おっちゃんが、何かと俺の邪魔をする【終】
──あれから一ヶ月。
おっちゃんが俺の頭の中で話しかけてくることはなかった。
俺からも一応話しかけてはみたのだが、返事が戻ることもなく。
そして、セガールも接触してくることもなく。
何事ない日常へと戻った俺は、何事なく相変わらずの毎日をだらだらと過ごしていた。
光陰矢のごとし。日は早いもので。
そうこうして過ごしている内に、夏休みは半ばを折り返してしまった。
休み中は暇を持て余していたわけではない。
夏期講習にメンバー入りしていたし、部活もあった。
花火大会もあって祭りもあって、お盆で祖父母のところへ帰省もあったし、何かと忙しくは過ごしていた。
でもまぁ毎年のことと言えば毎年のことなのかもしれない。
いや、待てよ。
そういえば一つだけ、日常が変わったことがあったな。
一階から電話の音が聞こえてくる。
母さんが電話に出て、そして俺の名を呼んでくる。
「いつもの子からまた電話よー」
いつもの子、か。
俺は夏の暑さに気だるくなった体を動かして、二階の部屋から一階へと、階段をのろのろ降りていった。
電話のそばにたどり着き。
受話器を受け取って、もしもしと電話に出てみれば。
「もー! Kってなんで電話に出るのがいつもいつも遅いの! いいかげん携帯ぐらい持ちなさいよ!」
コードネームMこと──結衣だった。
俺は結衣に一言物申す。
結衣、一つ聞きたいことがある。俺の自宅の電話番号をどこで手に入れた?
「え? 奈々ちゃんに教えてもらったよ?」
平然と答えを返された。
なるほどな。これで全ての謎が解けたよ。
「そんなの今更でしょ? それより集合よ、集合! コードネーム保持者は例のメイド喫茶みゃんにゃんに全員集合だからね! 今度はJも来るって行ったからもちろんKも来るんでしょ?」
ごめん、結衣。俺もう行かないことにしたんだ。
「あー、なによそれ! もしかしてまた夏期講習って言い逃れする気? 奈々ちゃん言ってたけど、今日は先生休みだから無いって聞いたんだからね! 知ってるんだから!」
違うんだ。俺、もう頭の中で声が聞こえてこないんだ。コードネーム外されたんだと思う。だからもう俺に電話してこないでくれ。
電話先で結衣が沈黙する。しばらくして声を沈ませ言ってくる。
「……そう、なんだ。わかった。ごめんね、今まで気付かなくて。……もう、電話かけないから」
最後は少し声が泣いているように聞こえた。きっと俺の深読みし過ぎなだけと思うけど。
そのまま電話はぶつりと切れた。
俺は静かに受話器を置く。
これでいいんだ。
思い返せば俺、あの世界に行って何の役にも立てなかったし。
むしろ逆に迷惑ばっか掛けてた。
脳裏を過ぎるリラさんの村のこと、そしてエマのお兄さんのこと。
あの世界でたくさんの人が俺の犠牲になった。
【そなたはこの世界で何を望む?】
どの世界だろうと、俺は何も望まない。
退屈な日常こそが誰も何も傷つかないし、楽しもうと思えば楽しめるってことなんだ。
ふと。
電話が鳴った。
俺は受話器を上げて電話に出る。
はい、もしもし。
いきなり電話先の声主が鼻で笑ってきた。
それは懐かしく、一月ぶりに聞く声だった。
『しばらくのバカンスを与えてやったがどうだ? そっちの世界でのバカンスは充分楽しめたか?』
俺は無言で受話器を落とした。
頭の中で尚もおっちゃんの声が聞こえてくる。
『休みは終わりだ。今すぐこっちの世界へ来い。お前に一つ、やってもらいたいことがある』
なんつーか。俺の日常終わった気がする……。
『終わった? むしろ逆だな。お前の日常はこれから始まるんだ。コードネームを持つ、新たな仲間とともにな』
直後、電話のベルが鳴った。
受話器を置いていないのに、だ。
不思議に受話器を取ってみればベルは止み、すぐに結衣の怒鳴り声が聞こえてくる。
『やっぱりKの嘘つき! 馬鹿! あたしの頭の中の人に聞いたんだからね! どうせ今日の予定をドタキャンするつもりで嘘ついたんでしょ! そうはさせないんだから! 今からあんたの家に行ってやるからそこで待ってて!』
ぶつりと。
言うだけ言って電話は一方的に切れた。
俺は呆然と受話器を置く。
そして内心で静かにツッコミ。
いや、今から俺の家に行くって知らないだろ、場所。
そうは思ったものの。
俺は嫌な予感を覚えて、しだいに顔を蒼白させていく。
待て。まさか結衣と綾原が一緒に居るわけじゃないよな?
『安心しろ。俺が間接的に彼女にここの場所を教えてやった』
ふざけろ、てめぇ! 俺の平穏な日常を返せ!
俺は結衣から逃げるべく、速攻家を飛び出した。
かくして。
俺の新たな日常はこうして幕を開けたのだった。




