表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/72

和歌山 高野山2

★★★

 仏教には聖道門(しょうどうもん)浄土門(じょうどもん)というものがある。すなわち、自己の修行(自力)によって悟るものと、阿弥陀の慈悲(他力)にすがることによって、極楽浄土に往生して、悟りを開くものである。

 我々に馴染みがあるのは、浄土門の仏教といえよう。浄土門というと、例えば浄土宗、浄土信州、時宗の仏教である。死ねば出家して、極楽浄土に生まれ変わり、阿弥陀の下で修行して悟りを開く。だからこそ、我々は別段悟っていなくても、死者のことはホトケと呼ぶし、そもそも成仏というのは死後訪れるものと思って疑わないのである。

 これほど、浄土門という信仰が民間に流行したのは、やはり鎌倉時代における法然上人、親鸞上人、一遍上人の三者の布教活動によるものだろう。そればかりではなく、浄土信仰というものは、難解な哲学や心理学の入り混じる仏教思想とは違い、阿弥陀仏への信心一筋といった点で、非常にシンプルで飲み込みやすい。また、救済の対象が、下々の心の汚れた凡夫まで及び、人を選ぶということが無かったからであろう。

 実際、その後の歴史を見ても、浄土真宗は百姓(百姓を差別用語と見なし、農民と言い換える場合があるが、百姓とは林業や漁師など、農民以外の多くの職業を含んでいる用語の為、この場合は農民とは言い換えないこととする)を中心として普及し、日蓮宗は商人を中心に普及した。このようにして、日本においては、浄土真宗と日蓮宗が最も普及した宗派であるという印象を持つことができる。

 そこにはキリスト教と同じく、信仰対象を一つに絞るという特徴があった。つまり、浄土真宗は阿弥陀を、日蓮宗は釈迦を信仰した。その点では一神教的な性質を持っていた為に、排他的で情熱的であったのだと言えよう。

 事実、浄土真宗はかつては一向宗の名で知られ、中世においては一向一揆を起こして織田信長を苦しめたことだし、日蓮宗も法華宗の名で知られ、法華一揆で京の都を舞台に戦闘を繰り広げた。これは完全なる宗教戦争だったと思う。比叡山やその他の宗教権力が僧兵として武装していたのは、信仰とは関係のない、領土・権力争いだったのとは対照的である。

 この時、一向宗は完全なる排他的一神教と化していた。阿弥陀以外を信仰する者は地獄に落ちると考えられていた。もはや親鸞上人の意図とは別に、様々な宗教集団を吸収して、危険な別の宗教と化していた。一揆に踏み出すその右足は半分極楽に踏み込んでいて、後ろに残された左足は地獄に近かった。「進まば往生極楽、退かば無間地獄」

 今回は、この話はまったく関係ないので、ここらへんで一向宗の話は中断しよう。浄土門というのはそういう訳で、阿弥陀への信心から、阿弥陀の慈悲によって、極楽浄土に往生できるというものである。



 それでは本題に移って聖道門とは何か。自力の修行によって悟るものである。私はこれの代表を密教と禅であると思う。

 密教と禅は多くの点で対照的である。密教は象徴主義であり、さまざまな表現によって悟りに導こうとする。これに対して禅はただ無言である。けれども禅の無言もまた表現である。曼荼羅の極彩色と水墨画の淡白な世界は相容れないように思う。しかし、この二つは聖道門として、結局たどり着くところは同じなのだ。それは一即一切の空であり、煩悩即菩提である。その先にあるのは無上の慈悲である。

 こうした聖道門の世界は深淵すぎて、凡夫には立ち入れない世界に思える。だからこそ、浄土門の方が受け入れられるのである。

 しかし、密教と禅が同じ結論を出すのであれば、私たちは二つのアプローチによって、聖道門の智慧を知ることができる。すなわち、密教と禅である。



 この高野山の回では、私がこの頃、最重視するようになった真言密教と臨済禅の思想の内、真言密教の思想を考察してゆきたいと思うのでよろしくお願い申し上げ候。

 ちなみに一遍上人の時宗の思想も、浄土門と聖道門の合流地点と見て、非常に重視しているので、いつか、その考察もしてみたいと思っているのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ