戦場の白い鬼神【60】
大熊が光となって霧散したところまでは覚えている。
その後はなぜか記憶が途切れてしまったかのように思い出せない。
誰かに意識を乗っ取られ、体を操られていた感覚はある。
おっちゃんの怒鳴り声が頭の中に響くまで、俺は今まで何をしていたのか……わからなかった。
◆
破壊された要塞の門をくぐり抜け、黒衣に身を包んだ人物が五人、黒馬に乗って現れる。
戦火の中を落ち着いた足取りで馬を歩かせ、古城へ向かう。
一人の黒衣の人物がフードの中から退屈そうに声を漏らす。
「あーぁ、つまんなーい。強い力を感じて来てみればもうこれで終わり? 何これ、ちょーつまんない。アリアつまんなーい」
「黙れ雷女」
「むッ!」
黒衣の人物――アリアは右隣の人物をキッと睨みつけた。
「赤猿のくせに人間の言葉しゃべるなんて生意気。アリアむかつく! ちょーむかつく!」
「なんだと、コラ。燃やされてぇのか?」
「ふぉっふぉ。若者は相変わらず血気盛んじゃのぉ」
しわがれた声で、アリアの左隣にいた黒衣の老人が会話を裂く。
「ちょうど退屈しておったとこじゃ。喧嘩するならまずはワシが相手となろう」
……。
その言葉に二人は会話を打ち止め、大人しく黙り込んだ。この老人には勝てないことがわかっているからだ。
先頭を行く人物二人が背後を無視して会話を始める。
「X。この世界に引き込む前に俺と約束したことを覚えているか?」
Xはフードの奥からやんわりとした声音で答える。
「はい、わかっていますセガールさん。僕はKとは戦いません」
「そうだ。Kと対面しても奴とは戦うな。お前の力はまだ不完全だ」
後ろから威勢の良い声で挙手するアリア。
「はいはーい質問! アリアしつもぉーん、セガールにしつもぉーん!」
割り込むようにして右隣の黒衣──赤猿が先にセガールに言葉を発する。
「オレ等はクトゥルクと戦ってもいいんだよな?」
「むッ! また邪魔したわね、赤猿」
「戦うなとは言わん。だがKの使うクトゥルクの力を甘くみるな。奴が使うクトゥルクとは全く違う。Kが使うクトゥルクの力は本物だ」
老人が口を挟む。
「怖いもの知らずとは、やはり血気盛んな若者のやることよのぉ。
クトゥルクを制すは世界を制す。さきほど奴が使ってきたクトゥルクの力は所詮借り物。クトゥルクの本当の力はあんなものではないわい」
アリアが驚いた声で言う。
「えー! じゃぁもしかしてさっきのアイツ、クトゥルクの偽者!?」
セガールが笑う。
「偽者? それは違うな。偽者というより、クトゥルクに最も近い存在と言うべきか」
赤猿が口を挟む。
「じゃぁ本物ってことか?」
「本物でもないな。本物はただ一人、Kだけだ」
アリアと赤猿が声をそろえて尋ねる。
「「結局どっち?」」
老人が答える。
「元々、奴は黒の騎士団の一人――我々とは同志だった男じゃ」
──フッ、と。
砦内の全ての戦火が一瞬にして消えた。
はびこっていた魔物も次々と光に姿を変えて散っていく。
目の前で消えていく魔物たちにアリアが悲しみの声をあげる。
「きゃーん。私たちのかわいい魔物ちゃん達がぁー!」
「どうせ闇からまた生まれてくるだろうが。嘆くほどのモンか?」
「むッ! 赤猿のくせに、また人間の言葉を……」
セガールが片手を挙げて二人を黙らせる。
静かなる闇と戦いの傷跡だけが辺りに残った。
そんな時だった。
暗闇が支配する中で、天を突き抜け一筋の光が古城に降り注いだ。
古城に空いた大穴から蠍に乗っていた新米黒騎士が、蠍が消えたことで悲鳴を上げながら落下した。
大穴から姿を見せる白犬の毛皮で身を覆った一人の人物。
老人が興奮の声を漏らした。
「ついに現れたか、クトゥルクよ。その姿、まさに【戦場の白い鬼神】。若人よ、あの姿をその目で見るがよい。かつては闇の底に封じられていた呪われし魔力。その力を体内に秘める人間こそが、まさに神の生まれ変わりということなのじゃよ」
セガールはフードの奥から微笑した。
「ついにクトゥルクの力に呑まれたか。Kよ、そのまま人格ごと消し飛んで神となれ。そっちの方が、こちらとしても拉致し甲斐がある」




