少年と亡霊王子 6
遂に、この日が来た。いや、来てしまった、と言う方が正しいか?
先程「ステータスオープン」で確認をした。レベルは、40になっている。
17歳になった。ここまで、実に二年の月日を、このダンジョンで過ごした事になる。
ここに来た初めての日。ダンジョンの探索を始めるにあたり、ダンジョン生活での師匠にあたる王子と決めていた事が一つだけある。
とても簡単な事だ。とにかく、準備だけはしっかり整える。それだけ。
目標は、成功は結界の解除、失敗は俺の死亡に設定した。それに向けての準備を整える。
ここで、やはり問題になってくるのは、俺の場合ダンジョン探索をたった一人で行わなくてはいけない、という事だ。
通常ダンジョン探索は、六人以上で行われる。と言うのも、ボス部屋だけは、六人までしか入れないが、そこまでなら何人いてもいいからだ。と言っても、通路の幅に制限があるから、そこまで多人数では無い様だけれど。それでも、回復役や補給品を、バッチリ揃えて探索が行われるのが普通、らしい。(ただ、人間の匂いは、モンスターを引き寄せるらしいので、そこは最低限に抑える必要がある、と王子は言った)(また、その事からも、たった二人でダンジョンに乗り込んだ、当時の王子の調子の乗りようは、押してしるべし、だろう)
その点おれの場合、苛酷な状況に追いやられた時、回復してくれる仲間などいないのがネックだ。
多人数で探索する場合、その階層より少々低いレベルでも、割と問題無いらしいのだが、そこはやはり一人しかいない俺の事、慎重を期して、レベル40まで待とう、と言う事になった。
その間、とにかく様々な修行を行った。剣や魔法に始まり、体術やそれを支える為の筋力トレーニング。
こちらで生きていく為に必要な言葉や、この世界その物の知識の学習も並行して行った。
剣や魔法、体術等は特に力を入れた。
昨日の自分とは違う実感、日々強くなって行く実感は、それらを学ぶ事で、容易に手に入れる事が出来た。
正直な事を言えば、楽しかった。それはとても、とても楽しかった。
ここに来るまでの自分では考えられない、モンスターを倒す為の剣技、自分の身体を通して放たれる魔法、日々成長し、強く、大きくなっていく体。
二年の日々で、それらの物を手に入れたという事は、俺をとても興奮させた。
訳の分からない場所に放り込まれた上での、二年という長い年月を、曲がりなりにも諦めずに頑張って来れたのは、やはり、王子のおかげという部分が大きいのだろう。
王子は、授業と称した修行の日々で、実に解り易く、そして根気強く、俺に接してくれた。
一年目、ヒョロっちかった俺を、そのままダンジョンに放り出してはいけない、と判断した王子は、基礎体力の向上を行わせつつ、剣技と魔法の基礎を、俺に徹底的に叩きこんだ。
王子曰く、「内気」とは、体内のマナを利用して、筋肉や臓器、神経に作用させるモノらしく、基本となる筋力が低いと、やはり効果自体も低いとの事。
なので、剣の素振りは徹底的に行った。
これには、二重の効果があって、まず一つ目は、素振りを通して剣技の型を、体に染み込ませるという事。
型というのは、王子が育ったエステバン王国の、騎士団に伝わる剣技の型の事だ。
この世界の国家運営に於いて、モンスターの討伐は、重要な要素で、騎士団にもそれに特化した剣技が、数多く伝えられているらしい。
そういった技を、王子の教えに従い、反復する事により、とっさの時にその技が出せる様体に覚えこませる。
そして二つ目、真剣を使った素振りをする事により、剣を振るうのに適した筋肉をつける事も出来た。
これにより「内気」を使う事を想定した体も出来てきた。
それから、魔法。
これは、王子が習得した魔導書の中から、五つの属性の初級魔法を学ぶ所から始まった。
光、火、水、風、土、の五属性。それらを実際に毎日使う事で、とにかく魔法を使う事に慣れた。
魔法を使うのに慣れた頃、次はプラーナをより早く練り上げる練習をする事になった。
やはりモンスターと対峙するのは、俺一人しかいないので、魔法を使うのに時間がかかっていては、致命的だ。その対策として、プラーナを素早く練り上げる事は効果的なので、その習得には、長い時間を費やした。
そんなこんなで一年経った頃、王子が言った。
『そろそろ、カナメちゃんにあった戦術を組み立てていこうか』
これはもちろん、ソロ探索に向けての戦術ということだ。これにもやはり、王子の二年間のソロ探索での経験が、参考になった。
当時の王子が採った戦法は、一撃必殺。敵を発見次第素早く接近し、火力にモノを言わせて叩き切る。
他のサポートが無い状態では、それしか採れる戦法が無かった。戦闘の長期化やダメージを受けてしまうことは、それこそ致命的だからだ。(ダメージを受けても回復する暇があるかはわからないし、戦闘が長期化すると他のモンスターまで寄ってきてしまう恐れがある)
故に、一撃必殺。それを可能にしたのは、これも騎士団に伝わる武技「エンチャント」だ。(「内気」を使用した剣技や体術を、武技と言うらしい)
「エンチャント」とは、練り上げたプラーナを、腕の延長線上にある剣や盾まで伸ばし、覆ってしまう事で、属性を付与するモノ。剣に使えば、魔法剣になる。
そしてもう一つ、空間魔法「瞬身」。
王子は類稀なる空間魔法の使い手だったらしい。空間魔法とは通常、初級魔法こそ誰にでも扱える様な物らしいが、中級以上になると途端に取り扱いにクセが出るらしく、使えるものはほとんどいないらしい。それを、事も無げに扱って見せた所が、王子が天才だのと騒がれた所以なのかもしれない。
さて「瞬身」。簡単に言えば、小規模な瞬間移動、らしい。と言うのも、結論から言えば、俺には「瞬身」は使えなかったのだ。(王子は亡霊であるため魔法が使えず、実際に使って貰う等の事が出来ない)空間魔法は他属性の魔法と違い、そこに行きたいだったり、その空間を開きたい等と言ったイメージでプラーナを練るらしく、その勘をどうにも掴む事ができず、おれには発動させられなかった。俺に使える空間魔法は、せいぜい「アイテムボックス」くらいだ。これは、目前の空間に干渉する事により、空間を開き、中にアイテム等を詰める事が出来ると言う魔法で、ダンジョン探索者なら、誰でも使える様な物らしい。
基本的な戦法を、王子と同じにする事に決めた俺は、「瞬身」の代わりに、風属性武技「疾風」を使う事にした。これは、風のプラーナを体内に作用させる事により、、風の様に速く走れるようになる、と言う優れた技だ。実際に使ってみると、体が凄く軽くなった様に感じ、面白いように速く走れた。(似たような風属性武技に「跳躍」と言う物がある。これはジャンプ力を上げる為の技だ)
ただ、「瞬身」と比べると、やはり心許ないと言う事で、俺たちは、二つの秘策を用意する事にした。
一つは、魔法や武技の同時併用。これはソロ探索中、何度も危機に陥った王子が「これじゃイカン」と、悩みに悩んだ挙句思いついた技らしい。通常プラーナは一度の魔法で一つしか発生させる事が出来ないが、それを丹田だけでなく他の場所にも発生させるイメージを強く持つ事で、魔法の同時併用を可能にした。
これについても毎日特訓を行った俺は、空間魔法と違いなんとか使える様になる。
俺の場合、丹田を底に、右胸、左胸、脳みそに渦巻きを発生させるイメージ。都合四つの魔法を同時に使える計算。昨日までは三つまでだったのが、今朝の修行で四つ目まで使えるようになっていたので、同時に使える魔法はどうもレベルに依存してるっぽい。レベルが50になれば、五つの魔法を同時に使える様になるのだろうか。ただ同時併用は処理が大変なので、かなり骨が折れそうだ。
しかし、これを使えるようになった事は、もう一つの秘策にかなり有効だった。
もう一つの秘策。これを使えるのは、この世界でも俺一人だけだろう。モンスター相手にも、バッチリ効くハズだ。
そんなこんなに二年を費やし、今日である。体は筋肉でガッチリし、身長は王子の肩まで伸びた。
『準備はいいかい?カナメちゃん』
初めての実戦を目前に、王子が言う。俺の手には、剣。38階層ボスのドロップアイテムらしい。鎧も着けている。やはり違うボスのドロップアイテムであるそれは、魔法の力で体に合わせて勝手に伸び縮みするらしく、よく馴染んでいた。
「モ、モ、モ、モチのロンロン」
『…足ガックガクじゃないか。ビビってんの?』
「はあ?意味不明だし。武者震いだし」
実際は、完全にビビっていた。これから、象だか牛だか分からない、馬鹿デカいモンスターを相手にするのにビビらない方がどうかしてる、と俺は思う。
『恐くなったら、一歩踏み出せ。それは勇気に変わるよ』
先達の、ありがたい言葉を頂く。踏み出せ、胸に刻みつける。覚悟は、決まった。
「うし。行ってくるよ」
『頑張れ。ここで見てる』
出口から、部屋の目一杯まで下がり、助走をつける。トップスピード、出口めがけてひた走る。
「跳躍っ!!」
走りながら発動し、出口の縁からジャンプする。数多のベヒーモスを葬ってきた穴を越えた。
「ふひっ」
無様な声が漏れたのは、眼前にベヒーモスのデカいケツがあったせいだ。デカい、異常にデカい、ただただデカい。て言うか、全長どれくらいあるのだろう?つーかヤバいって、これ絶対ヤバいって!!そうだ、早く切りつけないと、やられる前にやらなきゃ…
完全に平常心を失っていた俺は、そこでありえないミスを犯す。「エンチャント」も忘れて、ただ切りつけてしまったのだ。致命的なミス、それはヤツを怒らせた。
「ブモォォォオオオオオオオ!!」
ケツに切りつけられ、怒り狂ったベヒーモスがこちらに振り向く。俺の事を敵だと認識したベヒーモスは、前足を振り上げた。爪が襲ってくる。
(死ぬ、死んじゃう、避けないと!!…でも、どうやって?)
頭を真っ白にし、棒立ちになった俺を、爪が襲った。
「がっ!!」
剣で受けられたのは奇跡だろう。ただ、体重差もあり、吹っ飛ばされて壁にぶつかる。穴に落ちなかったのも奇跡か…
追撃、寝っ転がった俺を踏みつぶそうとしてくる。一撃貰って、少し頭の冷えた俺は、必死になってそれをかわす。次は噛み付き、それも無様に転がりながらかわす。
「あ、やべ…」
いつの間にか壁に、追い詰められていた。仰向けになり、半身だけ起こした俺に向かい、ここぞとばかりに、ベヒーモスが前足を振り上げた。
(あ、死んだ…)
進退窮まった、と観念しかけたその時、小部屋の出口が目に入った。
(王子ごめん。約束守れなかったよ…)
なんて感傷に浸りかけた俺を、王子は心配そうな顔で見て…いない!?
ニヤニヤ笑いながら、ヤツは右手の一指し指を矢印にして、左手を指した。左手は、自分の股間を掴んでいる。次に右手の親指と一指し指でCの字を作り、最後に俺を指さした。
『お前の肝っ玉は小っちぇな!!』
そう言っている様に思えた。その時偶然に、あくまで偶然だろう、
「ブホっ」
と、ベヒーモスが鼻を鳴らした。それが俺には、笑っている様に聞こえた。俺を嘲笑っている様に聞こえた。そこで、ブチっと血管が切れる音が聞こえた気がした。
「んふふふ…ふははははははは!!」
完全にキレていた。キレた頭のまま、ベヒーモスの攻撃をかわし、立ち上がる。
「こんなモンいらねー」
剣を、放り捨てる。ベヒーモスを指差しながら、叫ぶ。
「今から、お前を、ボッコボコにしてやる!!」
俺を嘲笑ったお前を、絶対に許さない!!殴り殺してやるっ!!
「インパルス!!」
電気を用いた、雷を使う事の出来る、俺だけの精神魔法。
頭の中に三つのスイッチが浮かび上がる。
「アクセル!!」
一つ目をオン。プラーナにより脳みそのマナを利用し、電気信号を媒介して、視覚からの情報と思考の処理速度を上げる。それを神経を介し、全身の筋肉に作用させる。
ゾーンへの強制突入。それがこの「アクセル」だ。昔、流鏑馬で馬から落っこちて死に掛けたことがある。その時不思議と周りの景色が遅く流れた。あれはゾーンだったんじゃないかなと思って、魔法で擬似再現してみたわけだ。
二つ目のスイッチをオフ。
「リミットブレイク!!」
人間は、脳みそが勝手に判断して、全力を出せなくなっている。と言うのも、全力を出すと筋肉が耐えられなくて、自壊してしまうからだとか。「リミットブレイク」は、脳みそをいじって、強制的に全力を出させる魔法。
そして、三つ目のスイッチをオン。
「オートヒール!!」
これは、放っておくと自壊してしまう筋肉を、常に癒して置ける状態にする魔法。光のプラーナを常に体内に循環させていることにより、可能とした。
「インパルス」は、対ボス戦用に生み出した秘策だ。本当は、こんな所で使うはずじゃなかったんだけれど、この時の俺は、完全にキレてしまってそんな事すっかり忘れていた。そんなキレた俺の様子が変わった事に気付いたのか、ベヒーモスは立ち上がり、全体重をのせてつめを振りおろしてきた。
「遅せえよ」
遅い。今の俺には、文字通り止まって見える。「疾風」を使って、ベヒーモスの後ろ足の側に移動する。
「剛力!!」
土属性武技「剛力」は、土のプラーナを体内に作用させる事で、体を岩の様に固くする技だ。「剛力」を使った渾身のローキックで、ベヒーモスの後ろ足の膝関節を砕いた。
「ブモっ!?」
ベヒーモスの体がたまらず傾ぐ。俺は、横向きに倒れてくるベヒーモスの下に入り、頭部に向かって掌底を放つ。
「スタン!!」
雷魔法「スタン」による電流を頭部に浴びたベヒーモスは、たまらず失神した。
昏倒するベヒーモスの口をこじ開けながら、言う。
「てめえ、さっきはよくも笑ってくれたなあ、そんなあなたにプレゼントです「フレイム」!!」
体内に向けて最大火力でぶっ放す。…ほどなくして、ベヒーモスは消滅した。
立ち上がり、雄叫びを上げる。両手を突き挙げる。
「俺は、強ぇぇぇぇ!!」
余韻もそこそこに、再び「跳躍」を使い、部屋に戻る。「インパルス」は解除していた。
部屋に戻ると、王子は俺を指差し笑っていた。腹を捩って、爆笑である。
「見たか、コラーーー!!」
『あはははは、見た見た!!すごいよカナメちゃん、あは、ベヒーモスを殴り倒すなんて、あははは!!』
「煩い!!…あー、完璧にキレていたとは言え、なんちゅう事を…」
冷静に考えると、相当なアホである…何故剣を捨てたし…つーか後で取ってこなきゃ、めんどくせえ。
『でもこれで一つ乗り越えたね。本当に凄いよ、カナメちゃん』
「…ありがと。つーか本当に疲れたわ。少し寝る」
『よく頑張った。師匠として誇りに思うよ。おやすみ』
「…おやすみ」
昂揚感、達成感、疲労感、恐怖感、それら全てが、まどろみの中に、消える。
こうして、俺の初めての実戦は終わった。