封印術の代償
アレクス王が、まだ若かりし頃アグニと言う灼熱の炎を手に纏わせる謎の男が、世を蹂躙していた。
アレクスは勇敢だが、凡庸な男だ。
努力は人より何倍もした自信だけはあるが、アグニに対抗する程の力は自分には無いと悟っていた。
悪の心を持つ者を倒せる術を賢者に問う。
返ってきた回答は封印術なるものだった。
封印術は謂わば禁じ手の術。
藁にもすがる思いでアレクスは封印術を習い会得する。
「アレクスよ。使えば、何かを代償にするであろう。それでも良いか?」
若き日の、アレクスは賢者の言葉に迷わず答えた。
世を恐怖に陥れる、アグニをどうしても世から排除したかった。
自分の身を犠牲にしてでも、アグニを封じ込める事に覚悟を決めたのであった。
アグニは最強の布陣だった。
力では灼熱の炎等に到底敵わなかった。
圧倒的な差を痛感し、アレクスは己の息吹が、風前の灯火の中で、封印術を使いアグニを封じ込めた。
アグニがアレクス王に封じ込められ、支配者がいなくなる事で世は良くも悪くも混沌とした。
誰もがアレクス王を英雄として、讃えた。
だが、玉石の中のアグニの気配は無くならなかった。
嫌な気配を感じつつ、城の最下層の壁に玉石を嵌め込み見張る事にした。
アレクスはアグニを倒すと同時に、妻に子が宿っている事に喜ぶ。
自分に瓜二つの子が産まれ、名をニヴィと名付けた。
続いて2年後には妻によく似た、レヴィン。
だが、妃は長くない事を知る。
原因不明の病に侵され、体はやせ細り床に伏せる毎日を送る。
「封印術を使えば何かを代償にするであろう」
賢者の言葉が、ふと頭を過る。
まさか、妻であるエリーゼが、代償だと言うのだろうか?自分の身では無かったのか!?
「アレクス、息子2人に16になったら必ずこの紋章を刻んで、あなたが封じた玉石の紋章を・・、じゃないとあの子達はアグニや、世に蔓延る人達の様になってしまうわ」
「エリーゼ、どういう事だ?」
「あの子達を守って」
エリーゼはそのまま意識を手放し、生死を彷徨い帰らぬ人となる。
アレクスは遠い過去の夢を見て目を覚ました。
「王!!王が目を覚まされた!」
多くの兵士や、サーマスが自分を囲み手を取り合い喜びを分かち合った!!
「私は儀式の最中アグニの息子に・・レヴィンはっ、レヴィンはどうした!?サーマス!!」
「レ、レヴィン様は・・」
「言え!サーマス!!」
「このアレクス城の刻印を何物かに刻まれ押さえ悶え苦しんでお出でです、医師も困窮して、原因不明なのです。前例が無いか調べに行きました」
「な、に・・?」
アレクスは、床を抜けレヴィンの部屋に向かう。
レヴィンの部屋の前には、レヴィンの友人であろう庶民達が不安げな顔で中を伺っている。
「レヴィンは見世物じゃない!城下町の人間は町に戻っておれ!!」
「レヴィンは!?レヴィンはどうしたんですか!?」
レヴィンと仲の良い者達が縋るように涙を流しアレクスに問う。
「これは王族の問題だ!!さっさと、帰るんだ!」
レヴィンを慕う者達は泣く泣く力付くで兵士に連れられて城から追いやられてしまった。
レヴィンの部屋に入ると、兄であるニヴィが祈るようにレヴィンの様子をそっと見守っている。
レヴィンは右肩を押さえ息も絶え絶えに、大量の汗をかき、苦悶の表情を浮かべている。
「レヴィン・・痛むのか?」
アレクスは、震える涙声でレヴィンの手を取り、俯く。
これは、私の封印術のせいなのかも知れない!!
出来るならば、この苦しみ親である私が代わってやりたい。
何故、アグニの玉石を今頃になって、取りに来たのか。
何故息子のインフェルはレヴィンに謎の紋章を付けたのか?
何故こんなにレヴィンが、苦しまなくてはならんのか。
復讐だと言うのだならば、私に直接やれば、良いものを!!
降っては湧き上がる感情を遣る瀬無い想いを歯を食いしばり噛みしめる。
ふうっと息を吐き、アレクスは汗が滲むレヴィンの額を、拭いてやる。
こうして、床に伏せるエリーゼの事もよく横に付いて汗を拭いたり、好きな花を飾ってやり声を掛けたりした。
レヴィンはよく似ている・・、エリーゼに。
どうかエリーゼ、レヴィンを守ってくれ。
アレクスは夜を徹し、レヴィンの様子を見守る。
いつしか、眠りに落ちうとうとし、椅子でそのまま寝てしまう。
ー夜が明けた。
アレクスは、目を覚ますとベッドに目をやり、レヴィンの姿が無い事に驚き慌てて辺りを見回すと、朝日に照らされ、窓際に立っているレヴィンがいた。
「レヴィン?だ、大丈夫なのか?」
「おはようございます、父上。もう平気みたいです」
そう言い、穏やかに笑う息子に安心するとどっと疲れが襲う。
よ、良かった・・。本当に良かった・・・。
命までは取られずに済んだらしい。
すると、部屋の外が何やら騒々しい。
「何だ?騒がしいな」
「ああ、あれは多分フェレナ姫だと思います」
部屋の扉が開け放たれたと思うと、そこには可憐なお姫様が大きな瞳を揺らし、レヴィンを見詰める。
「フェレナ姫!態々お越し頂いたのですか!?」
レヴィンに恋する、ガーディアン城の姫、フェレナ。
花をこよなく愛で、少々控えめで内気な性格だが、可愛らしく淑やかな女性。
内気なフィリスも愛しいレヴィンへは一心に一途な愛を貫く。
アレクス等、目に入っていないフェレナ姫は、レヴィンの元に一歩一歩進む。
小さな蕾の様な唇を震わせ、形の良い眉をへの字にし、ぱっちりした愛らしい目を伏せると瞬く間に涙が溜まっていき、レヴィンに思い切り抱き着いた。
「わ、私、私・・レヴィンが何者かに襲われて倒れたと聞いていてもたっても居られず来てしまいました!でも、でも・・ご無事で何よりです〜」
涙声で早口に捲し立てる様に話すと、涙がボロボロ溢れ、子供の様に泣きじゃくる。
「もう大丈夫だ、心配かけたみたいだな」
「いいえ、レヴィンが無事なら私はそれで良いのです・・私は・・私は、レヴィンを心から・・」
「ゴホン!!ゴホンッ!?!?」
アレクスが態とらしい咳払いをすると、レヴィンはアレクスを見遣るが、姫の瞳にはレヴィンしか目に入っていない。
「・・愛してますから!」
アレクスの抵抗、虚しくフェレナは溜めたありったけの想いを、熱を帯びた表情でレヴィンに想いを伝える。
アレクスは顔を赤らめ、気まずくなる・・・。
・・フェレナ姫の1人舞台だが、こういうのは親としては恥ずかしいものだな。
フェレナはレヴィンに時々会いに来ては、惜しげも無く周りが気恥ずかしくなる様な事をさらっと言う。
当のレヴィンは、何でも無い顔をして、好きなだけ言わせている。だが、特段嫌がる様子も見られない。
「レヴィン、右腕はどうなった」
「・・・」
レヴィンは服を右側をはだけさせ、肩を出すと、灼熱の紋章はくっきりと赤く印されていた。
アレクスは、項垂れた。
「これが、儀式の紋章なのですか?レヴィン」
「いや、これは・・」
フェレナは、はだけた状態のレヴィンと目が合うと、ぽっと顔を赤らめ、部屋に微妙な空気が流れた・・気がしたのはアレクスだけだった。
「レヴィン。も、もう、服を直せ。紋章は確認した」
「はあ・・・」
レヴィンは、しっかりと刻印された灼熱の紋章をなぞり、服を直す。
一体何の為に、こんな紋章を付けに来たのだろうか。
あのインフェルと言う男なら、この城ごと、この紋章の様に焼け尽くす事も可能だったろうに。
まあ考えても仕方無いな。
とにかく死者も出ず、無事だったので、良しとするか。
レヴィン王子の無事を報せると、国中が堰を切ったように喜んだ。
だがレヴィンは言い知れぬ不安が胸を過ぎっていた。
縛り付けてやろう・・一体インフェルの言葉の意味は何だったのだろうか・・・。