柿音の初恋
異世界に飛ばされる前の私は、ちょっと地味な普通な高校生だったのだ。
友達も多いほうでなく、もちろん彼氏なんて想像もしたことなかった私の唯一の趣味は読書だった。
・・読書は良い。読書のキャラクター達はなんと自由なことか。
数え切れない程の話を読んでも新しい本を読めばどんどん新しい話が展開されていく。
まさに、私にとっては読書は魔法のような物であった。
一方、現実なんてどれほど不自由な物か。何時も同じような話の繰り返し、その癖、何も楽しくない。
こんな話を物語にしてみろ。一瞬でゴミ箱に投げ捨てられる未来が見えてくるほどの楽しくない世界だ。
毎日繰り返される日常、そんな人生に飽き飽きしていた私の人生を大きく変えることになったある一人の男の子が現れたのであった。
いつものクラス。みんなはそれぞれにグループがあってそのグループの仲間同志がつるむようになっていたのであった。
私はどれのグループにも属さずいつも一人の私。
4時間目を終えるチャイムが鳴る。
そのチャイムが私達の学校の昼ご飯の時間を知らせてくれる。
皆はそれぞれ好きな人同士で集まって昼ご飯を食べていた。
私は安定のぼっち飯ってやつだ。
いつものように、弁当を広げていると・・
「なぁ、柿音?今日、俺らと一緒に弁当食べないか?」
この人は・・知ってる。クラスメイトの 関谷 和人って人だ。
あまり他人に興味がない私でも知っているほどの所謂リア充グループの中心にいる人物だ。
サッカー部のキャプテンも勤めていて彼を好きな人は女子の3分の一程度はいるんじゃないかってぐらいのモテ男だ。
そんな関谷君が私に向かって手を差し伸べて一緒に弁当を食べないかと誘っているのだ。
なんの冗談だ。どうせドッキリのようなものだろう。
例え、私が行ったとしてもそのグループの雰囲気が悪くなるだけだ。
「いい。」
私は首を関谷君の方を逸らしながら再び弁当を食べようとする。
「もしかして、俺達のグループの事を気遣っているのか?なら、二人で食べよう!それなら問題ない。」
・・それもたしかに理由の一つではあったがそもそも関谷君と二人で食べる理由は私にはない。
「私は・・一人で大丈夫だから。いつものグループに戻ったら?」
「じゃあ・・俺もぼっち飯する!」
急に関谷君は自分の席を私の席の近くに持ってきて、
「俺もぼっち飯する!たまたま、席の近くに柿音がいるだけで席はくっつけてないから。それなら、自由だろ?」
確かに私と関谷君の席は野球ボール一つ分くらいの距離があったのだ。
だけど・・
「関谷くんは、卑怯。」
「へへっ!そうだろ。これから毎日よろしくな!」
どうせ、こんな嫌がらせ。3日で飽きるだろう。
そう思って私は黙々と弁当を食べた。
関谷君は一応席だけは離しているけど私はあまり受け答えすらしてないのにひたすら話しつづけた。
その関係は・・なんと2ヶ月におよぼうとしていた。
彼はお弁当だけじゃなくいろんな時に私の席まで来て積極的に絡んでくるようになっていた。
だが、もちろんクラスの人気者でイケメンな彼が、こんな冴えない暗い女が独り占めしていることが許せない人ももちろんいるだろう。
事件は体育のときに起きた。
体育は基本私の学校では、男子と女子は別々だ。
もちろん更衣室も別にある。
私達が体側服に着替え、いつものように楽しくもなんともない体育の時間が過ぎる。
そして、その体育の帰り。制服に着替えようと私は更衣室に向かった。
だけど・・
着替えが・・・・ない???
自分のロッカーを見るも行くときにはあった着替えがないのだ。
女子のロッカーは個人ロッカー制だから他人と混ざることはないはずだ。
それに出発するまではちゃんとその場所に置いたはずなのだ。
無くなるはずがない。
私は慌てて周囲を確認する。
どこにも・・ない。
だけど、慌てふためく私の要素を見てヒソヒソと笑う集団があった。
その集団の女子たちはいかにもギャルっていう感じが似合う今時のコーデを着こなすまさに私の正反対に位置する女の子達。
確かこの3人組は全員関谷君が好きだったような・・?
・・繋がった。
隠したんだ、この人達が。
関谷君が構っている私の事が羨ましくて。
だけど・・貴方達が隠したの?って聞いて、 はいそうです。なんて答える人なんていないだろう。
・・くだらない。
私はもう、更衣室にはない事を確信した。
そして、体側服姿のまま教室に向かうのだった。
クラスの男子達は私が体側服姿のまま帰ってきた事に驚き目を合わせるが、私に何があったの?
なんて話しかけてくる人なんていない。
・・もう嫌だ。
学校なんて辞めようかな。今時学校を辞めたところで様々な道が残されている。
通信制の学校に通うっていう手もあるし・・
中卒のまま働いても今のこの環境よりはずっとマシなところに違いない。
「おい!!誰だよ!!柿音の着替えをゴミ箱に入れたやつ!!!」
そんな私は救ってくれたのは1人の男の子。関谷君だ。
関谷君が、ゴミ箱をあさるとそこには私の着替えが見つかった。
「お前だろ!田口、木崎、菊池!」
そして、関谷君は私を見てヒソヒソしていた3人組の方へ向かって怒鳴った。
あんなに、怒っている関谷君を初めて見る。
いつもは、あんなに優しくカッコイイのに全てをかなぐりすててでも私の為に怒ってくれているのだ。
・・嬉しい。私はさっきまで、隠されても探している様を見てヒソヒソされても涙なんてでなかった。
でも、私にはもうとっくに枯れてしまってたと思っていた涙が再び溢れ出してきたのだ。
「私・・達じゃないんだけど!」
もちろん、その3人組は否定する。
そりゃ好きな人に嫌われたくはないだろう。
いつもベタベタにまで塗りつけている厚化粧が落ちてしまいそうな程に汗をかいている。
「お前たちが隠してた所を見ていた奴がいたんだよ!!分かってんだよ!!やめろよ!そんなこと!!」
「ご・・ごめんなさい。」
遂に3人組は非を認めた。
だが、そんな事で許される程関谷君は優しくなかった。
「俺にじゃねぇよ!ちゃんと柿音の所に行って謝ってこいよ!!」
関谷君は、激怒する。その剣幕に押されるようにして3人組は私の席まで来る。
もう、3人の顔は汗と涙で化粧がボロボロだ。見るも無残な姿になっていた。
「「ご・・ごめんなさい!!!」」
「い・・いいよ」
3人はもう心も身体もズタボロだろう。これ以上追い討ちをかける気にはならない。
「すまん、柿音。許してやってくれ。」
「いや、関谷君が悪いんじゃないし・・」
もう私もおそらく涙で顔が大変なことになっているのかもしれない。
化粧はしてないけど、もう出ないと思っていた涙が出たのだ。
どんな顔になっているかわからない。
そんな、恐らく惨めな顔の私に優しく微笑んでくれたのだ。
これが・・私の初恋。
本以外に初めて興味が出てきた人間だったのだ。