である地獄道、ただ相手を食べたり相手に食べられたりする恐怖から離れることのできない無知の世界である畜生道、欲望に飢えて満たされることのない餓鬼道、争いの喜びにふけるバトルロワイヤルな修羅道、我々の住む人間道、栄華を極めれて長い喜びを感じているがいつかは終わってしまう天道。
しかし、その六つの世界は実は人間の心の中にあるのである。つまり人間の心の内に天、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄といった世界が内在するというのである。あらゆる恐怖に取り憑かれれば人の心は地獄界であり、欲望に我を失えば餓鬼界であり、根源的無知に染まれば畜生界であり、戦闘欲に酔いしれれば修羅界であり、平常心なれば人間界であり、栄華の喜びを極めればまた天界というものなのである。こうした人間の心に潜んでいる六道にさらに声聞界、縁覚界、菩薩界、仏界の四つを足してこれを十界という。
人間の心の中に十界が存在するように、地獄界の中にも十界があり、仏界の中にも十界がある。十界の中には十界があり、完全な地獄も無ければ、完全な仏界もないというのが智顗の思想である。
すると十×十で百である。さらにこの世の構成要素として十如是がある。相・性・体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟の十要素である。これをかけて千となる。さらにこの世を三世間に分けるので、三をかけて三千種類の世界があるという計算になる。したがってこの全世界のことを三千大千世界(三千世界)という。
天台宗では、この三千世界が自己の一念の内に備わっていることを感じとるということが重要とされてきた。これが「一念三千」思想というものである。
地獄界の中にも仏界があるというのは大変に嬉しい話である。だが同時に仏界の中にも地獄界があるというのは一体どういう訳か。極楽に往生したいと思って毎日念仏を唱えている信者からしたら、こんなありがたくない話もないと思うかもしれない。しかし、これこそ天台のニヒリズムの一面なのである。
人間の心の中に地獄があり、人間の心の中に餓鬼があり、人間の心の中に畜生があり、人間の心の中に修羅があるというのは、全くもって中国の南北朝時代という戦乱の時代に生み出された仏教思想だからに他ならないのである。この思想の背景には智顗大師による人間の浅はかな一面への深い思索があったのだと言う。そうであるから天台思想というものはまず人間の残酷な部分、醜い部分への直視から始まる。
次の「三諦」思想にもこのようなニヒリズムが含まれている。それについては次回ということにしたい。