コマドリ
「問題だよ、ラーナ」
微笑みながら、お兄ちゃんは私の前に人差し指を出した。
彼の言う『問題』とは、いつも私達がやる遊びの一つで、マザーグースや色々な国の伝承を元にした話をしてもらって、その元が何か当てるというゲームだ。お兄ちゃんが問題を出して、私はそれに答える。だって、私は問題を作るのが上手じゃないから。
「いいかい? 『ある女の子が、ある男の子を好きになったよ。でも、女の子は男の子を殺してしまった』……さて、これは何かな?」
困ったな。この問題はなかなか難しい。こんな話、聞いたことがあっただろうか。
私が悩んでいるのを見て、お兄ちゃんは「まだわからないか」と呟いた。そして、話の続きを教えてくれた。
「それじゃあ続きだ。『誰が男の子を殺したか訊かれた女の子は、自分が殺したと答えたよ』さぁ、もうわかっただろう?」
お兄ちゃんに問い掛けられて、私は目を瞑り、少し悩む。男の子を殺してしまった女の子の話で、自分だと言ったってことは……。
あぁ、わかった! 私が目を開いて手を叩くと、お兄ちゃんは私の出した答えをわかっていたようで、「言ってごらん」と微笑んでいた。
「マザーグースね、お兄ちゃん。コマドリの話ね!」
「大正解だよ。凄いね、ラーナ」
お兄ちゃんが私の頭を撫でてくれる。褒められたことが嬉しくて、私もお兄ちゃんに微笑み掛けた。
さっきの話は、マザーグースの一つで、『誰がコマドリ殺したの?』という話が元になっていた。コマドリがスズメに殺されて、鳥達に葬式を挙げてもらう唄。お兄ちゃんは、まだ葬式の場面になる前に私が唄を当てられたから、褒めてくれたんだ。
「じゃあ、もう一問出してあげるね。これもコマドリが関係してるよ。『森で迷ったヘンゼルとグレーテル。お家への道がわからない。お母さんは彼らを捨ててしまった。これからどうしたらいいんだろう』っていう話。わかるかな?」
「ヘンゼルとグレーテル? 答えはグリム童話なの?」
私の問いに、お兄ちゃんは「違うよ」と答えた。
悩む私の頭には、答えが全く浮かんでこない。森の中で迷子になる話でコマドリが出てるのなんて、あったっけ?
続きを話そうとするお兄ちゃんにちょっと待ってもらって、私は考え込む。マザーグースの話はさっき出たから、きっと違うのが元になってるはず。でも、そうなると本当に何も思い付かない。
「わからないよ、お兄ちゃん」
「いや、わかるはずだよ。見てごらん、これが答えだ」
お兄ちゃんが、空を指差した。指し示された先を見上げて、私は目を見開いた。
赤に近いオレンジ色をした鳥達が、私達の所へ舞い降りてきていた。一羽、また一羽と。からからと鳴くその鳥は、さっき話していたコマドリ達だった。みんな、口に木の葉をくわえていて、私達の周りに集まってくる。
その綺麗な様子を喜んで見る私の横で、お兄ちゃんは少し暗い顔をしていた。どうして、どうして楽しまないんだろう。こんなに綺麗な様子、見たことないのに。
疑問に思う私に気付いて、お兄ちゃんは苦笑いを浮かべた。やっぱり、嬉しそうじゃない。
何が嬉しくないの。私が問い掛ける前に、お兄ちゃんが口を開いた。
「ラーナ、覚えているかい? 僕達がここにいる理由」
お兄ちゃんの言葉の意味がわからなくて、私は目を瞬かせた。ここにいる理由って、何?
私は周囲を見渡した。ここは森の中だ。そして、どんどん周りが暗くなっているということに気付いた。 何故か急に不安に駆られ、私はお兄ちゃんの手を握る。お兄ちゃんの目は、私を見詰めていながら、どこか遠くを見ているようだった。
「お兄、ちゃん?」
「ラーナ。さっきの問題の答え、わかったかな」
問い掛けられ、私は黙り込む。さっきの問題の答えって、どうしてこれでわかるの?
疑問を持つと同時に、私は自分の足元に舞い降りたコマドリの中の一羽が、そっと私の足の上に木の葉を置いているのに気が付いた。お兄ちゃんの足元でも、他のコマドリが同じように木の葉を置いている。
私は木の葉を払うこともせず、お兄ちゃんの顔をゆっくりと見上げた。お兄ちゃんは、悲しそうに笑っていた。
「お母さんは、どうして僕らをここに残したんだろうね」
「何を言ってるの、お兄ちゃん。お母さんは迎えに来てくれるよ!」
考えるより先に、口が動いていた。言ったあとに、自分の言葉に疑問を持った。
ちょっと待って。私の方こそ何を言っているの。お母さんが私達をここに残した? そんなことあった? 迎えに来るって、私達をここに残した人が本当に来るの?
頭の中で、そんな疑問がぐるぐると回る。
そんな私の頭を撫でて、お兄ちゃんは笑っていた。その笑顔は、無理に貼り付けたようにしか見えない。
「ねぇ、私、どうしたんだろう? おかしくなっちゃったのかな? 何だか変なんだよ、私!」
「……あの時も、そんな風に取り乱してたね。大丈夫、僕が一緒にいるよ」
彼の言う『あの時』がいつのことなのか、私にはわからない。
でも、大丈夫と言われて安心した。私は騒ぐのをやめて、彼にそっと寄り掛かる。
大丈夫だよね、お兄ちゃん。
取り乱して騒いだせいか、何だか疲れた。唐突に眠気が襲ってきて、私はその場に座り込む。お兄ちゃんも隣に座って、安心させるように私の頭をそっと撫でる。
「……そうか。ラーナは覚えてないよね。だって君は――僕の前に逝ってしまったから」
もうお兄ちゃんの言っていることなんて、わかろうとする気もなかった。遠くなっていく意識の中で、お兄ちゃんの一言だけがはっきりと聞こえた。
「森で迷ったヘンゼルとグレーテルは僕らだよ、ラーナ」
* * *
コマドリ達が、兄妹の冷たくなった身体に木の葉を掛ける。最後の一羽が掛け終えると、コマドリ達は一斉にどこかへ飛び立っていった。
森の中には、幼い兄妹の声が響き続けている。