表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/15

 少年と亡霊王子 8

 (さて、どうしたモンだろう?)


 目の前のモフモフを見ながら、思う。明らかに、子犬。と言うか、子狼か。くすんだ白い毛並み、ふわふわしている。なでると気持ち良い。寝ているのか目を閉じて、微動だにしない。


 (か、かわええ…)


 撫でていると、気持ちがほんわかしてくる。ほっとけない。こんな可愛い生き物を放っておくなんて、人として外道だ、鬼畜だ、人でなしの穀潰しだ。元々犬を飼っていたし、大好きなのだ。


 (飼っちゃおうか…ただなあ…)


 フェンリルの子って言うくらいだから、分類としてはモンスターなのだろう。飼ったとして、人に慣れるのだろうか。そのうちガブリンチョされてしまうんじゃないだろうか。頭から丸っと一呑みされてしまうんじゃないだろうか。それに大きい。子供のくせに、体長は50センチくらいあるんじゃなかろうか。親なのかは分からないが、さっき倒したボスは3Mくらいあった。目の前のこいつも、大人になったらそれくらい大きくなるのだろうか。だとしたら問題だ、尻尾を振るわれただけで大怪我しそうである。


 尻尾。そういえばさっき喰らったなあ、なんて思っていたら緊張が解けたのだろう、体が痛くなってきた。戦っている時は気にならなかったが、血が何ヶ所も出ているし、肋骨の辺りが猛烈に痛い。この様子だと折れているのかもしれない。痛む箇所にヒールをかけながら、


 (40階でこの強さかあ…先は長いってのに、気が滅入るなあ…)


 とか、考えていると、


 「みい…みい…」


 どうやらモフモフが起きたようだ。目を開けずに這いずっている様子を見ると、生まれたばかり、と言う事になるのかもしれない。魔法に反応したのか、俺の手のほうに向かってくる。指先まで辿り着くと、かぷり、と噛み付いた。ちゅうちゅう吸いだす。…体から力が抜けていく感じがする。ステータスを確認すると、MPが少しずつだが減っている。…あれか、マナで生み出された生物だから、お乳の代わりにマナを吸って成長するのかな?少しすると、指を離し動かなくなる。満足して、再び寝入った様だ。


 何と言うか、目が離せなくなる。とても愛おしい。こ、これが母性と言うものか?17歳童貞が目覚めて良いものでは無いと思うが、しょうがない。こいつの親代わりなる事に決めた。飼っていた犬の名前を貰って、ピースと名付ける。

 と言うか、いい加減疲れた。ボスは一度倒すと復活しないみたいだし、他のモンスターが出る様子も無い。寝入るピースの横で、俺も仮眠をとる事にする。


 (これからよろしくな、ピース。おやすみ)


 仮眠をとった後一度、王子の居る部屋まで戻る事にした。育てると決めた以上、ピースの安全を確保してやらなければいけない。連れて歩くのは無茶だ。一応フェンリルらしいので将来的には分からないが、目を開ける事も出来ない状態では、いずれ共倒れしてしまうだろう。て、言うか王子の部屋に戻るのもかなり危険なんだけど。道中モンスターが出ない部屋が幾つかあるので、そこで仮眠なり休憩をはさむとして、王子の部屋まで体感で2~3日。その間ピースを抱えて走り続けるのを想像して、絶望的な気分になる。だが、俺がやらねば、誰がやる。ピースを肩に担ぎ、ふんす、と鼻から息をぬく。ボス部屋から出た。


 デスマラソン。正にそんな様相を呈した約二日間だった。モンスターからは逃げ続けた。ピースを抱えたままでは、上手く剣を振る事は難しい。追いつかれたら、死ぬ。正に、死ぬ気で走った。モンスター同士が戦うことがあるので、狙って活用する。少しでもモンスターがいなくなると、休憩しつつマップを確認する。また走り出し、小部屋を見つけて逃げ込む。モンスターのいない小部屋には、追って来るモンスターが入って来る事は無い。結界でも作用しているのだろうか。道中ピースは大人しくしていた。将来は大物になるに違いない。小部屋に着くと、ピースにマナを与える。仮眠をとったら、出発。それを何度か繰り返し、王子の部屋まで辿り着いた時には、五体のモンスターを引き連れていた。毎度お馴染みベヒーモスもこちらに気付く。脇を擦り抜け、「跳躍」した。部屋に入り振り返ると、六つの光が穴の上に浮かんでいた。


 (危なかった…もう二度とやりたくない!!)


 『おかえり、カナメちゃん。ところでその肩のモノは何かな?』


 「ただいま、王子。こいつは、ピース。ボスドロップで出てきたんだけど、生きてるんだ。ほっとけないから、育てようと思って。こういう話聞いた事ある?」


 『あ、ボス倒したんだ。やるねえ、おめでと。うーん、ボスドロップで生き物が出てきたって話は聞いた事が無いなあ。ほら、ボスは一度しか倒せないじゃない?』


 「そうみたいね」


 『その分雑魚モンスターとは違って、倒した人に必要なモノが出てくる傾向が多いみたい。武器なんかの、装備品が主なんだけど。神様からのギフトなんて言われてる。今カナメちゃんが装備してるのも、俺が倒したボスのだしね。あ、その指輪は違うけど』


 俺の指には、さっき王子が言った指輪が嵌っている。剣なんかと一緒に転がっていた物だ。一応もっといて、と言われていたので指に嵌めている。RPGなんかにありがちな装備効果は無いらしい。


 『だから多分その子も、カナメちゃんにとって必要なんだと思うよ。しっかし可愛いねえ、その子犬…あ、狼?へえ、でも、どうやって育てるの?狼って牛乳飲むのかな』


 「お乳の代わりにマナを吸うみたい。こうやって指を近づけると…ほらね。まあ当分、ピースが大きくなるまでは、上の階層の探索は一旦中止するよ。俺が居ない間に、穴に落ちても困るしね」


 『そう。ところで、実際ボスと戦ってどうだった?』


 「死ぬかと思った。これからどんどん強くなると思うと気が滅入るね。まあ、ボスだけじゃないけど。他のモンスターも次から次へと湧き出てくるからさ。もう少し上手くやり過ごせる様になると良いんだけど…この先「疾風」だけじゃ厳しいかもしれない」


 『そっか。しばらく身動き取れないんだし、その間に色々考えよう』


 「まあ、そうね。先は長いしじっくりやるよ」


 それからは、近場のモンスターを倒しつつピースを育てるという日々だった。ピースは俺のマナを吸って、すくすく成長した。体長が1mを超える頃には、ベヒーモスの肉と水が食事になった。俺の事を親と思ったのか、とても良く懐いた。そのうちどこに行くにも付いて来ようとして、待っている様言い聞かせるのが大変だった。ふと思いついたので、王子に尋ねる。


 「王子は俺と喋るのに、ラインって言うのを使っているじゃない?それ、ピースにも使えないかな?」


 『うーん、ラインはあくまでカナメちゃんの脳みそからプラーナを引っ張ってる、って代物だから、ピース相手にできるか分からないなあ』


 そう言った王子は、ピース相手に試してくれたけどやはり無理だったらしい。と、言う訳で今度は俺が試してみる事に。

 

 『ラインは最初に強制的に引っ張った後は、勝手に伸びて来る様になったから、無意識的には出来てると思うんだ。細い糸を頭から伸ばすことをイメージしてやってみな』


 とりあえず言われた様にやってみたが上手くいかなかった。頭から伸びていくイメージが上手く掴めない。しばらくは上手くいかなかったが、ある日ピースとじゃれている時に、事態は好転した。ピースをモフモフしていたらテンションが上がって、頭をくっつけてわしゃわしゃしていたら、ふと何かが繋がった気がした。たぶんこれがラインだろう。糸をイメージしながら徐々に体を離していく。目視こそできないが、繋がっている感覚がある。勘は掴めたので、今度は離れた所から繋ぐ練習をする。最初のうちこそ難しかったが、イメージを掴めたおかげか、ほどなくして離れた相手にも意識的に繋げるようになった。


 「これテレパシーみたいに使えそうだけど、誰にでもできんのかな?」


 『いや、こんな魔法聞いた事ないなあ。俺も亡霊になって、カナメちゃんと話したい、って思ったら無意識にできたみたいな感じだったし』


 ぜひ人間にも使ってみたいが、それは当分おあずけだ。それと、本来の目的であるピースとの会話には役立たなかった。俺の脳みそは犬語を翻訳してくれなかったのである。残念。


 そうこうしているうちに、18歳になった。ピースを連れてきてから一年近くたった計算だ。ピースの体長はすでに2mくらいになっている。どこまで育つのか本気で恐くなってきた。かくいう俺も、身長が王子とほぼ一緒になった。180cm超えているだろう。筋肉も付いたし、ここに来たばかりの頃のもやしの面影はどこにもない。我ながらどうなっているのだろう…

 この頃になると、ピースもジャンプで穴を越えられる様になったので、訓練がてらモンスターを倒すのに同行させた。ピースは俺の言葉を理解してるし、指示もしっかり聞く。探索を再開することに決めた。


 「王子、探索を再開する事に決めたよ。とりあえず50階を目指す。その間ここに帰って来る事は無いと思う。ピースも連れて行くよ」


 『わかった。充分気を付けるんだよ、死んだら元も子もないからね』


 急がねばなるまい。それと言うのも、徐々にだが確実に王子は透明に近づいているのだ。心に決めて、部屋を出た。


 ピースを連れてきたことは、俺に幸運をもたらした。鼻が効くらしく、敵の存在をかなり早い段階で察知できるのだ。親譲りか、ピースは炎を吐く事もできる。これらによって、戦術を確立する事ができた。敵に察知される前に、ピースに炎を吐かせて先制攻撃し、相手の気を引いた所で、俺が背中に回り、痛撃を入れる。単純だが効果的だ。これには新しい武技も役に立った。雷属性武技「雷光」。雷のプラーナを体に満たす事により発動する、武技による移動法だ。短い距離ならそれこそ一瞬で移動する。多分だが、「瞬身」に近い使い方ができるのだろう。ただ、あくまで短距離用の武技なので、長距離なら「疾風」の方が良い。


 それからは破竹の勢いで進んだ。モンスターを楽に倒せる様になったから、レベルも上がり易くなった。そのおかげで、充分気を付ければボスも倒せる。もちろん死なない程度の傷を負いながら、だが。

 ボスからは、装備品が手に入った。盾等、現状俺には必要無い物もあったが、45階ボスからは、弓矢が手に入った。矢玉は少ないが、遠距離ならば面白い使い方ができるかもしれない。念願だったナイフも手に入る。その名も「魔断のナイフ」。プラーナを流し込んで攻撃を当てれば、相手の魔法をキャンセルできるらしい。向かって来る魔法に、小さいナイフを当てるのは難しそうだが、インパルスと併用すれば問題ない。使うのに莫大なMP(MPが満タンでも二回使えるか…)を使わなければいけないのがネックだが、使い時を間違わなければかなり重宝するだろう。あ、でも大規模魔法には使えませんとか書いてある…なんか、この世界ちょくちょくファジーなんだよなあ…

 懸念だったMPの問題も解決した。と言うのも、48階のモンスターにユニコーンエーテルと言うモンスターが出てきたからだ。発光した液体がユニコーンを象ったそれは、倒すとMPを回復するエーテルと言うアイテムを残した。これにより、余程の事がなければ、長時間の戦闘でもMP切れを起こす心配が無くなった。これ幸いと、狩りまくる。


 全てが上手く行っている様に思えた。戦うたびに意識が研ぎ澄まされる。明らかに戦闘を、楽しんでいる。

 「本当の自分」

 いつか王子が言った言葉だ。この世界に来て、俺は、「ソレ」になっていってるのかもしれない…


 そんな風に感じ始めている時、遂に、49階のボス部屋に辿り着いた。王子の部屋を出てから、多分一年近く経っている。レベルは50になっていた。


 「ピース、ボスはいつも通り俺一人でやる。離れた所で見ているんだよ、いいね」


 「オン!!」


 念を押し、扉を開ける。中に入り、敵を確認する。


 「グオォォォォオオオオオオ!!!!!!」


 敵が鳴いた、いや、叫んだ。


 ぼんやりとした光に照らされたソレは、人の、形をしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ