アッシュの頼み
夕日が傾きかけた頃、辺りは燃え盛る炎の様だった。
アッシュは突如として、力に蝕まれ暴走して行く!
「早い・・・まだ日が落ちていないのに」
「どうする?インフェル!」
「始末するよ・・・」
「ま、まずレヴィンをアッシュから離さないとっ!」
僕とした事が計算が狂ったな・・・。
インフェルは自身の周りに円のように規則正しく火の球を浮かべて行く。
夕日の明るさが火のように赤かったがその中に不自然な赤い小さな火の球・・それがインフェルの作り出した物だと気付くのに時間はかからなかった。
レヴィンは窓から身を乗り出し、声を張り上げた!
「ちょっと待ってくれ!!もう少しだけっっ!!頼むっ!インフェル!!」
「う・・あ・・ああああああ!!??」
アッシュは錯乱し部屋を自らの手で荒らして行く。
椅子は倒れ、大切にしていた剣はなぎ倒され、硝子窓は割られていく。
「ア、アッシュさん!?しっかり・・しっかりして下さい!正気に戻って下さい!!アッシュさんっ!!そんな訳分からない衝動に負けないで下さい!!」
「う・・ぐ・・ぐ・・・!?」
必死に自分の残っている意識を必死に手繰り寄せる。
薄っすら視界が戻って来るとそこには散乱した家具と頰から血を流したレヴィンがいた・・。
アッシュは頭をブンブンと振り、床に転がっていた鞘に収めたままの自分の剣を横にし、レヴィンに向けた。
「??」
「レヴィン!!俺を・・俺を殺せ・・っっ!!じ、自分が自分じゃ無くなってしまいそうなんだああ〜!!」
「そ、そんなの、そんなの出来る訳無いじゃ無いですかっ!!」
その時、騒ぎを聞きつけ扉の外に使用人や傭兵達が集まって何事かと駆け付けて来た。
「アッシュさん!!とにかく外にっっ!!」
レヴィンは器用に窓から降りて行く。
アッシュはフラつきながらもレヴィンの後を追い、窓から飛び降り、地面にゴロゴロ転がり立ち上がったが、落下による衝撃は皆無だったが、それよりも体の奥から突き上がって来る様な破壊衝動の方がアッシュを苦しめ続ける、頭をブンブンと振ってみるが気休めにもならなかった。
そこへ、アッシュの体が炎に包まれる。
「インフェル!?」
「レヴィン、移動しよう、話はそれからだ!」
ここはアッシュ宅の庭園。
今にも先程の使用人や傭兵達の足音が聞こえてくる。
「わ、分かった!」
インフェルは顎でクイっと合図すると、レヴィンも後に続く。
拓けた野原にやって来た3人の元にディラ、アイリーンも合流した。
「お、お前らは・・・?」
「その質問に答える必要は無いわ」
長い艶やかな黒髪をかきあげ、アイリーンは有無を言わさない笑顔でアッシュの問いを飲み込ませた。
「アッシュ・・・君はこのままでは自分の理性を保つのは難しくなるだろう。僕達は君の命の灯火を断つ事で解決させて貰うよ」
「ど、どうなっているんだ!?俺の体は!!教えてくれ!!」
「まあ、簡単に言っちまうと悪魔に取り憑かれて身も心も支配されちまうって感じかな??」
「そう・・・そうなってしまえばもう手遅れよ。貴方は単なる殺戮兵器に過ぎなくなるわ」
「な、何だって!?」
自分の身に降りかかった恐ろしい事態に愕然とする。
「な、なあインフェル、何とか助ける方法は無いのか??」
「さあね、こいつはもう最終段階まで来てしまっている、何をどう足掻こうが無駄じゃ無いかな?」
「な、何か方法があるかもしれないじゃんか!?無駄とか言うなよ・・もしかしたら、もしかしたらって事もあるかもしれないだろ!?」
「・・・そんな奇跡みたいな事が起きていればこんな選択していない。言っておくが僕等はやりたくてやっているんじゃない。これは多くの犠牲者を出さぬ様に先手を打っているだけに過ぎない」
突き放す様な、冷静かつ澱みの無い説明に返す言葉も無い。
「さあ・・・覚悟は出来たかい?」
インフェルは再び炎の球を自身の体の周りに円を描く様に出現させて行く。
アッシュは歯を食い縛り、鞘に収めたままの剣を突き立て額を付け眉間に皺を寄せ苦悩する。
「く・・・俺に時間の猶予は無いって訳か」
「・・・・」
インフェルは赤い炎の球を纏い、無表情でアッシュを見下ろす。
「レヴィン・・・頼みがある」
「え??な、何ですか??」
アッシュの持っていた剣をレヴィンの手に持たせた。
「これ・・・アッシュさんが1番大事にしていた剣ですよね??」
「ああ・・」
小さい頃によくこれが欲しいと駄々を捏ねたな・・。
「これはお前にやる。いや、お前が成人の儀式の祝いにやろうと思っていた物なんだ。渡しに行けなくてすまなかったな・・」
「えっ!?俺に!?」
「ああ、お前になら譲るのも惜しく無い・・受け取ってくれ、レヴィン王子」
「・・・・アッシュさん」
レヴィンは剣の重さを感じる・・・。
嬉しい・・嬉しい筈なのにまるでこれと引き換えにアッシュさんがいなくなってしまう様な悲しみに包まれる。
「それとお前にもう一つ頼みがある」
「な、なんすか??」
「この剣で・・・俺を殺してくれ」
「!!」
インフェル、ディラ、アイリーンもこれには驚いた。
「お前は剣が好きだったよな?楽しそうに剣を振るお前にこんな事酷だよな?だが・・・、見ず知らずの奴等に殺されるなら可愛い弟子であるお前の手で終わらせてくれ無いか?お前の手を汚させてすまない・・」
「ア、アッシュさん・・俺はっっ!!」
アッシュはガバッと土下座する!!
野原に大粒の涙がポタポタと落ちてくる。
「頼む・・・っっ!!レヴィン!!!」
レヴィンには恩師であるアッシュにここまでさせてはもう断れる筈も無かった・・。
アッシュはにこやかに微笑みレヴィンを抱き締める。
「まだ・・お前には教えてやりたい事が沢山あったな・・剣の事も・・そうだが、手のかかる王子だからアレクス王やサーマス殿だけでは手に余るだろうからな??」
「アッシュさん・・俺だって、俺だってまだ教わりたい事があるんですよ!?」
握り締めたままの剣に命の重さと尊さもズシリと重くのしかかる。
レヴィンはまだ剣を手に迷っていた。
「頼む・・・ま・・た、衝動が起きてきた・・・!?」
レヴィンは鞘から剣を抜くと見事な刃に見惚れた。
だが、すぐ我に返り、震える唇で涙を堪えながらアッシュから受け継いだこの剣を頭上に構えた。