滋賀 向源寺
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しばらく連載を停止していたが、また再開することとしたい。そしていきなり、滋賀の向源寺の話から始めたいと思う。滋賀の一人旅をしたのは、京都奈良の旅行の半年後の春休みのことだった。
春休みはまず大阪、和歌山の旅行をして、大阪城、四天王寺、高野山金剛峰寺、根来寺、粉河寺などをめぐった。
その翌月に、滋賀の比叡山延暦寺、日吉大社、三井寺、石山寺、彦根城、信楽、そして湖北の地へ赴いたのであった。
わたしが泊まったのは長浜城のある長浜であった。そして、そこから北へゆくと、観音信仰の盛んだった湖北の地域の寺々へゆける。これが面白かった。のどかな田んぼの中、レンタサイクルを走らせて、観音像を見てまわった。
ここに向源寺という十一面観音像で有名なお寺がある。
わたしが好きな仏像の種類は、やはり第一に十一面観音である。あの観音さまの頭の上から生えた十一の顔……十一面(場合によっては十面)が王冠のように頭部を高く盛り上げて、その効果で体の動きが強調されている。真後ろを向いている大笑いしている顔は、人間の悪や煩悩を笑い飛ばしている大笑面である。観音の片方の手は下に降ろされ、もう一方の手は水瓶を持ち、そこから蓮華のつぼみが出ている。
観音像というと何種類もあるが、千手観音というと少しインパクトが強すぎるが、もっともスタンダードな聖観音だと少し寂しく感じる。そうなると十一面観音がちょうど良く美しく感じられてくるのである。また、十一面観音は像容と信仰共に呪術性が高く、密教好きに特に好まれる仏像である。
そんな十一面観音の代表的傑作が、この向源寺の十一面観音像であるが、制作の時期は九世紀(平安前期)とあって、その時代の特徴らしく、多分に彫りが深く、細部がけばけばしく肉体的に重厚で、全体的にアクの強い像容である。この時期に輸入された密教のもつ、けばけばしさや呪術性の影響があるのだと思う。これが、十一世紀の定朝の時代となると、こうしたアクがすっかり無くなり、非常に柔和で円満な、彫りの浅い貴族好みな仏像が増えてくる。
わたしはこの十一面観音よりも、聖林寺の十一面観音の方が好きであるが、この向源寺の十一面観音が深く記憶に残っているのは、この地域の人が協力して、お寺や観音さまを守り続けていることに感動したからかもしれない。
わたしはこの地域でのサイクリングがすごく楽しかった。地域の人も暖かったし、非常に心が癒されたのだった。