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妖奇譚  作者: kazu
3/4

女性

 「待てよ、希。」

 希は荷物を持ち、通路に出ていく。呼び止めた声に対して、一度は振り返った後、きびすを返し、バスから降りる列へ素早く紛れこんでいった。

 ため息が出るものの、あまり辛くも感じない。『目付役』と名乗るものの、常に傍で控えているわけでもない。いつの間にか近くにおり、突然背後から声をかけてくる時もある。

 恋しさ故、役目とやらを盾に、始終同行させる事も考える。論破されそうだ。

 当然、また会うだろうと、気を取り直し、悟も通路を進んでいく。集まる視線を流し、降りる際には、添乗員の女性と眼が合う。気どりなく、優しい印象を持っていた。

 「ありがとうございます」

 そう告げた途端、相手の瞳に様々な負の感情がよぎり、無表情で顔を背けるのを見届けた後、段差を降りていく。

 背をぐっと伸ばす。

 学校一背が高く、山の自然を特に堪能できるのは、生みの親に感謝する。 大自然が時に厳しかろうとも関係ない。現在、胸に燻ぶるものを、少しでも和らげてくれる。

 「おいっ。まだ集まっていない奴ら。さっさと並べ」

 体育教師の内、男性の方だ。日頃目を掛けてくれる人ではある。成績が特別上位でもないのに、差をつけ接してくるので、有り難くも、居心地の悪さを覚えさせられる。

 到着した時点で、はや涼しい木陰で休んでいても構わない所だったが、最低限の義務と考え、予め決めてあった集合場所、施設前広場へと向かう。

 「で、あるからして、善き思い出を作る事を、願っております。私達も当然協力し」

義務はともかく、まず暑い。陽光は照りつけ、砂はじわじわと熱気を帯び、流れる汗は下着から上着まで湿らす。周囲と揃える体育座りが、状況へ拍車をかけている様に思える。

 「でかい身体が座っている所を想像すると、もう、ね。何か、目の保養でもないものか」

 心当たりは極少ないながら、幾つかあるものの、見渡せば、丁度希を発見する。背の低い順で、当然先頭である。真面目に教師達の話を聴いている姿が、先程の置き去りの件もあり、少し癪に触る。軽く睨めば、驚いた事に、希の方がこちらを振り向いた。

 冷たい視線が返ってくるという予想に反し、只訝しげな表情をされてしまい、逆に怯んだ。焦って短く考えた末、意味もなく手を振ってみる。すると、仕方がないとばかり、小さい手を僅かに振り返してくる。

 「くっ。なんと、卑怯な」

 日頃冷たい癖、可愛い存在は、罪だ。理性も霞む。

 「最後に、簡単な諸注意を。では先生、お願いします」

 勝ったとばかりに笑みを浮かべた。今までの忍耐を、褒めてやりたいものだった。

 「えっと。じゃあ始めるので、諸注意。良く聴いておけよ。餓鬼共」

 身体の跳ね上がる思いを抱く。恐る恐る顔を上げ、絶句する。どうやら周囲も同様の姿をしているのか、満足げに見渡した後、相手は機嫌よく言い放った。

 「俺が今回の引率を、あのもやし娘から代わった、縁、だ。この合宿で、互いにより親しくなれる様に、可能な限り膳立てしてやるから。安心して欲しい」

 目的がやや偏って聴こえてくるのは、悟の色眼鏡のせいなのだろうか。

 「あの、例えば、どのぐぅ」

 一人の勇者が、両隣の男女の拳で沈む。中々、良い連携である。微笑ましい情景に感想を抱いた後、悟は縁を見る。自重しない為、極力居残り組のはずなのだ。

 「あの、萬先生は?」

 別の声が挙がる。萬操というのは、本来の引率であり、体育担当の女性である。 

 「ああ、萬か。本人曰く、身体を崩したらしい。『あれだけ無理させれば当然。』と、泣きながら申告していたが、まだ大丈夫なはず。まあ、意志の弱さの他、若干俺のせいでもある。遅刻してまで土産届けて、大事を取れ、とは言っておいた。心配するな、以上」

 悟は同情の念を覚える。萬は、縁よりも背が高く、体もしっかりしているのだ。相手が縁でさえなければ、十分、男勝りというイメージを保てていたはずである。

 すると、他の声も聴こえてくる。

 「一緒にお酒飲みでも?」

 発言者は、二人の関係を、とある噂を知らないのだろうか。もちろん、噂で人を判断するべきでない、というのは、悟の持論の一つである。

しかし、授業中、乱入まがいに加えて夫婦漫才をされた挙句、一方にツンデレが入っている以上、部外者がとやかく詮索するのも野暮というものだと思っている悟であった。

 そして、再び手が挙がった。先程の勇者君である。

 「あの、一体何がほっ」

 再び拳を綺麗に振り下ろした少年少女へ、心中拍手を送った。実に揃っていたと賞賛する。広がる混沌の果て、縁が大きく息を吸い込むと、叫ぶ。

 「ちと静かにしやがれ!」

 眼光が凄く、纏う気迫も並みでない。この場の全員でかかっても、抑えられまい。

 「良い子。じゃあ、行くぜ」

 なぜか鼻を抑え、ふらついた近くの女子を横目にし、悟は話を聴く姿勢を取る。

 「ここは、君らにとって未開の地。ネットもゲームも、俺的には残念な事に、廻るベッドもありません。万が一持ち込んでいたのなら、漏れなく、鎌とかで武装した爺とかが、懲らしめに夜やって来ますので」

 最後の発音をおどろおどろしくさせ、片手を揺らした後、適当に指を差され、施設の爺さんが固まる。お気の毒であるが、実際に想像してみれば、中々怖いものがあった。

 「冗談。けれど、俺がまず全部使ってみようと思います」

 収まらぬ喧騒の中、目を伏せて、頭を掻く。教職としての域を、軽く逸脱してみせる相手に対して、戦慄と畏怖、憧れと痛快さを覚えずにいられない。

 「この合宿、各自の責任で行動。風呂で泳ぐのも、廊下を思いっきり走るのも、夜這いするのも、各々の裁量で行え」

 庇え切れない単語も入る。限界だろう。すでに他教師も笑顔を引きつらせている。

 勇気ある教頭がようやく進み出て、縁の肩へ手をかける。

 「もう良いだろう。君の伝え方は極めて独創的であり、皆に響いた」

 口元に添えた器具も、半ばもぎ取られる。唇を尖らし、不満を隠さない縁であったが、肩を竦め、生徒達へ目を戻す。片腕を大きく振り上げて突き出し、親指を立てる。

 「愉しめ」

 拡声器なんて必要ない。悟のぼやきを余所に、爆発した様な声が挙がった。

 姿勢を決めたままの縁と眼が合う。にっこりと微笑まれたので、力なく笑っておく。

 「はは」

殆ど一瞬の交差だったにも関わらず、何十人もの生徒の群れの中にいて、すでに捕まっている様な気分だ。しかし、例え無駄であろうとも、可能性を信じ、男らしく逃げてみるべきである。辛うじて浮かべた友好的な表情の裏、拳を握り決心し、機会を窺った。

 教頭の挨拶が終わり、皆が解散した途端、すみやかに場を離れようとする。

 「よ。『男キラー』」

 結局、捕まってしまった。

 「ぜひとも、『男殺し』でお願いします」

 落ち着いて答える。内心、言い方が結構格好良いと思っていた。首を拘束しかける腕も払う。しかし上手く流され、結局絡まった。軽く諦める。

事ここに至れば、素直に礼儀を払う事にする。

 「今日も、お綺麗ですね」

 相手はきょとんとした後、豪快に笑い、突然悟を突き放す。何とか踏みとどまる。

 「口説いているの。本気になりそう。決して嘘を言わない、変に義理堅い所が」

 色々自意識過剰とも言えない所が憎いものだ。顔を上げると、丁度腕が伸びてくる。顎に、相手の指が添えられた。目に映り込んだ瞳の縁は紅く染まり、笑みの形も形作り、大変妖艶に見える。

 「本当、可愛い」

 「な、何を言いますかね?」

 未だ評された事のない表現に、羞恥心を覚え惑う。安定して乾き、すでに極限を通り過ぎた男の性だろうか、瞬時のうちに、色々と相手の肢体を見てしまっていたらしい。

 「落ち込まないの。弟も、初めは、そうだったしね」

 勝手に遠くを見て、目を細めていた。良く見れば、ほんのりと頬も赤らめている。

 語られぬ弟様の辛苦を思いながら、改めて、相手を観察する。長髪は紐で束ねられており、容姿は若干鋭い印象を与えるものの、美しく整っている。衣服の上下も、黒のスーツで決めており、窺えるスタイルは抜群で、ありふれたモデルよりも決まっている。

 格好良いが残念であり、また可愛くもあるという奇特な人である。 

 「ん?」

 悪戯な表情のままで、悟を見つめていた。愉快な評価を下していたのがばれたのか。

 当たり障りなく発言する前に、突如、抱き締められた。相手の手の方が素早く、悟の身体の上をしなやかに這う。人の指と、体温によって齎される快感が襲いかかる。

 「やっぱり、結構良い体」

 一方悟としては、未だ経験を伴わない所、脆い理性を保つ意味もあり、暴言を放つ。

 「この、は、発情するな」

 言った途端、腹で小宇宙が生まれた様な衝撃が走る。本来堪え切れずに、吹っ飛びそうな所であったが、変わらず拘束されており、勢いを殺される。

 「言葉には、気をつける事」

 膝らしきものが、まだ凹んでいる様な感覚の、悟の腹部から離される。一方、長い脚が、悟のものに絡みついてくるのが分かる。

 美しい顔が近づいて、鼻を舌が舐めてくる。耳を噛まれて、息も吹きかけられる。胸の柔らかさに、鈍い痛みという、天国と地獄が同居する中で、滑らかな声を聴く。   

 「お前は男に好かれ、女に忌避されるという話だけれども」

 切れ長の瞳が、ほんの一瞬沈んでから、すぐに、心底面白げに輝いた。

 「かくいう俺は、これでも女だぞ?」

 一度身体を離して、両肩には口づけをする時の様に手を添えたまま、異端の教師、縁馨は嫣然と悟に微笑んでみせた。

 「ええ。はい、はい。分かりましたよ。もう、十分に」

 「うん、宜しい」 

 続けて、唇が大変柔らかいものに触れたので、体中に衝撃が走るのを覚えた。

 非常に気持ち良かったものの、奇跡が、今更、突如起こって良いものなのか。相手ゆえに奇妙な悔しさも覚えてしまい、こちらからも行動に移りたい所だが、無念にも動けない。

 「んっ、御馳走様」

 余韻を残し、離れていった相手を見送って、今度こそ脱力し崩れる。

 目の前で唇を艶かしく舐めた相手は、確かに会話の成立する、極僅かな異性である。しかし、その余りの出鱈目さ、悟自身の素直になれない性格もあり、意外な程、色目で見た事はなかったのである。

 一言で表すとすれば、初めから手に負える人ではないと思っている。

 前から一遍は狙っていたのだよ、等と宣う馨の声を、しばし惚けて聴く。 すると、手が差し伸べられる。おとなしく掴まれば、力強く立たされる。

 「あれ。ひっかけるとは思わなかったのかな?」

 「いや、別に。程よく弄んだ上で、つまらない仕業、あんたはしない気がしているから」

 散々暴れてすっきりしたら、もう止めてやる。その割り切りの良さこそが、品癪を買わない。

 今度は頭を撫でられる。とりあえず、頭半分は高いつもりなのだが、背なんて大して、実際の力関係には有利に働かないらしい。 

 「ごめん。引きとめて」

 素直に謝ってくる教師はやりにくいものだった。馨に対して等、特にそうである。

 「別に、欲求不満の発散に付き合わされるのも、この学校の関係者全員の宿命でしょうに」

 「くくっ。分かっているじゃないの」

 答えが気に入った様子の相手に、悟も苦笑する。軽く礼をしてから、その場を離れようとした。

 「悟」

 振り返れば、悪戯っぽくも優しい笑みを見る。 

 「頑張れ。お前は弟にどこか似ているから。その、拒みきれない優しさと、妙に人を理解してくれている所とかね。一教師として、見守らせて頂戴」

 随分大げさな人だった。仮にも厳つい男を気取っている身としては、好きに振り回されてしまうのが嫌で日々避けている所があるのだが、やはり本当の女性から褒められる面映さ、嬉しさが生まれるのを否めない。

「了解。先生」


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