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記憶

作者: らび魔女

あるこ~あるこ~わたしはげんき~


つい頭に浮かぶメロディーである。

またそれに重なり合うかのようにハーモニーを奏でるのは


じ~んせい~らくありゃ く~もあるさ~


前者と後者では観覧する年代層がまったく違う。


そ の両者を幼い頃から大きな福耳だね~と言われて育った耳で聞いては口ずさむ・・・あのときわたしは何を思い、考え、未来を描いていたのだろう。


横なって眺 める古い天井やネジで調節する黒い壁時計はあのころと変わらずそこにあるのだ。わたしが生まれる前からずーっと。


どれほどの年月を重ねてきただろう。



16時になると流れる後者のメロディー・・・目を閉じてすーっと深呼吸してみる。およそ165センチの身体に染み付いたのを感じ、改めて自分の歳を胸に問うのである。


わたしの身体だけ大きくなったかのような心地がした、のちに身体の感覚がなくなっていく。




幼稚園に通う鳴海。いつものように制服を着て帽子を被る。

お母さんはお仕事なので送り迎えはおじいちゃんかおばあちゃんだった。おばあちゃんの時はなぜか少 し残念だった。幼い子どもは心底おじいちゃんの自転車が好きだったからである。


速い!


時にはジェットコースターの如くに風を切った。春夏秋冬・・・そう、 冬の氷でつるっとした道路でさえも『チャンピオン号』を乗り回していた。まるでヒーローのように幼稚園と自宅を送り迎えしてくれるおじいちゃんに関心が高 まっていた。


そこであるひとつの決まりごと、『16時の番組』を一緒に、内容はわからずとも一緒になって見ていたのだった。お供は柿の種 とおじいちゃん専用カップの中に白い液体。牛乳と豆乳を混ぜたものだという。


時計がボーン、ボーン、ボーン、ボーン・・・我が家ではこの4回鳴って始まる。


おばあちゃんも台所を離れて一緒に見る。宣伝になるとテレビのボリュームを下げるから、柿の種の香ばしい匂いと口の中でボリボリッとはじける音が響い た。


わたしも真似をして固いと言われたピーナツを避け、ひとつかみ口に入れた。時々、噛まないで口の中で溶かして少ししょっぱい辛い風味を味わったりした。 ポップコーンではなく、柿の種が気に入った。


「これにて1件落着」とおじいちゃんが一言言って、少しするとボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、5回鳴った。くたびれたのか、少し横なって天井を見上げる。黒い時計は毎日音を鳴らして忙しいなぁと鳴海は思いながら見つめた。


時々おじいちゃんは散歩に出掛け、近くの川で釣りをしていた。

さらさら、ゆっくり流れる川の音が聞こえたと同時に川魚独特の匂いがした。

ザザーッ!!

鳴海―!!と呼ぶおじいちゃんの声がした。


目の前にはおじいちゃんの顔が見えた。

そして、びしょびしょに濡れた服を通して身体いっぱいにあたたかい温もりを感じた。

冷たくて、苦しい・・・





ある日、「わたしも行きたい!!」と目を輝かせてねだる鳴海に、「危ないからダメだよ」と繰り返すおじいちゃんとおばあちゃん。おばあちゃんに止められ、我慢を重ねていた鳴海だったが、言うことを聞かなかった。おじいちゃんの姿をわくわくしながらお散歩した。


いつも『チャンピオン号』で通る川、3つ離れた弟の晴飛と庭で遊ぶときに見える川にいることはわかっているから、不安はなかったのだ。



それからはしばらく、川へ1人で行くことはなくなった。



鳴海はいつもの1件落着ではなく、時々隣の部屋で1人寝そべり、古い畳の匂いを感じながら絵を描いて遊んだりした。でも、いつものメロディーが隣から流れ、鳴海のお絵かきのお供も柿の種で変わらなかった。お昼寝が足りなかったせいか少し眠くなり、ウトウトと目を閉じる。





夏休み家族旅行、お父さん、お腹が大きいお母さん、そして女の子。家族4人で那須高原へドライブ。


やけに風が少なく、日差しが照りつける暑い日だった。車窓から入る外の風じゃ物足いようで、「クーラーをつけて」と女の子はたくさんせがんでいた。


目に差し込む太陽の眩しさを遮るかのように、緑のテントが運転する車を包んで走行していた。いくつかトンネルが続いた。「ここが最後かな~」と運転席から優しく声を出すお父さん。


その直後、あたりは一瞬闇のように暗くなった後、キキーッ!!ガシャ、パリン・・・




はっと、鳴海は目を開けた。

体中にびっしょり汗をかき、着ていたお気に入りの服が湿っていた。手に持つ柿の種の袋がぐしゃっとなり、中身が割れていた。


思わず、涙が出そうになり、おじいちゃんとおばあちゃんの元へ行こうと思ったが、少しこらえた。よく見る夢だった。いつも泣き虫な鳴海はおじいちゃんとおばあちゃんを困らせているのをようように自覚してきたのだ。



「鳴海」と呼ぶ声がした。



涙を見せまいと目を閉じて起き上がり、今度は柿の種をじーっと見つめ、口に入れてみる。パリッとはじける音がした。


変わらないお供の柿の種に安堵し、涙をうまくこらえることができた。




ある暑い夏、交通事故が起きた。お父さん、お母さん、女の子、もう1人はお母さんのお腹の中にいた男の子、家族4人だったという。


トンネルの整備の不具合で、ちょうどトンネル中のカーブのところで電気が消えたらしい。


対向車はおらず、トンネルの壁にぶつかった。短いトンネルならまだ外の光が入るところ、あいにく長かった。


運転していたお父さんは亡くなり、助手席にいたお腹の大きいお母さんは意識不明の重体だったが、無事に手術をして回復した。女の子は運良く、軽い傷で済んだが、後遺症が残ったらしい。





涙をこらえた自分にようやくご褒美をと思い、鳴海は少し移動して隣の部屋のおじいちゃんに目をやった。


おじいちゃんと鳴海は目が合い、おじいちゃんは手招きをした。笑顔を返し、観ていたテレビの電源を消し、鳴海は駆け寄った。今日も1件落着、一緒に番組を観てボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、5回鳴った。





すーっと深呼吸をして目を開けた。古い天井に黒い壁時計が見える。



「鳴海」と呼ぶ声がした。



どこか長いこと眠りについていたような気がするの気のせいだろうか。


さっきまで感じた冷たい感覚とあたたかい感覚は消え、やけに蒸し暑さを肌に感じる。また、夢だろうか。


そうこうしているうちに、目の前に顔があった。


お母さんの顔である。


「何度も呼んでるのにどうしたのよ」と心配そうに見つめ、わたしの顔を覗き込んでいた。


「晴飛も今日は早い帰りだし、ご飯早めに作るから手伝って」

「晴飛?だれのこと?」

「鳴海、あなたの弟だよ。また疲れが出ちゃったかな?」

つかの間の、沈黙が流れた。


「あ、弟いたんだ!わたしに?あーそっか!色々聞いて教えてもらったのにまた、わかんなくなっちゃったね。ごめんごめん。」


ぼーっとした頭を激しく振り、慌てて起き上がってお母さんに笑顔を返した。


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