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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

チョコにのせて

作者: testrip

大阪弁注意です

「チョコレートってこぼすためにあると思うねん」


「は?」

「よくあるやん、アニメとかでチョコがこぼれてかかってエロい!みたいなやつ」

「あー、あるなあ」

「バレンタインすぎてもたな」

「もう十七日やで」

「だからその分取り戻すわ」

「……なあ、何言うてるんマジで」

「てことでチョコかけていい?」

「どつくで」


 上本うえもとは躊躇いなく右の拳をぐっと握った。丹波屋たんばやはそれを見て、こいつほんまノリ悪いわ、みたいなモーションをしてから「うそうそ」と気の無い返事をした。二回言葉を繰り返す方が嘘だと上本は呆れた。いつもの調子で本気なのか冗談なのか分からないことばかり、丹波屋は言う。それにいちいちツッコミを入れる苦労を分かってほしいと上本は中学の頃から嘆いてきた。高校二年になったというのに、丹波屋のこの悪癖は治らないでいる。


『チョコにのせて』


 私たちがいなければ、この体育館は驚くほどに静かだろう。そう上本は感じていた。冷えた体育館。一昨年に改修工事を終えたこの建物は、スポーツの地区大会に使われるなどして改修費用に見合った立派な使われ方をしている。その体育館で日頃から練習ができるのだから有難いことだ。しかし高い天井にピカピカの床、綺麗なバスケットゴールは私たちにそれ相応の結果を求めてきている気がする。上本はこの綺麗な体育館が少し恨めしかった。自分たちの頑張りが建物に釣り合わないとき、私たちは凄く惨めな思いをするのではないかと考えたからだ。上本と丹波屋が所属をしているバスケットボール部は創部して長く、インターハイにも出場したことがある。ただ最近は芳しくない。だからこそ、上本は恨めしく感じたのだ。

 上本は自分がこの女子バスケットボール部のエースであることを自覚している。背番号の七番はポイントゲッターであることから託されている。そんな上本が部活中に丹波屋と雑談ができる状況にあるのは、彼女が怪我をして練習に参加していない、見学をしているからだ。では丹波屋は何故雑談のできる状況にあるのか、それは彼女がマネージャーだからである。今は二人、体育館の端で練習を見つつ筋トレをしている。


「真面目に押さえろって」

「いややわー、うちがいつ不真面目やってんな」

「今や、今」


 同い年の二人は中学からの付き合いで、気心知れた仲といったところだ。腹筋をしながらも軽口が飛び交う様子を、誰も見てはいない。顧問とコーチはコートに入って熱心に指導を行っている。


「いつ治るんやっけ捻挫」

「先生が言うには全治二週間やからー、来週末には治ってんちゃう?」

「ふーん。もっと気合ではよ治しーや」

「無茶言うわ」


 上本は先週の練習中に捻挫をした。三対二の最中に捻ったため、相手からとても心配をされた。しかし自分の不注意だったことがわかっていたので、上本は逆に申し訳なくなって謝り続けた。そうやって謝り続けて気が動転している上本の頭を小突いてコートの外に連れ出したのは、丹波屋だった。素早くバッシュを脱がせ、靴下もとっぱらって、足首をアイシングした。その後の病院に付き添ってくれたのも、この丹波屋だった。なので丹波屋も医者の話を一緒に聞いたはずなのだけれど、彼女はもちろんそんなこと覚えてはいない。一見すると優秀なマネージャーだが、中身がところどころ抜けているのだ。


「だってなー。友希ゆき抜けてからなんか練習の空気ゆるいやん」

「……そんなことないて」


 上本は細く答えた。それには気付いていたから、聞きたくなかったのだ。自分が抜けた次の日から、どうにも練習の空気がゆるくなった。自分がエースであるという自覚から、いつもアグレッシブであろうと心がけている。今では三年生が引退して自分たちが最高学年だ。この体制になってから半年ほどが経つというのに、周りの空気と自分の空気差が未だに埋められずにいた。


「頑張ってんのにな」


 丹波屋は腹筋する上本の足を抑える力を少し強めた。上本は何も答えられずに黙々と回数を重ねる。冷えた体育館での人の温もりは、優しいとだけ感じていた。

 丹波屋の伸ばしっぱなしにした髪が、上本の目に止まった。もうこんなに伸びたんだと。去年の夏には同じくらいの長さだったのに。もう丹波屋が髪を切ることは無いのだろうか。プレーしてたら邪魔だと言って、中学から髪を伸ばしたところを見たことがなかった。でも今は違う。プレーすることはもうない。正確にはもう丹波屋はプレーができない。だから彼女は今、髪を無頓着に伸ばし続けている。


「まあ、新入生入ってきたらみんなもっとピリってするやろな」


 丹波屋の優しさが上本には辛かった。こういう話をするとき、いつも上本は自分に嫌気が差すからだ。心のどこかで未だに考えてしまうのだ。丹波屋が今でも選手でいられたらならと。でもそんなことを言えるほど子供でもないから、自分に腹を立たせて考えをやめる。このもしもを一番強く思い、願うのは丹波屋本人なことくらい上本にも理解できるからだ。昨年の夏頃、一番早くに背番号を貰った丹波屋。怪我が無ければ今頃、上本のつける七番をつけていたことだろう。


「ま、そうやろなっ」


 上本はわざと大きめの声を出して腹筋を終了させた。急に起き上がった上本に驚いた丹波屋は飛び退いた。


「っ、いったー……」


 上本は急に起き上がったせいで、足が痛んだ。


「何してるんっ」


 丹波屋が肩を支えて、結局もう一度座らせられることになった。座らせた後も、丹波屋は離れようとしない。上本は少し気まずくなって、小さくなった。


「急に立ったらあかんに決まってるやん、あほ」

「で、ですよねー」


 きゅっと肩を抱く丹波屋の腕に力が込められた。また温かいと上本は恥ずかしくなった。こうやってそばにいると感じることがある。また一緒にプレーがしたいということ、そして丹波屋が部活を辞めないでくれて良かったということ。丹波屋が怪我をして選手生命が絶たれたとき、上本は丹波屋が部活を辞めるものだと思っていた。しかし、涙ぐんだ顔をした上本に丹波屋はいつもの調子で言った。


『何泣いてるん』

『……っ、やめんの?』

『はあ~? うちはこれからジャーマネ人生を歩むねんで!』

『え』


 切り替えの早さに愕然とした上本はその後、20秒ほど固まっていた。そしてその後に盛大に笑った。丹波屋の考えは読めない。だからいっつもツッコミが必要で疲れる。けれど自分が丹波屋のことが大好きなことに、上本は気付いていた。それが友人としてなのか、戦友としてか親友としてか、人としてかは区別ができないけれど。丹波屋がいない日々は、きっとつまらないのだろうと本能的に感じていた。


「動いてたからぬっくいなー、自分」

「暖を取るな暖を」


 そうは言いながら、嬉しい気持ちを隠して上本ははにかんだ。こうやってサボっていても今は誰も見てはいない。それにいつも人一倍頑張っているのだから、ちょっとくらい許してもらおうと言い訳をした。

 上本は寄りかかる丹波屋の髪が自分の頬に触れて、緊張した。


「毛、伸びたなあ」

「ん? あー、確かに。伸ばしっぱなしやわ」

「切らへんの?」


 質問してから上本は、しまったと思った。丹波屋が髪を切っていた理由も、切らなくなった理由も理解しているはずなのに聞いてしまった。自然と上本の体に力が入った。


「……友希が短い方がいいって言うなら、切るで?」


 明るくて悪戯っぽい返事が返ってきた。それを聞いて安心した上本は丹波屋の方を向いた。あまりの近さにまた体が強張ったけれど、嫌な気はしない。笑った顔が見れて幸せだった。一緒になって笑ってから、考えて答える。


「どっちでも好きやわ」


 他意の無い、心の底から出てきた意見だった。髪が短くても長くても、丹波屋がこうして隣で笑ってくれていればそれだけで自分は頑張れる気がしたからだ。エースだなんて言われているけれど自分はそんなに心の強い人間ではないと、上本は自覚をしている。きっと丹波屋も分かっている。だから寄りかかりもするし、受け止めたりもする。そうやって二人は中学から頑張ってきた。無情にも選手とマネージャーと、道は別れてしまったけれど。その垣根を最大限に無視できるほどに、二人の位置は近いだろう。

 丹波屋は上本の言葉に不意をつかれたらしく、目を見張った。頬が赤らんでいくのが自分でも分かって、合わせていた視線を余所へやった。その様子を見てから、上本も気恥ずかしくなり視線を泳がせていた。


「あー、その。チョコレート今度あげるわ」

「え……あ、うん」


 急に話がチョコレートに戻るものだから、上本は驚いた。丹波屋は気を取り直すように一度笑った。その息が白く前に出た。体育館は寒い。


「いっつも頑張ってるからなー」

「あ、ありがとう」

「いえいえ」


 そう言って丹波屋は上本の方を向いた。嬉しくなって上本も笑ったら、やっぱりその息も白かった。




 おわり。



バレンタインに乗り遅れたのは何を隠そう私自身

友情ですかね

ご自由にご想像を!


大阪弁間違ってても、責任はとれまへん

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