輪廻転生物語
瞬間、目の前に火花がはじけ、周りがゆっくりになる。横から近づいてくるトラックがはっきりと認識できる。今更ながら、信号の色が気になった。もはやすべてが手遅れなのに。騒音が耳元まで迫る。信号は確か青だったはずだ。青、そう、青だ。良かった。今、信号の色を確認した。確かに青だったことがわかって、そして、鈍い衝撃に意識を持って行かれた。叩きつけられて、叩きつけられて、体のあちこちをつぶされた。路面に張り付くことしかできない。意識がどくどくと流れ出していく。俺は死ぬのだな、と思った。悲しかった。理不尽だと思った。信号は確かに青だったじゃないか。悪いのはあのトラックの運転手なのに。視界に暗い影がかかる。思い返せば、俺の人生に良いことなんて一つもなかった。俺の人生は最悪なものだった。完全に意識が途絶えたら、それが俺の最後になる。それがもうわずかもない。怖かった。今、俺はちゃんと泣けてるだろうか。悔しかった。意識が閉じていく。生きたいと思った。
気づくと、広大な緑の景色が広がっていた。はるか上空の快晴。とてもとても大きな葉っぱ。葉っぱの表面で大きな水玉が弾ける。なんてメルヘンチックな光景なんだ。ここにはコロボックルが住んでいるというのか。はっ。気づくとってなんだ。俺は死んだはずだ。死んだのは間違いだったのか。それとも、これはもしかして、あの小説家になろうでおなじみの輪廻転生でチートなあれか! やった! おれは生き返ったんだ。しかも最強の肉体の、最強のチート野郎に生まれ変わったんだ。そんでもってここは、妖精とかドワーフとかその他もろもろのファンタジーな奴が住んでいるような異世界的なあれだ! いや、異世界だ! きっと、美少女とかわんさかいて俺をひっぱりだこにするんだろうな。さて、ところで俺は、どんなイケメンに生まれ変わったのかな。あのでっかい水玉のところまでぴょんぴょんと飛び跳ねて……。あれ、今の動きなんかおかしくないか。あまりにも身軽というか、ものすごい蹴ってる感じがするというか。あれか、動物的な身体能力をもってる系のチートか。納得。とにかく、俺のイケメン具合を確かめてやらないと……さあ、ご対面!
「カエルじゃねえか!!?!?!??」
俺は叫んだがうまく言葉にならなかった。何度かそうやって叫んだが、どう耳をすませてもゲコゲコゲコッとしか聞こえない。ゲコゲコゲコッ! ゲコゲコゲコッ! あまりに悔しいので何度も鳴いた。
すると、葉陰からぎょろりと大きな二つの目がするすると近づいてきた。その二つの目玉は地面を張ってジグザグに俺に焦点を合わせながら近づいてきた。直感的に気付いた。俺は早く逃げないといけない。でないと、食べられてしまう。俺はカエルで、あれは捕食者の目だ。やばい。とにかくやばい。逃げろ!
俺はできる限りの全力で地面を蹴った。後ろを振り返るまでもない。一瞬でも遅ければ奴に食われていた。ここにいるのはまずい。俺は奴からなるべく離れようとぴょんぴょんと緑の間を跳ね進んだ。結構走ったと思っても、背後からぎょろりとした威圧感が迫ってくる。このままではいつか捕まってしまう。なんとかしなければ。俺は頭上の大きな葉っぱに向かって飛び跳ねた。葉っぱを上に上に跳ね登って、最も高いところまでたどり着いた。下を覗くとぎょろりとした大きな目が俺を睨んでいた。あまりの恐怖に俺は動けなくなった。目が離せない。息をのむ。ゲコッ。しばらくの間見つめあっていると、奴の方から諦めてくれて、奴は草陰に消えていった。俺はほっとした。ゲコッ。
瞬間、地面が遠く離れた。いや、あまりの高所に立ちくらみというわけではない。俺は今、宙に浮いているのだ。しかし、カエルが空を飛べるはずがない。俺は何かにつかまれて空を飛んでいる。しかも、どんどん地面が離れて、どんどん上空へ浮上する。鳥だ。これは鳥の爪だ。俺は悟った。これはもう死ぬしかない。
……いやだ。カエルになった挙句、食われて死ぬなんて絶対に嫌だ。ちくしょう。俺は生きたいんだ。人間として生きたかったんだ! 助けて神様っ! 生き返らせてくれるなら今度は人間にしてお願い!
気づくと、俺は牛だった。また変なのに生き返ってしまった。というか、生き返ったのか。
「だから、人間にしろよ!」
またしても、モーモーモーとしか聞こえない。
ここは小説家になろうなんだろ!? 生まれ変わったら異世界チートが基本だろ!? せめて物語になる動物に生まれ変わらせろよ! 乳牛に物語も何もねえよ! 草食って乳しぼられて子牛をひり出すだけだよ!はー。俺はもっとかっこいいのがいいの。おい、なんだこいつらは、あいてっ! いてててて! そこ俺のおっぱいだから! というか俺オスだからなんもでねえよ! いや、乳牛ってことは俺メスなのか? ウソだろ。こんな形で雌雄の壁を超えちまった。いたっ! だから痛いって!
「ふー、だめだな。こいつは乳の出が悪い。しゃーない。出荷しよう」
え、ちょっと待って。話の展開早くない?あ、待って、どこかに連れてこうとしないで。トラックに載せないで。わかるんだよ。行先は、処分場とか、食肉センターとかでしょ。やめて。やめて。乳出すから。俺頑張って乳出すから。だから―
ちくしょう。生まれ変わるなら、今度こそ人間に。
それから俺は108回死んだ。しかし、再び人間に生まれ変わることはなかった。そして、109回目に死んだとき、さすがにもう、生きたいとは思わなかった。
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