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金なら払いますから!

拝啓 エリカちゃん


 などと、出す当てもない手紙の文面を考える俺。


 あれから二か月が過ぎました。あれから、というのはつまり俺が軍人さんをいきなり射殺したあげくに逃走してから、ということです。


 今ごろエリカちゃんはどうしているのでしょうか。予定通りパリに到着して、前世と同じように銃士隊というのに入れたのでしょうか。そうだといいですね。


 ちなみに俺は……


「てめぇ!! イカサマしやがったな!!」


 黄昏ていた俺を現実に引き戻す声、その声の主はテーブルの向かいに座っている髭面の汗臭い男だった。


「え? イカサマですか? ど、どんな?」

 

そりゃしてるよ。当たり前じゃんね。大体だね、酒場のカードゲームでイカサマしてないわけないじゃんね。バカなの?


「知らねぇよそんなこと!! とにかくイカサマだ!!」

 

 男は今にも腰に下げた剣を抜きそうな勢いだった。もうホント嫌だ。このパターンもう三回目だよ。そのたびにイチイチ町を出て、次の町へ行かなきゃならないんだからホントうんざりだよ。


 しかも治安のしっかりした町だったらまず入れないしさ。なにしろ俺、手配書とか出てるから。


多少やらかしても異世界だったらノーカンだったりするんじゃないの? と期待していた俺だったが、そうではなかった。近隣の土地には手配書が回り、宿を借りるにも難儀する始末。生きていくだけでマジ大変。よくフィクションではありがちな目をかけてくれる貴族もいなければ、世話を焼いてくれる美少女もいない。ギルドを紹介してくれる冒険者さんも(俺の身の回りには)いない。冷静に考えれば当然のことだった。


ひとり。異世界俺ひとりぼっち。異世界で自由に生きていく! 好き放題やる! というようなお話があるけど、じっさいそれをやったらこうなるんですよ。


どうしてこうなった。殺人を犯したからですよねそうですね。


「なんとか言えオラ!! こんな賭けは無効だ!! 金なんて払わねぇぞ!!」


 賭けの相手もどうせ犯罪者なんだろう。もうね。マジでね。終わってるよ俺。


「……はぁ、無効ですか……」


相手がかなり興奮しているので、俺はとりあえず下手にでることにした。とりあえず、である。ホントは金をもらったうえでこの場は穏便にお帰りいただきたい。俺の生活費はカツカツなのだ。


でも、この人怖いし。いざとなれば土下座も辞さない覚悟だ。でも、俺は逃亡生活を続けた二か月間で学習している。このあとどうなるか、ということをだ。


「あ、あのですね。あんまりそういうことを仰るのはよくないと思います。いや、だって貴方もイカサマしてましたよね? カードに傷つけるタイプですよね。なので、この状況はどう考えてもアナタが勝手なことを言っているという……」


「うるせぇ!! この優男が!! マルセイユ山賊団をなめるんじゃねぇ!!」

「ひ、ひぃ! すいませんすいません勘弁してくだい。謝りますから!!」


 どうやらこの男は山賊の一味らしい。怖いね。

 いや、ほんと怖い。暴力で主張を通そうという姿勢はマジ怖い。俺は『本当は』軟弱な平和主義者なのである。


 手配書が回って、兵士から逃げ回って、あちこちの町を流れて、やっとたどり着いたこの町。


 俺はここの酒場で弦楽器の奏者をやって稼いでいる。これもどうやら前世のボニーさんの特技だったらしく、俺は楽器を扱えるようになっていたのだ。


汚い娼館の一室を借りて住み、その日に貰ったチップで飯を食う最低の生活。それが俺の現状である。馬さん二号を返却したし、財産はゼロ。


 なので、酒場で賭けをして稼ぐ。ちなみに俺は賭け事も上手かった。ほんとね、俺の前世のボニーさんときたら、特技は馬泥棒とギャンブルとかマジでクズ。


「お、落ち着いてください!」

「ああ!? 文句あんのかオラァ!! 俺が殺した23人目になりてぇか!?」


 胸倉をつかまれる俺。正直怯えた。

 この人自体も怖いし、このあと起こることも怖い。


 マルセイユ山賊団といえば、この辺を荒らしまわっている悪党である。女をさらって慰み者にしたあげく殺したり売ったりしている。おとといは町のはずれで自殺した女性はこいつらが乱暴した人だという話もある。


要はクズである。


程度は違うけど俺もクズ。つまりこの場にはクズしかいないのである。そうなると俺は、自分の行動に責任が持てない。左手がそろそろヤバい。


「お金なら俺払いますから! あと靴も舐めますから!!」


「は、最初からそう言っとけや。殺されてぇのかお前は」


 あー、ダメ。それは禁句なんだ。やっぱり速攻で土下座しておけばよかった。


「殺されてぇのか、だと? それはこっちのセリフだクソ野郎」


 ちなみに、これは俺の口から出たセリフね。……終わった。もうこの町にもいられなくなる。


「は? てめぇ、俺を誰だと」


 山賊の男は、最後まで喋ることが出来なかった。なんでかというと……


死んだからだ。


「ぺっ、地獄で悪魔どものケツの穴でも舐めてろ」


 雷鳴のような銃声、勝手に口から出てきた下品な罵倒、胸から血しぶきを上げてぶっ倒れる山賊さん、左腕に出現した銃を見てため息をつく俺。これが数秒の間に起った出来事です。


 あああああ。

 また殺っちまった……。


「す、すいませんでしたぁ!!!」


 ここから先の俺の行動は早い。慣れたからだ。すみやかに山賊さんの持っていた金を取り、騒然としている他の客や山賊さんのお友達の皆さんが動き出す前に酒場を出る。外にいた山賊さんの馬を流れるような手際で盗む。


 二か月の逃走流れ者生活で上達したのは、馬や牛を盗むテクニックと楽器の演奏、あとギャンブルのイカサマだ。ボニーさんという俺の前世はやっぱりロクな人間ではなかったようだ。英雄が聴いて呆れるぜベイベー。公共広告機構に訴えてやりたいレベル。


 しかも、ときたまボニーさんは暴走する。今みたいな感じだ。

 いきなり左手に拳銃を出現して、それを高速で抜き撃つ。狙いは百発百中で、心臓か頭に一発。当然即死。でも狙って発生させることはできない。


 何度かこういうことがあったので、なんとなく理解している。俺のこの左手はどうやら、人として間違っている相手に対してムカついたときに発動してしまうっぽい。

 

 自分もクズのくせに一体なんなんだよほんとにもー。とか思う。

 

この左手のせいでそもそもこんなことになったわけだし、状況はどんどん悪化していき、今では立派な連続殺人強盗犯。なにやら矛盾のある表現だね。万引きは立派な犯罪です! とかいう本屋の張り紙みたいだよハハハハハ……はぁ。


たった二ヶ月なのに、すさんだ生活のせいなのか前世の影響なのか、俺はずいぶん変わってしまったような気がする。


 とか思いつつ馬さん八号で逃げる俺。ちなみに初代、三代目、四代目、六代目は売った。五代目と六代目はギャンブルで負けたからに取られた。七代目はモンスターに食われた。


今回もこのまま逃げ切れそう……と思った俺だったが、すぐにそれが間違いだと気が付いた。


馬さん八号は、脚を怪我していたのだ。言っとくけど俺のせいじゃないよ。盗む前からの傷だよ。さっき撃ち殺した山賊さんはあまり馬を大事にするタイプではなかった模様。あー、なんてひどいヤツ。動物愛護の観点からいってもクズ。全方位的にクズ。

俺? 俺のことは今いいじゃん……


とにかくゆっくり行く分には問題ないが、全力で駆けると馬さんは辛そうだった。


「逃がすな!! 追え!! 殺せ!!」


 しかも、そんな状況なのに背後からは何人もの男が馬で追ってきている。多分山賊さんのお仲間だ。普段の俺なら馬の駆けっこでは負ける気がしないが、さすがにこれは分が悪い。


 ヤバい。


 だが馬から降りるわけにもいかず、俺はそのまま走り続けた。小さな町を出て荒野を行く。

 向かう先には谷があり、そこには今にも落ちそうなボロい吊り橋がかかっている。

 

 追われている状況からするに、もうこの橋を行くしかないが、幅の狭い一本道を行けば追ってくる連中に射られるか、あるいは遠距離の魔法攻撃によってやられそう。


 うん。要するにこういうことだ。

 詰んだ。



「ま、待ってください! 金なら! 金なら払いますから!!」

 

 ちなみにこれは俺のセリフだ。はー、なんというかもう、もろゴミのセリフ。主人公に敵対する雑魚な悪訳の言葉だよね。でもね……とっさに出てくる言葉は人間案外そんなもんだったよ。


 ごめんね……。今まで馬鹿にしていたやられキャラの皆さん。


「お、落ち着いてください。もう逃げたりしませんから……」


 逃げ切れない。そう悟った俺は馬を止めて降りた。どうせ逃げられないのなら、馬さんを無理に走らせるのも可哀想だ。


「へっ、なんだコイツ。腰抜けかよ。ボスを殺ったとは思えねーな」

「あれはほんとすいませんでした。なんというか、つい。……で、あの、命だけは……」


「はぁ? 死ね」


 山賊Bは冷たかった。まあね、うん、別に生かしておく理由もないよね。どうせこいつらも犯罪者のクズ野郎なんだから、ボスの仇討ち、というわけでもないのだろうけど、俺を殺せば金は手に入るわけだし、見逃す理由もないというわけだ。


 相手は五人。全員武器を持っている。俺の背後は崖、下は川。

 はっはっは……。なんなのこれ。マジでなんなの。今こそ左での拳銃が必要なときなのに、ボニーさんは助けてくれなかった。


華麗に全員撃ち殺したりしろよ!!なんなんだよお前!!

 

「あの……」


「オラァッ!!」


 俺は例によって土下座しようとしたのだが、山賊さんたちはそれを待ってはくれなかった。丸腰の俺に向かい、武器を構えて迫ってくる。


「ちょ、待って、待って……あっ」


 どうすることも出来ず後ずさりした俺は、足元に違和感を覚えた。

 んとね。つまりね、もう後ろにスペースはなかった。ビビりな俺は、必要以上に下がっていたようで、そこにはもう足場がなくて。


「うわあああああっ!!!」


 崖を真っ逆さまに落ちていった。


「あ」


 山賊さんたちもマヌケな俺に驚いているようだった。そりゃそうだよね。


 異世界にきて、人を殺してお尋ね者になって、ろくでなしな生活を送ったあげくに山賊に追い詰められて崖を落ちる。


 まさに転落人生。


 ああ、最近ちゃんとメシも食っていないのに、俺まだ童貞なのに、 稀人とかいうチート能力があるはずなのに。


 数秒のあと感じたのは冷たい水の感覚と強い衝撃。それで俺は意識を失った。




 


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