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俺の名は……

 どうしよう。今俺はいきなり国に属している軍人を射殺してしまったわけだし、彼の部下たちは物騒な武器を俺に向けている。どう考えても異世界人生お先真っ暗だ。


しかも『先』があればの話だ。下手したらあと数秒で終わる俺の人生、はかなすぎる。


「あ、えっと、あの、違うんですよ」


「なにが違う!!」


 なにも違いません。仰る通りです。


 こうなったら土下座か!? 土下座すればいいのか!? なんで俺は異世界に来てから土下座ばっかりしてるんだろう。イージーモードはどうしたよ。


「このたびは、大変申し……」


 俺は膝をつきかけたが、彼らはもう聞いてくれないようだった。


「とらえろ!! 殺してもかまわん!! 隊長と同じ稀人まれびとだ!! 警戒は怠るな!!」


 チョウホウ(故)亡き後なので、副官らしき男がそう命令した。土下座は利かない模様。

 もうやだ。泣きたい。なんか鼻水出てきた。ところで稀人ってのは転移者のことだろうか。まあ一万人も来てて、数年もたってるやつがいればそんな呼び方もつくよね。


「了解!!」


 兵士たちが一斉に俺に近づいてくる。もうこれだめだ。死ぬ。


 享年17歳。短い人生だった。脳内に葬儀場のCMソングが響き渡った。


 テンパった挙句に俺は……


「動くなクソ野郎ども!!」


 もうヤケクソで銃を構えた。さっきいきなり出現したリボルバーではなく、前の町で買ったフリントロック式ピストルである。ちなみに弾は二発しかないよ! 相手は五人いるよ!!


「……うっ」


 ついさきほど、上司があっさり射殺されたためか、彼らは少しだけひるんだ。何人かはフリントロック式ピストルも持っているようだが、それでも脅しが利いている。理由は知りません。


「ブチ込まれてぇのか!? ああ!?」


 言葉は強気。でも内心はガクブル。


勘弁してくださいゴメンなさい。悪気はなかったんです。許してくれるなら裸踊りでもしてみせますがどうでしょう。あ、ダメですよね。知ってました。


「頭をザクロみてぇに吹き飛ばされて、ぶちまけた脳ミソを隣にいるやつの口に突っ込まれたくなけりゃ、俺の言う通りにしろ!!」


 まあ、この人怖い。そして最低だ。いきなり人を射殺しておいて、それを咎められたら殺すぞと脅す。もうね、なんかね、この後戻りできない感パネェ。人はこうして転げ落ちていくのですね。それにしても俺、よくこんなに酷いセリフを思いつくもんだね。あれだね、前世から変わらない魂の性質ってやつなのかな。


「……くっ」


「言っておくが、俺の銃は右も特別製だ。それでもヤルってんなら止めねぇ。くたばりたいやつはお祈りを済ませてからかかってこい」


 知らんよ。さっき左手に出現した銃がなんなのかとか知らないよ。でももうやりきるしかない。どうしようオシッコしたくなってきた。今漏らしたらシュールすぎる。マジで泣きたい。


「……貴様……」


 副官さんは他の兵士たちを制し、俺と話をしてくれる様子をみせた。

 さすがである。正直抱かれても文句は言えないと思った。さて、どう答えよう。


 少し考え、俺は副官の男に銃を向けた。


「今すぐテメェらの部隊の連中全員に命令して、近くにあるとかいう魔賊の巣を潰してこい。出来るんだよな?」


「……なに? どういうつもりだ……?」


「ヘイ! 質問してるのは俺だぜ? 出来ねぇってのなら残念だがお前はあの世行きだ。いいか、俺は気が短いんだ。5秒だけ待つ」


 撃ち方もわからないピストルを構え、俺は副官を脅した。

もうね、ここまで来たらやりきるしかないよね。チョウホウが死んだせいで村の人たちが困ったらなんか俺、すっげーダメ人間じゃん。いや、すでにダメ人間なんだけど。


「……それは……」


「4、3、2、1、よし死ね」


 もう完全にクレイジーな人だよ俺……


 お願いします。お願いだから言う通りにしてください。あと、出来れば俺も見逃してください。


そんなことを考えながら引き金に指をあてたその時。


「待て! 待ってくれ!! わかった! ……おい!」


 とても物わかりのいい副官様は、彼の部下の方々に命じてくれた。


「で、ですか……そんな得体のしれない男の言う通りになど!」


 やめて! もうこれ以上場を複雑にしないで!


「あんなこと言ってるぜ? アイツ、お前に死んでほしいみたいだな! 女房でも寝取ったか? ああ!?」


まぁお下品ね……。


だがキレた脅しはそれなりの効果を示してくれた。たしかに俺でもザコであることを知らなければ、こんなデンジャラスなやつを刺激したくないよ。うん。俺だけど


「頼む! 今はこの男の言う通りにしろ!! 褒美もやる!!」


 もうメチャクチャだ。血の匂いと怒声に満ちた室内は、楽しい異世界ファンタジーの空気など皆無だった。なにこれ。俺のせいだけど。はー、エリカちゃん今ごろどうしてるかな……



「副官だよなお前。お前だけはここに残れ。三時間以内に魔賊とやらを殲滅して帰ってこれなかったら殺す。逃げようとしても殺す。何か下手な動きをみせても殺す。でも俺の言う通りにしてくれれば生かしてといてやる。……わかったな!!」


 俺はダメ押しとばかりに脅しの声をあげ、それに答えた兵士たちは慌てて室外に出て行った。よくよく考えれば、魔賊の討伐はもともと彼らの役割だったわけで、それほど抵抗のある命令ではない。だから案外素直にそうしてくれたのかもしれない。でもそれなら最初からやってよ……。


 室内には俺と副官さんと、チョウホウさんのご遺体と、生前の彼に乳を揉まれていた女性だけとなった。それにしてもエリカちゃんはどこまで行ったのかな。


 かなり気まずい数時間が過ぎ、なにやら通信機のような水晶玉で魔賊の巣とやらを潰したことが告げられたので、とりあえず一息つく。


「……貴様、どういうつもりかはしらんが、このままで済むと思うのか……?」


 副官さんは、ごく当たり前のことを聞いてきた。

知ってるよ? このままで済むわけがない。相手は国軍であり、俺は一人だ。魔賊の巣とやらは潰してくれるかもしれないが、こうして副官さんを人質にして稼げる時間なんて限られているし、援軍が来たりしたらもうアウトだ。

 

 と、なるともうやることは一つしかない。ほんとはやりたくないけど、仕方ない。


「知るか。俺は好きにするだけだ」


 俺は民家にあったロープで副官さんの手首をしばったうえで歩かせ、民家を出た。


「……逃げるつもりか? いくら貴様が稀人まれびとだとしても、正気とは思えないな……」


 副官さんの言葉はごもっともである。この場でチョウホウの部隊を皆殺しにでもしないかぎりは絶対に俺のしでかしたことは国の知ることになるし、そうなれば犯罪者だ。手配されたりもするのだろう。


「ど、どうだ。今俺を解放してくれれば、便宜を図ってやるが……」


 すごく魅力的な言葉だ。反射的に『え? そう!? じゃあよろしくお願いします!』と尻尾を振って答えたくなるが、さすがにそこまでオプティミストにはなれない。


「はっ、そりゃありがたいな。でもカンベンだ」


 もうこの場にいてやれることはない。他の兵士たちが帰ってくる前に動かなくてはならない。


 民家から出た俺は、指笛を吹いて馬さん2号を呼び寄せた。こんなことも出来るようになっているのは嬉しい限りである。ひひーん! とやってきてくれた2号さんはいい子なので、そのうち人参とかあげようと思う。


「じゃあな。俺はもう行くぜ」


「くっ……名くらい名乗っていったらどうだ……!?」


「俺か?」


 俺は2号にまた借り、少し考えた。


 俺の名前。

雄介、とは言いたくない。親から貰った大事な名前を血で汚したくない。いやもう汚れてるけどね? 気分的にね。


 では、なんちゃらHボニーで行くか?


 うーん。それもねぇ。あんまりカッコよくない響きだし。

それにチョウホウさんはHボニーという名前を知っている風だった。たとえば警察や軍隊にほかにも転移者がいたとしたら、いまだ俺自身さえよくわからない俺の前世を知られることは弱点につながりかねない。これから犯罪者として逃亡することになっているので、それは避けたい。


 でも転移者だということはバレている模様。ならば……

 

ここで俺の脳に電撃が走った。この世界にきてからのことが走馬灯のように流れていく。同時に、元の世界にいたときに読んだ歴史漫画についてもだ。


「俺の名は……」


思い出した名前があった。

そうだ。名乗るならばこれだ。


「姓は吉岡、名は伝七郎! 俺を打ち取りたければその名を探してみるんだな!」


 高らかに名乗りを上げて愛馬をいななかせ、俺は華麗に村を去ることにした。


「その名、忘れんぞ! 吉岡ぁ!!」


 ま、吉岡さんたちならいいでしょ別に。人を殺そうとするくらいなんだからいいでしょ別に。すぐバレるだろうけど、時間稼ぎにはなるし、それにあの人たちに迷惑かけたいし。


 はっは。もう身も心もクズだね俺。

 ……はぁ……。



 村の入り口あたりでエリカちゃんとすれ違った。彼女の方には何があったのかはわからないが、ずいぶん久しぶりの再会だ。


「木戸さん! 良かった! どこに行ったのかとずいぶん心配を……!」

「今までありがとうエリカちゃん! そしてさようなら!」

「え? え!?」


事態がわからず困惑しているエリカちゃん馬を止めずに走り去る。こうなってしまった以上はもう彼女と一緒にはいられない。だって捕まったら多分処刑されるから。


 いやね? 正直言うと、エリカちゃんと二人で魔王を倒すための大冒険を繰り広げるのもいいかな、って少し思ってたよ。で、国の英雄とかになったりすんの。王道ファンタジー。


もうあきまへん。殺っちゃったから。


「……はーっ……」


 深いため息をつきつつ林道をかける。このあと2号を返して、そしたら速攻で逃亡だ。まだモンスターもエルフも見てないし、この世界の有り様もよくわかっていないのに殺人者! 


 すげー転落っぷりで鼻血が出そう。『どうしてこうなったんだブルース』が鳴りやまないよ

 

 こうして、俺は異世界にきて2日で、日の当たる道から直角に踏み出してしまったのだった。途中でちょっと泣いたのは秘密だ。






 



木戸雄介/ウィリアムHボニー(レベル5)

得意スキル:馬泥棒9、牛泥棒1、乗馬2、楽器演奏2、洗濯2

ハッタリ2


装備:フリントロック式ピストル

象徴:コルトM1877「ライトニング」(一瞬)

当面の目標:逃げる

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