表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/72

東京 寛永寺

★★★

 久しぶりに東京の話。それも上野の寛永寺の話をと思っている。学生にはこの寛永寺のある上野公園にある東京国立博物館ほど重要な博物館はない。博物館関連の講義を受けている人間にとっては、足を運ぶ回数は年に一、二回どころではない。レポートを書かされる度に、とりあえずここに来るのであった。したがって、この上野公園は最も馴染みのある公園となる。

 寛永寺は東叡山寛永寺といって、東の比叡山という意味である。もちろん天台宗である。徳川家ゆかりのお寺である……。



 上野公園はかつて全て寛永寺の境内だったと言う。上野公園は友人と何度も訪れた。一人で博物館に訪れたこともあったし、バイト先の先輩とも訪れたと思う。だから大体、アメ横、不忍池から寛永寺あたりまで把握している。

 あの騒がしいアメ横、中国風な地下商店街、のんびりとした不忍池、渋沢邸、湯島天神、清水寺風な清水観音堂、西郷さんとツンちゃん、西洋美術館、科学博物館、上野動物園、東博、寛永寺。

 ここから歩きで、アメ横を通れば、秋葉原にゆくこともできる。

 群馬県の友人が東博で一つの展示ごとに五分近く時間をかけて熱く語っていたのを思い出す。もう一人の静岡県の友人が「このままだと日が暮れるぞ」と怒っていた。



 それにしても、たまに東博に訪れると、日本美術の数々に圧倒される。土器、土偶、埴輪、仏像、金属工芸、漆器、陶磁、曼荼羅、水墨画、書画、障屏画、着物、武具、浮世絵……。

 というわけで、今回は寛永寺の話はここらへんにして、日本美術の話に移りたい。



 そもそも、インドのガンダーラ地方やマトゥラー地方で仏像が作られ始める以前には、ブッダ自身を描いてはいけないという宗教上の制約があった。その頃は、仏像の代わりにブッダの座った椅子やブッダの遺骨を納めた仏舎利ストゥーパを描いて信仰していた。ところがしばらく後になって、ガンダーラ、マトゥラーの両地方で仏像が製作され始めた。それはギリシア彫刻のような仏像であった。この時に、仏教美術は新たな次元に足を踏み入れたのだ。

 さらに仏教美術が、仏教伝来によって日本に輸入されたことは、日本美術史の大きな前進であった。宗教を土台として美術が生まれたという理屈がある。その考えでゆくと、日本のシャーマニズム、ナチュリズム、アニミズムという従来の信仰スタイルではどうにも上手くゆかないのである。つまり神が姿をもたないので、美術が生まれないという具合に……。

 誤解のないように言うと、仏教以前の美術にも宗教美術はちゃんと存在した。土偶も埴輪も古墳の副葬品も宗教美術と言えるだろう。それでも、やはり仏教伝来は美術史的に重大な画期だったことと思う。

 ところで、仏教以前の日本の宗教は神道であるというのは、多少誤解を与えるものと考える。神道とは外国から伝来した仏教を参考にして、天皇家を中心としてそれまでの信仰を体系的にまとめたたものである。つまり神道は仏教伝来以後に成立した宗教なのである。

 仏教伝来以前に日本に存在した信仰は、シャーマニズム、ナチュリズム(自然崇拝)、アニミズム(霊魂崇拝)である。これこそが民俗学が対象とするところの日本古来の信仰だと考える。また先祖神信仰もずいぶん後に生まれたもので、初期段階にあったのは自然神信仰だったという。

 このようにして日本に伝来した仏教美術は、仏像、曼荼羅、来迎図、水墨画など多彩な美術作品を生み出すことになった。それらは仏教が抱いていた宗教世界を題材として、神仏、説話を紹介し、しばしば豪華絢爛な極楽浄土を表現した。



 ここらへんで仏教の話はやめておこう。そして、ここからは浮世絵の話。浮世絵の好きな絵師はと聞かれれば、歌川広重、歌川国芳、月岡芳年、小林清親といったところだと思う。

 日本画で何が好きかと尋ねられれば、一番感動したのは雪舟だったはずだが、何しろ雪舟は見る機会が少ないので、もう忘れてしまった。

 こう言うとなんだかこけ下ろしているみたいで良くないが、浮世絵は実物で見るのと図録で見るのとで、そんなに違いを感じない。かえって、浮世絵の実物は、相当照明を落とさなければ焼けてしまうという文化財の性質上、館内では暗くて見づらい。結局、図録を買って家に帰ってからじっくり眺めている。そうなると、浮世絵は親しむ機会が多い。

 仏像などのような立体美術となると、写真なんかで見るのはまるで駄目で、実際にお寺に行って見なければ良さは分からない。行くと印象はまるで違っていて、帰ってくると、記憶の残っている内しか感動の再現が出来ない。絵画も肉筆画の場合は写真では半分も良さが味わえない。表面の筆の動きまで生々しく見えて、ようやく感動する。しかし、浮世絵だけは版画であるせいか、図録の写真で見ても実物とあまり変わらないと思っている。我ながら、浮世絵愛好家からお叱りを受けそうなことを言っていると思う。悪しからず。

 だけど、それだからこそ、浮世絵は庶民的な美術なのだと言える。つまり仏像はお寺に行って見なくちゃ感動出来ないのだから、ほとんど一期一会なのである。それに比べて、浮世絵は自宅でも実物同様に感動できるのだから、これほどありがたい美術はない。

 さらに付け加えれば、浮世絵なら実物だって神保町で数万円出せば買えるのだ。ある文化財系の先生の話では、運慶の仏像は小さくても十億円相当だそうだ。重要文化財や国宝は億が当然の世界なのだ。それに比べれば美術レベルは同等なのに浮世絵はずいぶんと庶民的なのである。こう理屈をこねまわすと浮世絵万歳な気持ちになる。

 広重の描く日本は素朴で美しいぞ。東海道五十三次を見ていると、不思議な郷愁(ノスタルジー)にかられる。残念ながら私は北斎は好きではない。富嶽三十六景を見ても、図形のようにしか思えない。頭には入っても、心には入ってこない。北斎は理という感じがするとしたら、広重は情というか、そんな漠然とした印象を受ける。どうにも、北斎は好きになれない。描く風景に感情移入出来ない。広重の描く日本の方が本当の日本という気がする。そういう訳で、完全な広重派である。

 国芳、芳年、清親についても語りたかったが、それはまた今度としよう。



 とにかく上野は好きな場所だ。小さい頃は上野動物園が好きだったし、もう少し成長すると、科学博物館に訪れた。大学生になってからは友人たちと東博や西洋美術館に訪れたのが面白かった。後は博物館系のレポートを書く為に一人で訪れたりもした。

 ……楽しい思い出ばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ