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 少年と亡霊王子 7


 覚醒へと至る微睡み、最中、歌が聞こえた。王子が良く、歌っている歌。


 言葉が解るようになって、歌詞の意味も理解出来る様になった。それは悲しい歌だった。とても、悲しい歌。

 愛し合う男と女。男は旅立たなければいけなくなるが、その前に約束を交わす。女は約束を信じ、「今でも愛しているわ」と待ち続けるが、男は帰ってこない。やがて女は年を取り、約束も思い出の彼方へ行こうとするが、それでも女は待ち続ける。

 そんな、悲しい歌だ。だが…


 目を覚まし、王子を見る。やはり、王子は歌っていた。とても楽しそうな顔で。

 調子っぱずれに陽気に歌うものだから、悲しい歌のはずなのに、なんだか楽しく聞こえてきて、とてもちぐはぐな印象を受ける。


 「悲しい歌のはずなのに、何で楽しそうに歌うのさ?」


 『ああ、起きたのかい?おはよう。それはね…』


 王子は、話を続ける。


 『この歌を好きな女が居てね。とっても楽しそうに歌うんだ。だから、俺も聞いたのさ。「なんで楽しそうに歌うんだ?」って。さっきのカナメちゃんみたいにね。そしたらその女はこう言った。「たとえ約束が守られなくても、愛し合った記憶は無くならないでしょう?それはとても、素敵な事だわ」…正直、こいつは何を言ってるんだ、って思ったよ。守られない約束に何の意味がある、って』


 「ふむ」


 『でも、この部屋に来て暇を持て余している時に、なんとなく歌ってみたんだ。そしたらさ、歌っている内に、その女が歌っている時の楽しそうな表情を思い出しちゃってさ、なんか俺まで楽しくなってきちゃったんだよね。何て言うか、だから俺が歌うこの歌は、とても楽しい歌なんだ』


 「ふうん」


 その歌っていた女について、根掘り葉掘り聞きたかったけれど、思ってもみなかった程重い話が飛び出してきたので、二の足を踏んだ。レベルが足りない。体はデカくなっても心はヒョロいままなのだ。経験値不足である。そこまで考えて、


 (んん?)


 なんだか王子の様子がおかしい。いや、様子が変なのはいつも通りなのだが、そう言うのじゃなくて、昨日までとはあきらかに違うのに、その正体が判らなくて、胃がモガモガする。うーん、この違和感の正体は、と真剣に考えて、気付く。


 (ああっ!)


 薄くなっているのだ。髪が薄くなっているとか、昨日俺の事を励ましてくれたからハゲが増しているんだね、みたいなネタ的な事で無く。元から透けていたが、透明度が増しているのだ。


 「王子、何か前より透けてない?」


 『へ、そう?自分では良く解らないけど』


 王子が自分の体をきょろきょろ見渡す。


 「何かおかしな所とかない?今すぐ消えたりしないよね?」


 王子に消えられたりしたら、困る。訳の分からない形で約束を果たしたくないし、何より、寂しい。


 『まあ、大丈夫じゃない?そんな事より…』


 「そんな事よりって。ホント頼むよ?」


 『大丈夫、大丈夫。可愛い所あるじゃない、カナメちゃん。今すぐどうこうなる訳でも無いだろうし、そんな可愛いカナメちゃんを残して消えたりしないよ。心配すんな…そんな事より、昨日は大変だったね。初の実戦に加えて、連戦まで。改めて、お疲れ様』


 「…まあね」


 腑に落ちはしないが、王子もああ言ってる事だし、流す。

 昨日、あの後。ベヒーモスを色々やらかした挙句倒して、少し寝た後、剣を回収がてら通路を少し進んでみる事にした。通路はちょっと進むと突き当たってT字になっていた。あまり深く考えず、とりあえず右に曲がり少し進むと、モンスターの気配。ズルズルと大きいものが、這って進む様な音が聞こえた。

 少し考える。ベヒーモスに使った「インパルス」は、使えない。あれは、MP的にも精神的にも、負担が多すぎる。MPを限界まで使っても、もって三分。あくまでボス戦用だ。雑魚(と、言って良いのかどうか)戦用に用意した、「エンチャント」と「疾風」の試し斬りがしたくて、モンスターの方に足を伸ばした。

 果たして、そこに居たのは木の形をしたモンスター。這う音を聞いて分かってはいた事だが、やはりデカい。ベヒーモスに喰われて樽の材料になったのは、どうやらこいつらしい。上部や枝の先には葉っぱが付いていて、胴体には洞の様な顔があり、目玉が浮かんでいる。現れた俺を敵と認識したのか、枝を振るってきた。速い、がベヒーモス戦の経験が活きたのか、今度は反応できた。


 「疾風!!」


 枝の届かない範囲に飛びすさる。反射神経も上がっているようだ。これもレベルの恩恵だろうか。敏捷や反応といったステータス値があるのは確認していたが、モンスターとの戦いを経て、改めてそれを実感した。「疾風」を維持したまま敵の背後をとる。


 「エンチャント!!」「跳躍!!」


 雷が木を貫く様を思い出し、剣に雷属性を付与する。相手を兜割りにするべく、頭上目掛けて跳んだ。


 「せい!!」


 切り裂く。胴体半ばまで達し、追加の効果か、火が燃え広がった。そして、消滅する。

 光が浮かぶ。ドロップアイテムだ。掌を触れると、物が現れる。「インフォメーション」で確認すると、トレントの枝と、トレントの葉だった。どうやら敵はトレントと言うらしい。枝はイマイチ使い道が無さそうなので、アイテムボックスに放り込む。葉っぱの方は煎じて飲むと、体力が回復するらしい。残しておいた樽と革を使って、簡易の水筒を作ってあるので、中に入れて持ち運べるか後で試してみよう。


 しっかし、俺すげー。かなりクレバーだったし、一撃だったじゃん。…なんて、思ってみたりもしたが、明らかに、出来すぎている。効果的な剣筋や体裁きが、勝手にイメージされた。これは、どういう事だ…なんて、いぶかしみながら、部屋まで戻った。


 以上が、昨日の顛末である。そして、おかしな事がもう一つ。


 「なんかさー、またジョブ変わってんだけど…」


 『今度は何さ?』


 「半人前だってさ…」


 ひよっこの次は、半人前である。このまま行くと一人前になる頃には、レベル80だ。そろそろ責任者と話し合いたい。


 『ほら、ジョブって生き方でも変わるって言ったじゃない?どうもジョブを決めるのって、イリア様の胸先三寸っぽいんだよねえ』


 「イリア様?」


 『この世界の神様だよ。いや、騎士や魔術師みたいな定型がもちろんあって、大体の奴はそれになるんだけど、稀にイリア様に目を掛けられる奴もいるみたいなのよ』


 「じゃあ、その神様が実際に居るって事?」


 『いや実際に居るかはわかんないんだけど、そういう話は昔からあってね。俺さ、城の聖堂で悪態ついた事あんのよ。本当に居るならここに来やがれ、一発やらせろ、って』


 「馬鹿じゃねえの。それでどうなったのさ?」


 『馬鹿ですけど。そしたら、ジョブがくそがきに変わってた』


 「マジで?」


 『マジマジ。こいつはやべえって事で、すぐにご神体に謝ったさ。すいません、許して下さい、でもあなたのお胸は素敵ですね、って』


 「懲りてねえじゃねえか。ホントくそがきだわ」


 『次はえろがきにジョブチェンジよ。今度は謝っても媚へつらっても、ジョブが変わらなくてさ。やむにやまれなくて、神官に事情を説明したの。そしたら「誠心誠意祈りを捧げ、御姿を清めなさい」なんて言いやがるから、それから毎日掃除よ。ジョブが王子に戻ったのは、一ヵ月後の事だったね。それを曲解して広まったのが、俺の「祝福された王子」ってあだ名なんだけどね』


 「なんて阿呆な話なんだ…薫陶が一つもない」


 『てへ』


 「てへ、じゃねえよ。ところで、王子の最後のジョブって何だったの?」


 『ああそれはね、聞いて驚け…』


 かくして、俺のダンジョン探索は本格的に始まった。亡霊に育てられた雛が、大空…じゃないダンジョンに羽ばたく時が来たのだ。

 まあ実際は、恐ろる恐ろる慎重に、恐々じっくりと進んだ。

 問題は山積した。まず、モンスターの数が尋常じゃなく多い。ダンジョン自体も広いので、まあ次から次へと湧き出て来る。ソロ探索者である俺は、MPの総量にも限界があり、回復手段も睡眠を取るしかない。ボス部屋が見つかるまで、余裕があるうちに、寝起きしている部屋まで戻る必要があった。ダンジョンも問題だ。迷宮型と呼ばれているだけあり、通路も複数に分岐して入り組んでいる。案内板なんて物が無いので、自分でマップを作る必要があるが、そもそも紙が無い。仕方ないので、ベヒーモスの革に剣で線をなぞってマップの代わりにした。何気にベヒーモスの革は重宝する。大活躍である。しかし、一々剣でなぞるのも面倒くさい、ナイフが欲しい。神経をすり減らしながらダンジョンを進んでも、どれくらい時間がかかったのか分からないのも問題だ。そもそも時間の計りようが無いのだ。一年単位でしか精確な時間の経過は計れない。ステータスで自分の歳を見るのが関の山なのだ。

 まあ、一線を越えるとむしろどうでも良くなったが。どのみち、やらなきゃ前に進めないのだ。


 そんな、自分でも恐るべき図太さを発揮し始めた頃、遂に40階層のボス部屋が見つかった。

 幸い、近くに敵の出ない部屋を見つけた。一度そこまで戻り、仮眠を取ってからアタックする事に決める。王子曰く、ボスの強さは段違い。恐い。とても恐いが、死の恐怖を乗り越え前に進めるかは、結局の所自分次第なのだ。やるしかない。


 仮眠を取り、再びボス部屋の前に立つ。観音開きの重厚な扉が付いている。扉なんてダンジョンに来てから初めて見た。中は確認していないが、ここにボスがいないというならどこにいるのだ。物申してやる。


 扉を開けて、中に入る。広い。小さめの体育館くらいありそうなその空間のほぼ中央。そこに、敵はいた。


 「ウォオオオーン!!」


 狼だ。これまた大きい、3Mくらいあるか。正直声を聞くだけで、足が竦む。震えあがりそうになりながらも、奥歯を噛み締め、剣を構える。初めてのボス戦、活路を開け。


 (…さあ、戦いの始まりだ。かかって来い!!)


 心の声が届いたのか、敵が向かって来る。突進、速い!!勢いのまま、噛み付こうとしてくる。斜め前に飛び、回転して素早く立ち上がる。謎のイメージがここでも俺を生かす。反撃、足に向けての剣によるなぎ払い。敵もさる者、横に飛びすさって避わす。

 一合目、魔法も武技も使っていない。いけるか…?

 相手が後ろに飛び、距離を開ける。一足飛びには追いすがれない距離。


 (何をする気だ…?)


 口が開く。口内に炎が見えた。


 「まずい!!「リフレクション!!」」


 光の膜が展開する。光魔法「リフレクション」、相手の魔法を弾く魔法だ。モンスターは、ダンジョンがマナを使って生み出す魔法生物だと、王子は言っていた。なので、モンスターから放たれる炎や冷気も魔法だ、とも。だが、幸か不幸か、ここまでモンスターに、魔法を使わせずに来てしまった。本当に、これで良いのか自信が持てない。


 (俺の馬鹿!!)


 思っている内に、炎が放たれた。


 (頼む!!)


 凄まじい勢いの炎が光に弾かれ、左右に分かれる。…防ぎきった。だが、やはりミスを犯している。魔法を防いだ事への、一瞬の安堵。それは端から見れば硬直だった。それを見逃す程甘い敵はここにはいない。突進、そして前足の振り下ろし。


 「ギャっ!!」


 弾かれ、床を転がる。息が出来なくなるが、目は閉じない。反撃のイメージは湧き出てくる。距離を詰めに来た相手に向かい、寝転がりながらも掌を向ける。


 「フリーズ!!」

 

 掌から放たれた冷気は当たらない、当てない。代わりにそれは、相手の着地点に氷を張る。


 「オン!?」


 氷に足を滑らせ、体勢を崩すのを予想していた俺は、相手の頭部目掛けて、武技を使う。


 「疾風!!」「スタン!!」


 ベヒーモスを気絶させたそれも、この相手には効き目が薄い。狙いは、一瞬の隙。


 「エンチャント!!」


 雷魔法を付与した剣で、左後ろ足を斬り付ける。肉の焦げる匂いがした。効いたか?


 「ぐっ!!」


 衝撃、こちらの斬撃に構わず、再びの前足。だが、先程より浅い。受身を取る事に成功した俺は、体勢を立て直し再びの「疾風」。


 「エンチャント!!」


 今度は、右後ろ足だ。肉を焦がすが、そこで今までで一番の衝撃。吹き飛ばされる。


 (何を喰らった…?)


 幸い意識はある。尻尾がはためくのが見えた、あれか。足狙いが、功を奏した様だ。相手も距離を、詰められない。口が開くのが見えた。


 「来るぞ、「リフレクション!!」」


 弾かれる炎の向こう、突進して来る姿が見えた。止み際、噛み付きがくる。


 (踏み出せっ!!)


 噛み付いてきた顎の下、地を這う様に擦り抜ける。背後を取り、


 「エンチャント!!」


 尻尾を斬り飛ばした。振り上げた剣の向こうに、こちらに振り返る相手がいる。ここだ。プラーナを四つ練る。


 「インパルス!!」


 魔法を三つ同時に発動する為のキーワード。スイッチをオン、オフ、オン。時間が遅滞した中で、俺だけが自由に動く。MPはそんなに残ってない筈だ。時間との勝負。またもや、相手の下に潜る。


 「エンチャント!!」


 渾身の力を込めて、顎の下から腹の先まで掻っ捌く。「エンチャント」を解除。開いた腹に、両手を突き出す。ニイっと笑い、フィナーレだ。


 「喰らえ、これが地球の雷だ!!「サンダーボルト!!」」


 腹に雷電が吸い込まれ、やがて背中から突き抜けた。


 「オオオオォォォォンン…」


 狼が鳴き、消滅した。


 「見たか、コラボケーーーー!!ウオオオオォォォン!!」


 腕を突き上げ、狼さながらに吼える。テンションマックス。…て言うか、痛い。こんなにド付きまわされたの、初めてですよ…生きてて良かった。感慨一塩、光が浮かぶ。噂の、ボスドロップだ。


 「何がでるかな、何がでるかな」


 変なテンションのまま、歌う。掌に触れると、モノに変わった。


 (…へ?て言うかなにこのモフモフ?)


 「インフォメーション」してみると、フェンリルの子、って書いてありました。


 

 読んで下さってる皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

 お気に入り登録して下さってる方へ、本当に嬉しいです。いつもありがとうございます。

 楽しんで頂ける様、頑張ります。

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