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岐阜 正法寺

 日本には三大大仏というものがある。その二つまでは既に決定している。奈良の大仏と鎌倉の大仏である。最後の一つをめぐって日本中で意見は対立する。高岡の大仏だとか東京大仏だとか、しかし、私はここに断言する。三大大仏の最後の一つは岐阜大仏である。実際に見てきた私がこう言うのだから間違いない。

 これに対して「いやいや、三大大仏は高岡の大仏でしょう!」 とか「東京大仏こそ三大大仏よ! 」と仰る人がいたら、それはそれで結構。しかし私は岐阜大仏こそ、その美術性と歴史的重要性から言って、三大大仏の候補相応しいと確信するのである。



 そもそも岐阜大仏って何だ、と思っているあなた。そう、あなたである。岐阜大仏は岐阜の金華山の麓にある。金華山というのは、てっぺんに岐阜城を構えるあの山である。その近くを鵜飼で有名な長良川が流れていて、岐阜城からの眺めといったら爽快そのものである。

 米粒のような家並み、輝かんばかりの長良川、太陽に霞む地平線に、盛り上がっている烏帽子のような山々が地平のどこまでも無数に広がっている。この大パノラマを見て、ああ良かった、と思ったら、その足で岐阜大仏に寄れば良い。



 岐阜大仏は江戸時代後期の作であり、江戸時代の仏像の特徴を持っている。撫で肩なんてところはいかにも江戸らしい。頭髪は少し伸びすぎていて、顔つきは少しばかり細みである。こんなことを言うと東大寺派の人々に叱られるが、奈良の大仏さんよりもお顔がよろしい。

 奈良の大仏さんも江戸時代に顔をつくっているのだが、岐阜大仏は全身が完全に江戸っという感じで、その印象は、目黒の五百羅漢寺の五百羅漢を思い出させる。江戸仏像の傑作と言って間違いないだろう。

 世間的にはあまり注目されていない大仏のようであるが、私がこう断言するのだから間違いない。終日、混み合うこともなく、下手をすると岐阜市観光のコースからも外されてしまいそうだが、お暇があったら是非とも行ってみるとよろしい。



 またこのお寺、黄檗宗というところが良い。黄檗宗は江戸時代に日本に入ってきた禅宗で、開祖は隠元(いんげん)、いんげん豆の隠元である。禅に道教が少し混じっているようなものらしい。こうして黄檗宗のお寺までこのエッセイで紹介できたのは良かった。


 ところでこの日、金華山から登山道で下山しようとしたら、道が雨でぬかるんでいて、かといって隣は転ぶと大変な斜辺だし、この山にはイノシシもいるということで参ったものだった。

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